第352話 提案
「共生知生体連合・共生宇宙軍中央士官学校士官候補生スイカード・JE・アイスウォーカーです。辺境星域での士官候補生実習中の指揮任務についております」
「実習中の士官候補生、共生宇宙軍の士官扱いの方ですね」
そう言った女性の切れ長の銀色の目の煌めきは美しいもののどことなく無機質で、さらにその表情は読み取ることができない静けさを湛えています。
そこでスイキー以下の士官候補生らは「ああ、この人アンドロイドだな」とわかるのですが、彼ら共生知生体連合人はメカロイド以外の機械知性やメカ的存在に対して特段の偏見はないので気にもしません。
「寄港の目的は推進剤の補給です。士官扱いとして恒星間決済システムの権限は与えられております」
「それでは、認証をお願いします」
それを受けたスイキーはフリッパーを掲げて端末に指を下ろし、それを確かめたアンドロイドの女性は「確認――」と言いながら、瞳の光彩をキラりとさせました。彼女がもっている自前の論理電算ユニットも認証のためのシステムの一部なのです。
「クレジットは、共生知生体連合共通通貨。軍の予算からでているものです」
「なるほど、問題ありません」
スイキーは「共生知生体連合のクレジットに問題があるわけあるまい」などと内心思うのです。共生知生体連合はこの銀河において相当の勢力であり、その信用度はかなり高いものだったからです。
「購入を希望されているのは通常の推進剤ではなくQプラズマ推進剤。それも相当に高純度の高級品ですね。新星系探査の任務ですか?」
「それは機密事項にあたりますので」
スイキーがやんわりと「そうですが、そうとはいえません」と答えると、アンドロイドの女性は「ここに実習にやってくる皆さんは、必ずそう言いますね」とほんの少しだけ口の端を上げました。
「でも、現在当該ステーションにおいては高純度のQプラズマ推進剤が品薄のため、必要量をお渡しできません」
「それはどうしてでしょうか?」
いぶかしがるスイキーに「大口の購入があり、1カ月先までの先物買いがされている」という答えが返ってきます。
「クワッ……そいつはつまり、どこかで」
「ご推察のとおりかと」
などという会話がなされている中、デュークは「言葉を端折った会話って、行間を読むのが大変だよね」と言い、エクセレーネは「あなたも大体は推測できるでしょ」と微笑み、ナワリンは「大量の推進剤を使うのはフネ、たくさんのフネよね……」と艦首を傾げ、「多分戦争だよぉ~~!」とペトラがド直球で正解にたどり着きました。
「辺境セクターの有力星系同士が武力衝突の際にあるのです。1週間ほど待っていただければ、臨時増産することで多少は融通できますが」
「1週間とは長いですな。それに多少の量じゃこいつらには不足――大型高速戦艦に重巡洋艦、それに超大型戦艦ときたもんだ」
スイキーが肩をすくめる仕草を見せると、エクセレーネデュークらを見て「このあたりの星系が有する一個艦隊並みの燃料が必要かもしれないわね」と言いました。
「これでも燃費はいい方なんだけれどぉ~~!」
「わ、私は高効率の推進器官をもっているんだから!」
「僕は否定はしないよ、うん、否定はしない。僕は大飯ぐらいだもの」
デュークらは否定したり、言い訳したり、ニッコリとした笑みを浮かべてみたりとそれぞれの表情を見せるのですが、とにもかくにも推進剤がそろわないということです。
「こ、こうなったら倍の金額で買いたたくんだぁ~~っ!」
「一応任務なんだから、共生宇宙軍の予算から必要なだけつかえないのかしら?」
ペトラがとナワリンが「「札束でペシペシって攻撃は、大抵のことを解決できるのよっ!」」とちょっと品がないセリフを吐くのですが――
「だめよ。私たちが使える軍の予算には制限があるのよ」
「ああ、結構な額だが、まぁ相場の50%増しが精々だ」
と、エクセレーネとスイキーが「お財布には限度がある」と口をそろえます。その上――
「すでに先約権が発生しておりますので、100倍のクレジット積まれてもお売りできません」
辺境ヨビタン社は商取引における信頼というものを大事にしている会社でした。そこでデュークがこのような提案を行います。
「通常の推進剤をタンカーに目いっぱい積んで行く手はどうなのかなぁ? かなり効率は落ちて時間はかかるとは思うけれど」
「ああ、それは俺も考えたんだが、無理だな」
スイキーは「戦争間近なんだから、な」と言い、エクセレーネは「タンカーの便も抑えられているはずね」と首肯してからこう続けます。
「時間はかかるが別の宙域まで戻って補給を受ける手もあるわね。でも、それだと1カ月くらい時間をロスしそうだわ」
「飛んだ先がどん詰まりの星系じゃないって決め打ちで進む手はどうだ? まぁ、結構分の悪いバクチだが」
新規航路の開拓において、戻ってくるのが困難などん詰まりの星系に入ってしまう確率は大体30%から50%と言われています。軍の任務において許容できるレベルではありません。
「やはり戻るか、戻れば帰ってこれる」
「そうねぇ、進めば戻れなくなるというのは嫌よねぇ」
士官候補生二回生達は冒険心というものを多分に持ち合わせており、スイキーに至っては宙戦パイロットですから挑戦的なところも十分でした。でも、回避できるリスクは可能な限り回避するというのが共生宇宙軍の考え方であり、その教育をしっかり受けてもいたのです。
「おまえさんらも、恒星間を1年もかけて進むのは気が進まんだろ?」
「そうだね、僕らは飛ぶのは好きだけど。それはちょっと嫌かな」
龍骨の民は宇宙空間を飛ぶのが大好きですが、星間物質すらも薄い虚空の中を最長で1年飛び続けるのは少しばかり苦痛です。にぎやかな星系の近くであれば、星間放送が流れてくるのでそれにも耐えられますが、辺境にはちょうど良い感じのWEB放送局が少ないのです。
そんな会話をしていると――
「それではお客様、ちょっとした取引などはいかがでしょう」
と、アンドロイドの女性がとある提案をしてきたのです。
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