第300話 勝敗決して

「な、なんで麻雀で爆発が起こるのよッ!」


「すっごい爆風だったねぇ~~! どか~んと来たよぉ~~!」


「覇気、これは覇気か?! このドクトル・グラヴィティが怖気づいた、だと」


 「龍骨徹頭徹尾ぃぃぃぃ!」などと吠えたデュークのカラダからは、覇気めいたなにかが噴出し、物理法則を無視してナワリンたちを吹き飛ばしています。これは限定された空間――雀卓という実に特殊な場所のみに発生する思念波現象といわれており、決して漫画麻雀世界あるあるではありません。


「雀卓はぶっ壊れてないみたいね」


「牌も飛んでないねぇ~~」


 部屋の隅までふっとばされたナワリンたちが戻ってくると、雀卓と牌は無事なまま定位置に収まっていました。


「この雀卓は共生宇宙軍の軍艦から引っ剥がしてきた装甲板で作った雀卓だからな。象牙で作った高級な牌は鉄心を組み込んで更に低重心化させているのだ」


 ドクトルは「象が踏んでも、社員100人が乗っても壊れんのだよ」と意味不明なセリフを漏らしました。牌の方はチビ四駆――共生知性体連合で人気を博し続ける駆動体競技の車体並みに魔低重心化された改造がされているのです。


「あら、デュークが固まってるわ……って、これ、気絶してるじゃない」


「どことなく、気持ちよさそうな顔してるね~~」


 龍骨徹頭徹尾――トリプル役満というとんでもない役を上がりきったデュークは、 視覚素子を真っ白にさせ、ニヘェ~~とだらしなく口を歪ませていました。ついでに両のクレーンをピースさせてもいます。


「アヘ顔ダブルピース……というやつかしら。なんか、キモいわ」


「カン、カン、カン、カン、リャンシャン自摸! 気絶するほど気持ち良かったんだろぅね~~!」


 そんな流れを引き込んでしまったら、雀鬼とか雀聖と呼ばれる人たちでもほぼ逝きかけるのは必定ですから、仕方がないことでしょう。


「この役ってものすごい点数になるわよね」


「24000の三倍だから、72000て~~ん!」


 親のドクトルは36000点、二隻は18000点の被弾であり、ラス局でしたからこの半荘はデュークの一人勝ちということです。


「それにしても、こんなの確率上あり得ないわぁ……0じゃないから、発生することは発生するのだろうだけれども」


「とにかく、良いものを見たよぉ~~! 龍骨徹頭徹尾だっけ~~?」


「そうだ、普通の種族なら一生に一度――いや、それも難しいかもしれん」


 ナワリン達は雀卓にならんだ16枚の槓子と雀頭を眺めて呆れた思いや、感心した声を上げ、ドクトルは「私にしても、久々に見せてもらったよ」と呟きました。


「へぇ、ドクトルは前にも見たことあるのね」


「さすが長命種だねぇ~~」


 実のところドクトルはかなり長命メトセラな種族であり、共生知性体連合における麻雀黎明期からブチ続けているというとんでもなく長い雀歴を持っているのです。


「この役を最後に見たのは、確か100年ほど前だったな」


「すごい前だねぇ~~!」


「そんな前のことよく覚えてるわねぇ」


 100年前といえばとんでもない昔でしたが「あれは軍大会、それも決勝戦の時だな」とドクトルは昔を振り返ります。


「軍大会、共生宇宙軍が福利厚生でやってる大会ね?」


「麻雀の大会もあるんだねぇ~~!」


 船乗りというものは数ヶ月に渡って航海をすることもありますし、セキュリティの高い基地に駐留している部隊などでは、この手のレジャーはメンタルやモチベーションの維持の観点から推奨すらされています。そして宇宙軍はそれらのレジャーを軍大会として執り行っていました。


「共生宇宙軍の中でも、それなりに人気の競技だからな。大変な数のエントリーがある大会だ」


 共生宇宙軍の人員は時期によってかなり変動するのですが、麻雀は将兵の大体3パーセント程度が嗜んでいるため、その競技人口は500万人はくだらないと言われています。


「そしてチェスの大会と同じく、優勝者はグランドマスターと呼ばれるのだが……あの時の私は、それに最も近いものと呼ばれていた」


「うっは、ドクトルってそんなレベル高い打ち手だったのね」


「あそこに飾ってあるトロフィーとかがそれかな~~?」


 よくよく見るとドクトルの部屋には仰々しいトロフィーやら盾が並んだコーナーがあり、第24回軍大会麻雀の部グランドマスターとか、第125回軍大会四次元チェス・グラマスというような文字が浮かんでいます。


「研究や開発も好きだが、こういうゲームというものは、また別の楽しみがあってな。とまれ――龍骨徹頭徹尾を見たのは第100回目の軍大会だったよ。あの役を上がったのはお前さんらと同じ生きている宇宙船だったなァ」


「へぇ、龍骨の民がねぇ」


 龍骨の民は異種族の娯楽や食べ物を楽しめる生き物ですから、麻雀軍大会に出ていてもおかしくはありません。


「うむ、彼は打ち筋は極めてオーソドックスで早手上がりを得意としていたが、時折実に重たいパンチを繰り出してくるタイプだった」


 ドクトルは「その上鉄壁のガードでな。あれ程の打ち手は数えるほどしか無い。そしてその決勝で龍骨徹頭徹尾をかましてきたのだ」と言いました。


「打ち筋はともかく、そのフネの名前はなんていうのかしら?」


「艦種は~~? どこの氏族かな~~?」


 ナワリン達は麻雀が大好きになっているのですが、やはり彼女たちはフネですから、そのフネの艦種や諸元のほうに興味が出てしまいます。


「ああ、彼は実にデカイ戦艦だったよ。氏族はテストベッツ氏族でな、名前は――」


 ドクトルはそこで口の端を曲げて苦笑いしながら「はっ、出来過ぎかもしれんがね」と前置きしてからこう告げます。


「デューク、大戦艦やら鉄壁の二つ名を持つフネだったな」


「あら、デュークと同じ名前? あ、名前の由来は古い戦艦だっていってたわね」


「同じ氏族で同じ名前はよくあることだけどねぇ~~!」


 フネの名前は引き継がれてゆくものであり、同じ氏族であれば同じ名前のご先祖様が何隻もいるのは当然のことでした。


「ただの偶然――だが今回のような件があると、ちょっとばかり運命めいたものを感じぜざるを得ないよ」


 そう言ったドクトルは、未だ白目を剥いて気絶しているデュークを眺め「先祖の記憶が彼に運気を呼び寄せたか?」と呟きました。


「しかしなんだな、龍骨の民はこんな風に気絶できるのだな」


 龍骨の民の龍骨は大変に強靭なもので、熱や衝撃によるダメージを受けたとしても失神する様な状態には陥りません。重γ線レーザーやら対消滅弾頭の直撃を受けても「アジジジジジッ!」位ですむのですから、気絶するとは相当なことでした。


「私も初めて見たわよ……こらっ、せめてピースをやめなさい、キモいわ」


「すっごく硬直してて、うごかせな~~い!」


 二隻はアヘ顔ダブルピースをかまし続けるデュークのクレーンを下ろそうとするのですが、関節がやけに力強くロックされており、動かすことができませんでした。


「まぁ、ちょうどよい。持ち運ぶことはできるだろうから、解析室に運んでくれ」


「「デュークを解析室に?」」


「龍骨徹頭徹尾、たしかにデカイ手だったがね。大三元字一色四暗刻単騎でないと逆転できんのだよ。全体として私の勝ちは2時間分残っているからな」


 ドクトルは「残念だが約束は果たしてもらうぞ、デューク君ンンン!」と言ってから「よし龍骨はっきんぐだ。きゃはは――!」とプリンが大好きなマッドに似た無邪気な笑みを見せました。


 実のところ龍骨徹頭徹尾はすごい役でしたが、全体としての負けを挽回するには2万点ほど足らず、デュークはマッドなサイエンティストの供物になる運命にあったのです。


「うわぁ、本気でデュークを構造解析丸裸にする気だわこのマッド!」


「気絶しているうちに狂気の科学者に龍骨を弄られる脳クチュなんて、不幸ぉ~~!」


 ドクトルは「おいおい、丸裸とか脳クチュとか人聞きの悪いことを言わんでくれ、ただの科学的かつシンプルな検査に過ぎんのだよ!」と言うのですが、手元の端末をダカダカダカダカッ! 叩きながら「レッツゴー龍骨はっきんぐ!」と悪魔のような笑みを浮かべるものですから、全く説得力がなかったのです。

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