第302話 カプセルの中にあるものは

「龍骨がまっすぐになりました! ありがとうございます、ドクトル!」


「そいつは良かった」


 電気療法および龍骨への直接アクセスにより、疲労が溜まっていたデュークの背骨はコリをほぐしていい感じのまっすぐになっていました。


「だが、艦体の再建そのものはまだまだ時間が掛かる――そうだな、完治までには半年は掛かるだろう」


 半年とは長いように感じるものですが、通常であれば艦船のオーバーホールは年単位で行うものであり、龍骨の民の生命力というものは化け物じみたところがあります。


「共生宇宙軍中央士官学校へ入学すれば、1年は学校暮らし、その後の実習期間に本体が間に合えば、問題あるまい」


「へぇ、実習期間というものがあるのですね」


 士官学校はその種別により在学年数に差があるのですが、中央士官学校では座学を主とした1年間の後、様々な任務に就いて見聞を広めるという期間があるのです。


「さて、入学試験はあと20日後か。今日はお前さん達にやってもらうことがある」


「また勉強かしら? もう十分データを蓄えたとおもうけれど」


「いいや、そうではない。お前さんら一応戦死していることになっているのは覚えているな?」


「欺瞞工作の一環だったっけ~~?」


 メカロニア戦役においてとんでもない功績を上げたデューク達は、一時的にその身を隠すため死亡扱いになっていました。


「死んだフネがのこのこ首都星系中心部に入ったら、たとえそれがミニチュアであっても問題なのだ。そこで、これを用意した」


 ドクトルは部屋の端っこにおいてある3つの白い箱を指し示しめし「自分の頭文字が振ってあるところに行きなさい」と指示しました。


「これって緊急医療用カプセルだね~~患者をナノマシン漬けにして無理やり生存させるってやつ~~」

  

「カークライト提督を入れていた棺桶っていうイメージが強いんだよなぁ」


「あんた棺桶運ばされてたものねぇ」


 デューク達が見たところ、台座の上にはあるのは共生宇宙軍正式装備である医療用搬送ベッド――様々な種族に対応した自動治癒機能が備わり、死亡時には棺桶にもなるという優れものでした。


「中に何か入っているんですか?」


「そうだ、カプセルの窓から中を見てみなさい」


 デュークは「なにか嫌な予感がするなぁ」と思いつつも、カプセルの上に浮かび上がり中の物を確かめます。医療装置は冷却中のようで、カプセルの窓に当たる部分は霜が浮いていました。


「ふきふき…………うん? 誰か寝ていますね」


 窓をクレーンでこすったデュークは、なにやら特徴があるような無いようなつるりとした顔立ちを持つ標準的なヒューマノイドが寝ているのに気がつきます。


「これは少年……みたいですね」


「ボクのは女の子みたいだよぉ~~!」


「でも、なんの種族かわからないわね」


 カプセルの中に居たのはヒューマノイドの少年少女のようですが、その種族的な特徴は捉えようのないものでした。


「ドクトル、一体なんですか、これ?」


「それは人造人間の素体だ」


 ドクトルが言うには、人造人間とはタンパク質ベースの生体パーツを組み合わせたフルリモート型の完全義体ということです。


「この人造人間を操ることで、フネであることを隠すのだ」


「へぇ、でもどうやって操るのですか?」


「そらあれだ、活動体と同じ要領でな」


「ふぇ……活動体と同じって?」


 そこでドクトルは、おもむろに長細い棒のようなものを取り出します。


「これは私が開発した疑似龍骨というものでな、龍骨の民の思念波リンクを再現することができるものだ」


「そ、そんなものが……」


 ドクトル曰く、疑似龍骨は即時双方向不可逆量子通信実験の産物であり、生きている宇宙船の本体と活動体とのリンクを応用してあれこれ試作したものの一つだそうです。


「長年に渡る龍骨の民の研究の成果ともいえる。クカカカ」


「あ、僕らって研究対象なんですね……」


「何を言っとる全ての知性体が等しく研究対象なのだぞ」


 それはドクトルの属する科学に魂を売った者狂気の科学者学会のモットーです。実のところ、ドクトル・グラヴィティの狂気はある程度穏当な部分が多く、学会では穏健派として知られています。


「それはともかく、この疑似龍骨は調整が面倒で、製造には莫大なコストと長大な時間が掛かる代物でな。徒や疎かに使うことができん」


「へぇ……でも、そんな貴重な物を使っちゃっていいのですか?」


 デュークの問に対してグラヴィティは「ま、執政官の命令では仕方がない」と答えました。共生知性体連合では執政官の権限は絶対なのです。


「それで、その疑似龍骨ってすぐに使えるのですか? 調整が面倒という話ですけれど」


「うむ、この数週間におけるデータ学習、運の特訓、そしてなにより龍骨への直接アクセス、それから……おっほん……すでに慣らしを済ませている」


「……えっと、なんですか……その咳払いは……」


「うわ、こいつ絶対なにかやってるわ……」


「慣らしってなんだよぉ~~! 怖くて聞けないよぉ~~!」

 

 デュークはドクトルが自分たちに知らさずなにか勝手なことをやっているのでは? という疑念を懐き、ナワワリンは冷ややかな目でドクトルをジトっとにらみます。ペトラに至っては、確信犯を前にして事実を知るのが逆に怖くなっていました。


「と、とにかくっ! この疑似龍骨にはお前さんたちのパーソナルデータが詰まっとる! あとは、これをあの人造人間素体にエントリーするだけだ!」


 三隻からマイナスの感情を受けたドクトルは「ええい、四の五の言わずに、さっさとやるぞ!」と咆哮しました

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