第301話 龍骨矯正
「はっ…………ここは? く、暗い……」
デュークが目覚めると視覚素子には全くの闇が入り込んできます。
「僕は麻雀をしていたはずでは……く、クレーンが……動かないっ?!」
フレキシブルなクレーンアームが金属製のリングで固定されていました。彼の腕を固定するそれは、とんでもなく強固な素材で出来ているようで腕に力を入れても全くうごきません。
「カラダが拘束されている……っ?!」
ジャイロコンパスの状態からカラダがうつ伏せになっているがわかるのですが、彼の寸胴な胴体は鎖でがんじがらめになっていました。フネというものが難破してしまうと、そのようにチェーンを掛けられて曳航されることもあるのですが、この状況は全く異質のものです。
「ふぇ、重力スラスタも推進器官も動かないぞ!?」
彼は生きている宇宙船のミニチュアに備わる疑似縮退炉のエネルギーを、推進力を生み出す器官に注ぎ込もうとするのですが、それらは全くと言っていいほど動きません。
「こ、ここは一体……」
なんとか動く艦首をひねったデュークがあたりを見回すのですが、周囲は電磁波遮断やら赤外線吸収のマテリアルで出来ているらしく位置が特定できません。それでも彼はフネの本能として、あたりをキョロキョロしていると――
「う、まぶしいっ!?」
突然、カッ! とライトが照射されて彼のカラダを照らしました。すると周囲の状況がマザマザと把握でき、自分のカラダがなにやら手術台のようなところに固定されているのがわかります。
「気分はどうかねデューク君」
「ドクトル・グラヴィティ?!」
突然ドクトルがヌッと視界に現れたものですから、デュークはびっくり仰天しながら「一体何をやっているんですか?!」と尋ねました。
「なに、簡単なことだ。お前さんの負け分を返してもらうのだ」
ドクトルは「まだ、2万点分のマイナスが残っておるだろ」と言いながら計算用紙をピラピラとチラつかせました。
「と、ということは、構造解析や龍骨はっきんぐする気ですかっ?!」
ドクトルはデュークの問には答えず、「ふんふんふーん」と鼻歌を歌いながら白衣の裾を整え、手にはめた手術用の手袋をキュッとはめ直し、脇に置かれた先端にドリルがついた棒のようなものを取り上げます。
「スイッチ・オン!」
キュィィィィィン――ドクトルが棒のボタンを押し込むと、脊髄を震わせるような剣呑な高速回転音が鳴り響きました。彼は棒の調子を確かめながらギュインギュインと回転を上げながら「構造解析? もしかしたら、それ以上に酷いことかもな」と言わんばかりの邪悪な笑みを浮かべました。
「ふぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
龍骨の民の中には、先端恐怖症とか歯医者のドリルが怖いよ症候群というものを持ち合わせているフネがそれなりに存在します。デュークのご多分に漏れないようで、目の前でギュインギュインと高速回転するそれを見て「いやだ、その物騒な音、やめてぇぇぇぇ!」と絶叫しました。
「では、こちらにしてみようか」
ドクトルは別の道具に持ち替えやはり「スイッチ・オン!」と言いました。すると彼の手に収まる単分子ブレード超振動メスがギョィィィィィィィンッ! とばかりにうなりを上げます。
「いつ聞いても良い音だ」
「きぃぃぁぁぁぁぁぁぁ――――!」
ドリル以上に危険な香りのするブレード・メスが震える音がデュークの龍骨を震わせ、彼は「いやだぁ、いやだぁ!」と悶えました。
「大丈夫、死にはしないわ。ちょっと
「構造解析は、むしろカラダに良いことなんだってぇ~~!」
デュークがジタバタジタバタしていると、いつもの二隻の呑気な声が聞こえて来ます。彼女達はドクトルの脇で見学を決め込んでいるようです。
「二隻とも、ドクトルを止めてぇ――!」
「ダメよ、負け分は払うのよ」
「カラダで払うのだぁ~~!」
デュークが「お助け――!」と懇願するのですが、ナワリンたちは「敗者の務めをはたしなさい」とか「ショッギョムッジョ~~!」などと取り合いません。ドクトルはというと、どこぞのマッドの如く上半身を仰け反らせながら「きゃはは、龍骨の民の活動体の構造解析、はっじめるぞぉ―――!」と笑い声を上げています。
「ふぇぇぇぇぇ……」
そんな状況ですから、デュークはガクガクブルしながら潤滑油の涙をこぼしそうになるのですが――
「まぁ、冗談はここまで、構造解析自体は非破壊検査だから、安心せい」
ドクトルは構造解析は艦体を傷つけるようなものではないと断言しました。彼は「ホントはバラバラに分解したかったのだが…………さすがに少年相手に賭けマージャンで勝ったからと言ってもなァ」とも続けました。
「ふぇっ?! じゃぁ、そのドリルとメスは一体なんのためにぃ――――?」
「気分だな、気分。置いてあるから、いつもの癖でな」
使う気がなくとも、ドリルとかメスがあったら、ギュインギュインさせないと気がすまないのがマッド・サイエンティストという人種なのです。デュークは「ビビり損ですか――――――っ?!」と吠えるのですが、ドクトルは全く悪びれた風もなくピュゥとひとつ口笛を吹きました。
「それに、活動体を検査ってどういうことですか? こっちは本体ではありませんけれど」
「ああ、活動体はお前さんらにとって本体の外でちまちましたことやるための生体器官の一つかもしらん」
龍骨の民が持つ活動体はカラダの中から生えてくる、思念波を通じてコントロールするフネのミニチュアです。
「では、活動体がどのようにして作られているか、知っとるか?」
「うーん、それはあまり意識してなかったですねぇ。幼生体の頃、奥歯の中に勝手に生えてきて、ゴリゴリ削ったら出てきた感じだから――奥歯が変化したものでしょうか?」
デュークたちの奥歯は超硬重金属の塊です。彼はそれが活動体の材料になったのかなぁとあたりを付けました。
「間違っちゃおらんが、正確ではないな」
そう言ったドクトルは手にしたスキャナーをデュークのカラダに押し当て電源を投じました。それは透過性の極めて高い粒子を用いて金属の中身を確認するニュートリノ探診機のようで、すぐさまデュークの活動体の中身がスクリーンに映し出されます。
「ほれ、見て見ろ、ここだここ」
ドクトルの指し示したところには、白っぽくて長い骨のようなものが存在していました。
「これが龍骨だ。ニュートリノをほぼ100%反射するところから、コレは本体の龍骨と全く同じ素材でできていると考えられている」
「へぇ、活動体にも龍骨があるのですね」
デュークは「ははぁ、こんな形してるんだなぁ」などと感心しました。自分の生体器官とは言え、中身を透過して見ることは初体験なのです。
「この事により、フネのミニチュアは龍骨の一部が分岐して生えてくるものと考え得られている。もともと微弱な力しかない龍骨の民の思念波でも、量子的に強力な思念波リンクを形成できるのは、同一個体だからだ」
ドクトル曰くほとんどリアルタイムで活動体を動かせるのは、完璧に同じ自分だからだということでした。
「そしてこれらのリンクを通じて、本体と活動体の間では、常に情報共有がされている。本体に現れた変化は活動体にも影響するのだ。だから活動体を見れば本体の様子もある程度わかる。ほれデュークの龍骨は疲労を溜め込んでねじ曲がっているようだぞ」
「確かに、面倒な角度で艦体を歪ませていますよねぇ」
ドクトルが言う通り、戦闘の疲労が出たデュークの龍骨は大きな角度で曲がり、艦体をひどく歪んだ形に変形させていました。活動体の龍骨のほうも同じようにして、少しばかり角度の付いた物になっているのです。
「現在、龍骨の変形については、本体部へ電気療法を行っておる」
「なんだかピリピリするのはそのせいですか……」
ここ数日、特殊な電気マッサージ工法によりデュークの龍骨はビビビと刺激を受けていました。それはコリをほぐすようにして龍骨の疲労を解消し、正しい位置へ戻すというものです。
「だが、コリがちっとばかり酷いものだから、電気療法と自然治癒だけでは時間がかかりすぎる」
「でも、そのうち治るんでしょう?」
工期の遅滞を知らされたデュークは他人事のように言いました。生きている宇宙船はご飯食べて寝てれば艦体が治る生き物なので、修理というものは時間任せ、人任せな気分になることが多いのです。
「確かにそうだが、お前さんの艦体を入れておく超大型ドックには数に限りがある上、他のフネにも使わにゃならん。このままだと年間計画に支障がでること間違いない」
ドクトル曰く、共生宇宙軍大工廠でメンテやオーバーホールする超大型艦は年間数十隻はくだらないもので、デュークの治癒を時間任せにしていると他の艦艇整備に問題が出ると言うことでした。
「そこで、龍骨の民の本体と活動体の関係を活かした新療法を検討しておってな」
そこでドクトルはスクリーンに、デュークの本体と活動体を投影し、あっちが変化すればこっちも変化するというようなアニメーションを表示します。
「つまり、活動体の方からも刺激してやれば、治りが早くなるということですか?」
「
ドクトルは爽やかな笑みを浮かべながら「具体的な方法としては――」と続けます。
「まぁ、効果を最大にするため活動体の龍骨に直接アクセスして、そしてああしたりこうしたりパラメータを色々いじったり……まぁ、そんなところだ」
「それって……もしかして……龍骨はっきんぐ……ですか?」
「
「ま、まぁ、それくらいなら……」
複数人で使用するファイルサーバーは、規則を設けていないとデータがどこにあるのかわからなくなりますし、ムダな二重ファイルが沢山存在して容量を圧迫する羽目にもなるのです。
「おおそうだ、せっかくだから私が開発したオーバークロッキング・プログラムを展開して演算速度も向上させてやろう。こいつは立体型多重並列処理を強制的にエミュレートするものでな、私の自信作なのだ!」
ドクトルは「せっかくだから龍骨の性能を限界まで引き上げてやろう」と放言しました。彼いわく、このプログラムをインストールすると脳力が倍増し、そのかわり発熱も二倍になるというのです。
「ふぇっ?! ちょっとまってください! 変なモノをインストールしないで!」
「あわせてメチルフェニデート・プログラムで龍骨の活性を最高度に高めてやるぞ! こいつを打ち込めば、集中力が爆上がりになって、超いい感じだ!」
ドクトルは「龍骨の活性を高めるのであれば、疲労がポンと取れる危ない薬の名前と似たようなプログラムもあるぞ。これを使えば24時間365日戦えるのだ!」と豪語しました。
「ものすっごい嫌な副作用がありそうなんですけど――っ!?」
ドクトルは「なぁに、多少はあるかもしれんが、気にするな。それより強制感情抑制プログラムとか良心抑制プログラム、戦場病プログラムに興味はないかね?」と続けます。
「な、なんですか、その危険な香りしかしないものは……」
共生宇宙軍の将兵は厳格な法規の他に、惑星への核攻撃やそれと同質の力がある重γ線レーザー砲撃をマインドコントロールによって禁じられています。また民間人への攻撃についての生理的な嫌悪感を強化しているのですが――
「くくく、こいつをインストールすれば、女子供でも容赦なく◯◯できるキリングマシーンになることができるのだァ!」
ドクトルは「ふふっははぁ――全く戦場は地獄だぜ。逃げる奴は皆ベ○コンだ、逃げない奴はよく訓練されたベト○ンだ!」などと大変意味不明で危険極まりない言葉を漏らすものですから、デュークは「や、やめてぇ――――?! そ、そんなことしたくない!」と叫ぶことになるのです。
「他にも
「アポカリプスゥ――――!?」
天使と悪魔のドッカンバトルが如き核撃に巻き込まれたら、惑星の大地は汚染に寄って万年単位で居住が不可能になること請け合いです。
「だがこれで、お前さんの戦闘力は格段にアップするのだが? ついでに物理的な改造も……くかかかかかか!」
「その悪魔じみた笑顔やめてください! っていうか、そもそも目的が違ってますよぉ! 龍骨の治療が目的なんでしょ!」
デュークは「目的を吐き違えないでください!」と完全拒否の構えです。
「あん? そうだったな。たしか、龍骨の歪みを治すのが目的だったか?」
本来の目的を忘れて横道に向かって暴走機関車のように突っ走るのはマッドの特権というものかもしれませんが、本来の目的は龍骨の整体なのです。ドクトルは「チッ、仕方がない」と舌打ちしてから、龍骨の歪みを治すという医療行為に入ったのです。
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