第353話 ガスの採取

「推進剤の材料を見つけてきたら、ガスがもらえるのね」


「でも、Qプラズマ推進剤には特殊なガスが必要なんだ」


「とにかく、ガスをさがすぞぉ~~!」


 デューク達は辺境ヨビタン社から、Qプラズマ推進剤に必要な希少なガス物質を見つけてくれば、高価な推進剤を安くしかも大量に販売してくれるという提案に応じて、巨大なガス惑星に降下していました。実のところヨビタン社の生産能力にはある程度の余裕があるのですが、Qプラズマ推進剤の材料が不足していたのです。


「だんだんガスが濃くなってきたぞ」


「エーテルと違って物質らしいガスだわ」


「美味しい匂いが充満してるよぉ~!」


 デューク達の高度は、ステーションから計算して大よそ10万メートルほど下になっています。


 そこは大気上層というべき場所で、あたりには水素やヘリウムなどの大気がゴォゴォと流れる大変に危険な環境ですが、生きている宇宙船にとっては美味しそうな匂いが漂うところでした。


「しっかしスゴイ重力――4Gくらいあるわ。ワイヤーがなかったら真っ逆さまね」


 デューク達とステーションの間には特殊な素材でできた超硬ワイヤーが繋がれ、巨大なガス惑星の強い重力を上手い事相殺しながら、ガスの探索を行っているのです。


「なんていうか、釣り糸に繋がった餌の気分だよぉ~」


 背中に括り付けたワイヤーにぶら下がったデューク達は、ペトラの言うように一本釣り漁船から延びたラインの先に繋がった餌のようにも見えました。


「重力スラスタの適性重力を超えたから、これだけが頼りだよね」


 重力スラスタには2Gを超えると効率がどんどん悪くなるという特性があり、ガス惑星への降下には不向きで、デューク達は姿勢制御に使うに留めています。


 なお、このあたりには大量のガスが充満しているので、これを取り込んで熱核噴射でもすればいくらでも姿勢を保てるのですが、あたりの環境を悪化させるのでそれは行うことができません。


「それで、レアなガスってどこにあるのかしら」


「ええと、なんだか大きな風船みたいなものを探せって。だけどこのあたりだと、無色透明に近いから見つけにくいんって聞いたよ。レーダーにも映らないそうなんだ」


 デュークは視覚素子を伸ばしてあたりを探るのですが、特に風船のようなものは見つかりません。


「光学ステルスとかカメレオンしたフネをさがしているみたいだよぉ~」


「惑星の傍だから量子レーダーも重力アンテナも性能が落ちてるわ」


 恒星間戦争においてはステルスした敵をさがすために、量子レーダーや重力アンテナを使ってあたりを付けるような手法を用いるのですが、ここではうまく機能しないようです。


「音波探査をしたらどうかしら?」


「うーん、ちょっと無理そうだね。風がゴォゴォヒューヒュー鳴ってるし」


 海中のような環境であれば強力な探針音ピンガーを放って、物体を探査することもできるのですが、あたりはかなりの強風が巻き起こっていました。


「手探りでいくしかないかな」


 デュークは彼は巨大なクレーンを振り回したり、放熱板をブンブンと振り回してあたりを探るのですが、ただガスをかき回すだけです。


 そうこうして小一時間ほどあたりを探索するのですが――


「ううん、この辺りにはなさそうだなぁ。別の場所に向かおう」


 あたりを探索しきったデューク達は移動を開始し、また同じように探索を行います。


「全然、見つからないよぉ~~!」


「というか、普通の区域だとほとんど見つからないのよね?」


「時期によってはあるみたいだけど、やはりそのようだね……」


 いくつかの区域の探査を終えても兆候すら見当たらないものですから――


「じゃぁ、もっと下にいこうか。そこなら確率は高いそうだし」


 デュークは「高度を下げる準備をして」と言いました。


「ええと、そこってリスクがある場所なのよね?」


「下は圧力も高いし、危険なところだって話だよねぇ~」


「でも、時間をかけることはできないんだ。ガスを精製してもらう時間も必要だし」


 デューク達は任務達成のために時間にを追われる身でもあり、何日もかけて通常探査を行うような悠長なことをしていては本末転倒なのであり、ある意味想定通りに高度を下げてゆきました。

 

「ん……あの下のあたり、ガスが他よりも色濃いな」


「すっごく視界がわるいねぇ~」


「ははぁ、あの中に入らなくてはいけないのね」


 向かったところはガス成分が異様に濃く、ガス惑星ではあまり見かけない分子も含まれて視界がかなり悪そうでした。


「なんだか不穏な感じがするけれど……とにかく入ってみよう」


 そう言ったデューク達はワイヤーを伸ばしてガスの色濃い区域に入りました。


「あ、このガス目に染みる~~!」


「視覚素子が曇っちゃうわね。このガス、有毒じゃないの?」


「ただの硫黄成分みたいだから、バイザーを下ろしておけば大丈夫だよ」


 デューク達の視覚素子は生体的な部分もあり、有害物質に反応しやすい敏感なところです。でも、重ガンマ線レーザーの直撃にも耐えうる瞼を使っていれば、どうということはありません。ただし視界は最悪ですから――――


「まさに手探り状態ね」


「どうせ見えない物体が相手だから別にいいけれど~」


「うーん、この辺りにないかなぁ」


 などとデューク達はほぼ目隠し状態で、クレーンや放熱板をフリフリさせてあたりを手繰ります。そうして10分ほどもしたところ――


「く……くふぅん……」


 突然ナワリンが変な声を上げ、「デューク、あんた今、私のノズル《お尻》を触らなかった!?」と叫びました。


「高速戦艦のノズルは敏感なの! いくらアンタでも許さないわよ!」


「ふえっ⁈ そんなことしてないよ」


 龍骨の民のノズルは縮退炉に直結している生体器官で、高速戦艦であるナワリンのそれは結構デリケートなようです。


「あれ? デュークなら今、ボクの砲塔を触ってるけれど――もぉ~断りもなく女の子の砲塔を触っちゃだめだよぉ~!」


「ふぇっ…………そんなことしてないよ!?」


「別にボクは断りなくてもいいけれどねぇ~!」


「だから、触ってないってば……」


 なんだかうれし気なペトラは「大丈夫? もっと砲塔揉む?」などとアホの子らしいセリフを漏らすのですが、龍骨の民にとって砲塔とはそういう部分なのかもしれません。


「あら、あんた、もしかしたら発情期ってやつ?」


「デュークもお年頃だねぇ~~♪」


「だから違うって言ってるじゃない!」


 龍骨の民に生殖器官はないので生殖行動はできないのですが、フネだけにパートナーシップとかフレンドシップな感じにスキンシップくらいは行う生き物であり、少年期の中ごろからそのような行動が現れ始めるといいます。


「発情期って――――そもそも、僕の上に誰か乗ってないかいっ⁈」


 ナワリンとペトラと違って、デュークは艦体に何が乗り上げ、巻き付いているような感覚に襲われていました。


「うわっ、バランスが崩れるっ!?」


 それは相応の重量と大きさのあるなにかでしたから、重力スラスタの効きが悪いこの状況で、デュークはバランスを崩しそうになりました。


「だぁぁぁぁぁぁクレーンを絡めないでっ! 砲塔を撫でないで!」


「そんなことしてないわよ。盛りのついた犬じゃあるまいし」


「ボクも乗ってないよぉ~乗ってもいいなら乗るけれど~!」


 そんなことはしていない二隻は「変ねぇ」 などと訝しがり――自分たちのカラダに起こった違和感を確かめます。


「またお尻を触られてるんだけど……でも、これってデュークのクレーンじゃないわね。なんだか柔らかいし」


「砲塔をギュっとしてくるけれど、金属じゃないねぇ~~」


「一体全体何が起こっているんだ……」


 そこでデューク達はバイザーを上げて自分に乗りかかっている物体がなにかの正体を確かめるのです。


「あっ、デュークのカラダの上に薄っすらとしたタコみたいなのが乗ってる~~!」


「タコというか、膨らみ切った風船みたいなのに触手がついているわ」


「あ、これが目当ての物体だよ。ガス・オクトパスだ」


 デューク達のカラダを撫でたり、揉んだり、のしかかったりしていたのは巨大ガス惑星に生息する生物――その巨体にガスをため込み、光合成をしながら成長する巨大風船型生命体だったのです。


「これにガスが詰まっているのね」


 ガス・オクトパスはQプラズマ推進剤を精製するのに必要な希少ガスを体内で生成する特性を持っています。


「しかし、すごい力で絡んでくるな」


 どういう生態的な反応なのかはわかりませんが、巨大風船型生命体は結構なパワーでデューク達のカラダに巻き付いていました。


「かなり応力がかかってるわ」


「ボクらには実害はなさそうだけど~」


 デューク達の艦体は軍艦としての頑丈さを誇り、触手というか、そのの先端が巻き付いたとしても、ギリィ……とかすかな金属音が響くだけで、びくともしないのです。


「でも、これだと普通の探査船じゃ耐えられないな」


「なるほど、普通では採取が難しいから、Qプラズマ推進剤が希少なのね。でも、こいつら巻き付いて離れないわぁ……」


「砲身に入らないでぇ~~~~~! こそばゆいよぉ~~!」


 砲身を侵食され始めたペトラなどは「あひゃひゃ」などと変な声を上げています。それが特段なにか悪いことにつながるとは思えませんが、何らかの対処が必要でした。


「どうしたらいいかしら?」


「上で引っぺがしてもらうよぉ~」


「確かにこのままステーションに戻れば効率がいいよね。ガスの採集とはこの生物の捕獲と同義だから」


 そうしてデューク達は自分に巻き付いた巨大風船型生物を連れたまま、一路ステーションに向かって上昇し始めたのです。

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