第303話 義体のモデル

 クリっとした瞳、すっきりとした鼻梁、凛々しい口元――そんなヒューマノイドの少年の顔が鏡に映っています。それはドクトル・グラヴィティの用意したカーボン系ヒューマノイドの義顔でした。


「これが僕の義体かぁ」


 デュークは見慣れない顔に手を伸ばし、ペタペタとさわったり、頭部から生える白髪に手を伸ばしてその質感を確かめ「白い髪かぁ」などとつぶやきました。龍骨の民には砲塔は生えていますが、髪の毛は生えていないものですから、サラサラなそれは初めての感触です。


「あたしは赤い髪なのね」


 デュークのわきではヒューマノイドの美少女――これも義体に入ったナワリンがその機能を確かめていました。彼女の義体には、赤みが入った金髪といういわゆるベネチアンブロンドのツインテールが装備されています。


「この外皮ってばとても柔らかだよぉ~~装甲板として役に立つのかなぁ~~?」


 蒼い原色の髪を持つ義体に入ったペトラが、胸部に生えたうっすい器官をモニモニしながら「こんな胸部装甲じゃ、重ガンマ線レーザーに耐えられない~~!」と叫んでいました。龍骨の民の肌である装甲板といえば極めて強力な材質でできていますから、タンパク質でできたそれは心もとないものなのです。


「こんな異質なカラダなのに、違和感なく動かせているなんて、不思議だなぁ」


 デュークは二本の足でスラスラと歩けていることに驚きます。そのような種族は共生知生体連合では珍しいものではありませんが、本来フネである彼にとっては全く違う推進器官なのです。


「ヒューマノイドの動作や運動を自然におこなえるように、血液中のナノマシンにサポートさせているのだ」


 デュークらの義体化に問題ないことを確かめたドクトルは「お前さんらのナノボットをあれやこれと改造して、リプログラミングしとるんだ」と説明しました。


「ぼ、僕らのナノマシンを改造したのですか……」


「なに、ナノマシンどもは喜んで改造されてくれたぞ」


 デューク達の体内に存在するナノマシンを総体として見ると、彼らは一種の群体めいた構造をもっており、「必要なんでしょ? 改造、いいすっよ」とか「いやっほー! 新しいボディだぜ!」やら「われら常に覚悟完了済みなり。さぁ、やれぃ!」というほどに、セキュリティの欠片もないような反応を示したということです。


「別に悪いことをしとるわけでもないからなァ。簡単なもんだったぞ」


「じ、自分のカラダに裏切られたような感じだよ……」


 デューク達は「ぼ、僕たちのナノマシン達、大丈夫かなぁ」とか「絶対仕込みがされているわね……」やら「汚された~~お嫁にいけない~~!」などとざわめきますが、ナノマシンたちは特段なにも悪さはしないようです。


 実のところ、龍骨の民の持つナノマシンは古代の生きている宇宙船たちがなんらかの形で別種の生命体を取り込み、ミトコンドリアめいた共生関係を作り出したという説があるくらいで、もともとコントロールの利くものではないから仕方がありません。


「ところで、このカラダのベースはなんですか? ニンゲン族に似ているようでそうでもないみたいですけれど」


「ああ、私の種族であるメトセルの遺伝子を基に、あれこれいじった特注品だ。デュークの姿は私がモデルだぞ」


「ふぇ、ドクトルがモデルですか?」


「噓でしょ、全然似てないわよ」


「輪郭が全然ちがうよぉ~~!」


 デュークの義体はいわゆる紅顔の美少年という感じであり、ドクトルは壮年の男性というほどであり、似ても似つかない感じです。


「そりゃ、私の若いころの姿をベースにしているからな。さすがに数百年も生きとれば多少はジジィになるものだからな」


 長命種たるメトセルは極めて老化が遅いのですが、ドクトルは500年以上は生きているのですから、外見に変化があっても仕方がありません。


「じゃぁ、私達のモデルもメトセル?」


「うむ」


 そしてドクトルはどこからともなく一枚のポスターを取り出し、バッと広げました。そこにはすらりとした肢体を持つ赤い髪の少女と、ポワンとした雰囲気の蒼髪の少女が並んでいます。


「おお、なんか美人だわ」


「可愛いね~~!」


 それはフネの感性からしても、美少女なのだとはっきりわかる異種族の姿でしたから、ナワリンは「ほほぉ」とつぶやき、ペトラは「萌える感じ~~」などと声を漏らします。


「ふぇぇ、一体何者なのですか?」


「ふはははは、よくぞ聞いてくれた!」


 デュークの問いに対してドクトルは拳を握りしめ――


「数百年前に銀河を席捲した超絶美少女歌姫ユニットォォォォォ! その名も超共生ィィィメイルシュトロームゥゥゥゥゥゥッ!」


 唾を飛ばしながら「美貌と歌唱力を兼ね備えた共生知生体連合世界のトップアイドルなのだぁぁぁぁぁぁっ!」などと絶叫したのです。


「彼女たちのステージは場所を選ばず、総数10万を超える大艦隊戦のさなかに歌で応援し、ゲリラライブと称して敵性勢力のど真ん中でオンステージしたり、巨大な宇宙怪獣を歌声で鎮撫するほどのものだったのだ!」


 メイルシュトロームは共生知生体連合のみならず、他勢力圏にまで進出し、いろいろな意味で銀河を席捲した希代の歌姫達であり、共生知生体連合の勢力拡大にかなりの影響を与えたという説もあります。なお、ドクトルは彼女たちの熱烈なファンだった模様です。


「でも、そんなに有名な人がモデルじゃ、変に目立ちませんか?」


「なぁに、あれが有名だったのは、600年くらい前のことだからな。知っているものも随分と少なくなっておるよ」


 不死系の知生体を除くと、共生知生体連合の平均寿命は100から200と言われていますから、特に問題はないようです。


「とまれ、その外見ならば、お前さんたちがフネだと思う者もおるまい」


 確かにこの義体であれば、正体を隠して士官学校に向かうことができるでしょう。このようにして、準備万端整ったデューク達は試験の日を迎えることとなったのです。

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