第351話 まともなステーション

「へぇ、結構大規模な施設だなぁ」


 恒星間企業の持ち物とはいえ辺境にある施設ということで、あまり期待はしていなかったデュークですが、ガス惑星の軌道にあるステーションはかなり立派な規模感がありました。


「ユニットが分散型で単一型じゃないわね」


「使い捨て前線投入型携帯推進剤供給FMRユニットとは安定感が違うよぉ~」


 ステーションは複数の採集パイプランとそれを貯蔵する一次タンク、燃料を加工する精製施設と推進剤の貯蔵庫で構成されています。それらは独立した複数の施設をリレーする形で構成されるものであり、単一のシステムですべてを完結するものよりも、拡張性と整備性を重視した設備でした。


 単一の施設ですべての作業をこなせる万能型のパッケージ――戦場投入型の推進剤プラントシステムも存在します。それは正式名称を”フロント・モバイル・リファイナリー”と言い、戦場に迅速に展開可能で、現地の原材料を直接回収して燃料や化学物質を製造することが特徴です。


「あ、タンカーも係留されているぞ。輸送販売もしてるんだねぇ」


 ステーションにはタンカーとしては標準的な1キロ級タンカーが推進剤を搭載されていました。サイズから考えると長距離輸送よりも、近場の輸送に主眼を置いているようであり、それだけならば特段変なところはないのですが――


「おお? タンクの基部に射出軌条がついているよぉ~。あの構造だとタンクを射出できるようになっているみたいだぁ~~!」


 デューク達が見据えているタンカーは、搭載されるタンクを射出するためのシステムを備えているようです。


「アレはいざという時にタンクに搭載された推進剤を機雷がわりにするのかもしれないわ。Qプラズマ推進剤って、爆薬がわりになるから」


 実のところ軍用に調整されたQプラズマ推進剤は核爆薬として使用することも可能なものでした。その威力は専用の核融合爆薬よりは火力が劣るのですが、燃料そのものが爆発四散しながら拡散するため、真空中でもかなりの衝撃波が生じ、センサの類いに大きな悪影響を与えます。


「大規模な目くらまし――民間船用の自衛用武装だね。民間船がそんなものを用意しないといけないのが、辺境らしいっちゃらしいけれど」


「海賊とかがいるから、積み荷を奪われるくらいなら投棄して爆破、後は逃げの一手なのかもぉ~!」


「タンカーを直接武装化するよりは合理的なのかもしれないわね」


 生きている宇宙船にとっては推進剤の一滴は血の一滴であり爆薬に使うなんぞはもったいないことなのですが、ここは辺境であり所属する組織も違うのですから、彼らは「ま、そんなものか」と他に目を向けます。


「産業用ユニットの他にも設備があるわね」


「あれは住居ユニットかな? ステーションは産業施設だけで構成されているわけじゃないんだね。中心施設は一般的な民間商業ステーションと同じ構造をしているな」


「それに食品生産プラントっぽいものまであるよぉ~! ご飯ご飯ご飯!」


 施設の多くはガス関係の物でしたが、その他にも居住性を高めるためのユニットや水耕生産プラントなど様々なものがついていました。ステーションで働く人々に、必要なリソースを提供し、より快適な生活を送ることが可能なように配慮されているようです。


「外見から見ると、どれも連合基準のユニットくらいのグレードの施設みたいだね」


「他所から持ち込んだんだよぉ~」


「ええ、そうね。こういってはなんだけど、辺境レベルのものではないわ」


 辺境宙域においての軌道ステーションというものは、技術力や生産力の問題も大きく、銀河の先進地帯に比べて、作りが荒っぽいものばかりです。


 でも、このステーションはそれら辺境の施設とは一線を画しており、高い自給自足能力と拡張性を備えており、採集のための施設と街として機能するための付属の設備が完備されているレベルの高いものでした。


「プラントエンジニアリングっていうのかしら。施設の配置もレベル高いわ」


 さらにユニットの配置は見る者をして「あ、これってあそこの会社が手掛けたな」とわかるようなプラントエンジニアリングの極致と言えるものでした。


「技術者のおっちゃんのレベルが高いんだよぉ~! 職人芸だよぉ~!」


 なお、どこの世界でもエンジニアというものは、作業服を着こんで安全靴とヘルメットを装備しているイメージがあります。


「……まぁ、エンジニアっ強面で髭面でマッチョのイメージなのは否定しないよ」


「危険な害獣とかがいるところで作業することもあるときくものね」


 それは恒星間航行種族の世界でも同様で、共生知知生体連合でも技術者と言えば、ゲハハハとした笑い声とともにブットいハンマーを手に鉱脈探査を行う短軀のおっさんドワーフ族とか、ムキムキマッチョのくせにインテリっぽさがある記憶買いますトータルリ〇ール的なヘラクレス族とか、どんな設備でも「90度の角度でぶっ叩けばどんな機械でも直るんだよっ!」的な赤ら顔のヒグマ族なのですから、致し方がないことでしょう。


「どちらにせよ、設備は連合の内海にあるのと同じってことは、まともな推進剤にありつけそうね」


「辺境ってば、まずい推進剤ジュースばかりで辟易していたんだよぉ~!」


「そうだね、連合クオリティなのはありがたいな」


 辺境銀河における技術力は銀河中央に比べて数段劣ることもあり、提供される物資などの面で問題があることも多いのです。その最たるものとしてはどうしても現地調達しなければならない推進剤なのですが、そのクオリティは連合内海のものと比較して数段落ちる上に、味はデュークたちの好みではありませんでした。


 そうこうしてデュークらはステーションから少し離れたところに本体を係留し、高速機動艇兼司令部ユニットに乗り込み施設の中心部――軌道ステーションの管理窓口に向かいました。


「おい、お前ら、粗相のないようにな」


 デュークらを引率する形の指揮官役のスイキーが「わかってるな、。ここは他国の民間施設なんだ」と念押ししました。


 共生宇宙軍は完全なるシビリアンコントロールに置かれており、民間に対して姿勢の低いことで知られていますが、ここは連合支配下ではないためいつもよりさらに気を付ける必要があるのでが――


「嬢ちゃんらは、目を離すととんでねーことしでかしそうだからな」


 生きている宇宙船達を新兵の頃から見ている彼は、特にナワリンとペトラが「なにかしらこれ、ペタペタ」とか「初めてみるよぉ~スンスン」などと好奇心から無礼を働くものだと思っているのです。


「スイキーパイセンひっど! ボク達、もうそんなことしないよぉ~!」


「まったくだわ。レディーに対して失礼ね」


 さすがに恒星間宇宙に出てそれなりの経験を積んでいるこの頃のナワリンとペトラは、さすがにそういう無礼をすることはないのですが、同伴するエクセレーネは「知らないうちに変なところに行って、変なお買い物するみたいだけれどね」と呟きました。


「実習中の士官候補生って、士官扱いされるからねぇ」


 デュークの龍骨はまだまだおこちゃまな部分を多分に残す少年期なのですが、元々愚直というほどに礼儀はしっかりしており、カークライト提督の元での従兵経験により、士官たるものということがある程度備わっています。


「士官らしくって、買い食いとかだめなのぉ~?」


「商業ステーションで爆買いとかしたら怒られるのかしら?」


 そのあたりの事がどこか抜けているようなセリフを漏らす軍艦女子たちですが、さすがに半分くらいは本気ではないのです。


「半分は本気なんだな。まぁ、軍務中なのだけは自覚してくれ……」


 スイキーはお気楽ご気楽な性格で、結構いい加減なところがあるペンギンですが、今回は引率者たる責任があるので多少の苦言も仕方がないことでしょう。


「ま、士官っぽくそれらしく振る舞うに方法は授業で覚えたから、大丈夫だわ」


「そうそう、あの授業の単位はボク達満点だし~!」


 実のところ、中央士官学校では、士官らしくということについて結構な時間を割いており、ビジネスマナー研修も実施するなどキッチリとした躾はなされているのです。そして意外なことに彼女たちはその手の事が得意な淑女だったりしました。


「まぁそれはそうみたいね。それにスイカード、あなたの一期生のころを思い出して。あの頃のあなたに比べれば、だいぶマシだとは思うわ」


「おいなんだ突然……いや、あれは事情があってだな…………」


 突如エクセレーネが突っ込んできたものですから、スイキーは「なんだその、偽装工作とか政治的なあれこれがあってだな」などとしどろもどろになりました。


「ノリノリでやってなかったかしら?」


「いや、その…………ク、クワァ」


 何があったかわかりませんが、エクセレーネが放ったセリフに情けない鳴き声を上げたスイキーです。


「ま、まぁ、とにかく。買い付けを済ませるとしよう」


 そう言ったスイキーは、デュークらを先導し、ステーションのとある部屋に入りました。


 そこでは長い耳を持つほっそりとした銀髪のヒューマノイド女性が待っており「辺境ヨビタン社第13支店にようこそ」と抑揚のない平坦な声であいさつをしてきたのです。

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