第354話 補給

 辺境ヨビタン社のステーションでデュークらは補給作業に入るところ――すでに巨大ガス惑星から引きずり上げた風船型生物から抽出したガスはQプラズマ推進剤精製の最終工程を経て、ステーションのタンクのなかにゴォンゴォンと流れ込んでいるところでした。


「でも、あの風船型生物はどうなったのかしらね?」


「うん、ガスを吸い取るところは見せてもらえなかったね。吸い取る工程は企業秘密ということだから」


 艦体から引っぺがされた風船型生物がその巨体を工場に移されるところまではデューク達も見ていたのですが、その後のことは良くわかりません。


「あまりひどいことは事はしないって言ってたけど……」


 風船型生物は知生体ではありませんが、星間環境保護条約やら恒星間準知生体愛護協定なる法令や協定が恒星間勢力の間に存在しており、必要以上に酷いことをするというのはまともな企業であれば避けるのが普通です。


「あ、あそこ見て! クレーンが動いてる。なにかを釣りさげてるよぉ~!」


 目端の利くペトラが、工場の端の方にあるクレーンが動き、なにやら丸々とした塊を吊り下げていると言いました。


「アレはもしやあの風船の成れの果てかしら?」


「ははぁ、ガスを吸い取られて、しぼんじゃったんだな」


 デューク達に匹敵するほどのサイズをもっていた風船型生物は、かなりコンパクトな大きさまでしぼんでいます。戦艦を丸抱えにするほどの触手も同じようにして細々とした物になっていました。


「あれって、ガス惑星に戻すのかしら? 吊り下げて、下の方でリリースするのかしらね」


「でも、吊り下げ用のクレーンとは別のものだよぉ~」


 そのようにしてデューク達が艦首を傾げていると――


「あっ!?」


 クレーンがガシャンと動くとしぼんだ風船生物はガス惑星の重力に従って落下を始めるのです。


「凄い勢いで落ちていくよぉ~!」


「重力がかなりあるからね」


「あれだとすぐに音速を超えるわ……」


 ガス惑星の重力加速度は5G近くはあるので、10秒もすれば500メートル毎秒になり、大気圏上方は空気抵抗も少なく30秒もすれば音速に達します。


「まだ加速するわね。球状だから抵抗が少ないんだわ」


「最終的には断熱圧縮で燃えちゃうんじゃないか? かなり無体な事をしているような気がするんだけれど…………」


「南無南無…………」


 そのようにしてデューク達が「ちょっとひどくない」などと眉をひそめていると――


「あれぇ? サイズが大きくなったような気がするよぉ~」


「ホントだ、膨らんできたみたいだわ」


「もしたら落下しながらあたりのガスを吸い込んでるのかな?」


 風船型生物は次第に大きさを増して復元してゆくのです。


「落下速度も落ちているぞ」


「なるほど、ああやって落としても元に戻るのね」

 

 巨大なガス惑星というところはかなり過酷な環境ですが、そこで生きている生き物というものは、それに見合っただけのバイタリティを持ち合わせているのでした。


 そして風船はドンドン膨らみ続け、あっという間に元の大きさまで戻ります。


「ホント、タフな生き物なのね。良かったわ」


「これなら気兼ねなく推進剤をいただけるねぇ~!」


「そうだね、じゃぁ飲みに行こうか」


 風船型生物の無事を確認したデューク達はステーションから延びるパイプに向かって一目散に駆け寄りその端を口にくわえます。同時にバルブが解放され、推進剤が彼らの喉に毎秒10トンという勢いでズババと流れ込むのでした。


「なんだこれ、普通の推進剤と全然味が違うっ⁈」


「お、美味しいわ!」


「ゴクゴク、ウマウマ~!」


 ヨビタンステーションの精製能力もさることながら、特殊なガスを抽出して精製されたQプラズマ推進剤はこれまで飲んだことのない美味なもののようです。


「量子化された液体水素と、高純度のヘリウム3が合わさって……」


「メッチャ、レアな味だよぉ~~~~!」


 ナワリンは「まったりとしていて、それでいてしつこくないわ!」などとのたまい、ペトラは「うまい~ぞぉ~~~~~~!」などと目から怪光線を放っています。普通の種族では味わえないのが残念ですが、彼らにとっては超辛で一番搾りの黒札がついてそうな七福神みたいな感じのプレミアム推進剤なのでしょう。


「成分も軍用Qプラズマ推進剤と同じくらいの性能が出せそうだよ!」


光速スピードの向こう側に逝けちゃぅ~~~~!」


「これなら、もしどん詰まりの星系に入っても安心ね!」


 量子的なあれこれを用い、縮退炉の圧倒的なパワーを全開にすれば、光の速度の壁を超えることなど無問題なのがこの時代の恒星間航行の常識でした。ただ――


「あれ、もう出てこなくなったわ。これで終わりかしら?」


「そうみたいだね。終了の合図がでてるもの」


「まだ1万トンくらいしか飲めてないよぉ~~もっとぉ~~!」


 原材料をロハで取って来たにせよ、高純度のQプラズマ推進剤というものは大変高価なため、デューク達がもっている予算では満タンになるまでの補給は無理なものであり、腹三分で終わりになったのです。


「予算がないんじゃ、しかたないわねぇ」


「満タンになるまで予算をちょうだいよぉ~!」


「いいじゃないか、通常の推進剤と混ぜて使えば十分だよ」


 共生宇宙軍の予算は恒星間勢力の軍隊としてはかなり潤沢なものですが、限度というものがあるのです。それに大飯ぐらいの龍骨の民をいつもハイオク満タン状態にしていては、共生知生体連合の財政が傾きかねません。


「高純度のQプラズマ推進剤を浴びる程飲めるの戦時だけなんだよね」


 デューク達がそのような事をしたのは、メカロニア帝国との戦いのときくらいのものでしょう。軍用備蓄からQプラズマ推進剤を吐き出し、軍用油送艦が長蛇の列をなすというのは、非常事態でしかありえないことです。


 ナワリンは「次にQプラズマ推進剤を満タンにできるのは何時かしら?」などと微妙に不謹慎な思いを口にし、ペトラは「推進剤で龍骨ココロも満タンにぃ~!」などとどこぞのキャッチコピーみたいなよくわからんセリフを口にしました。


 とまれ、デューク達は必要量のQプラズマ推進剤をゲットし、予定通りの工程を進むことができるようになったのです。

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