第355話 スターライン

 いくつかの航路を通り過ぎたデュークがとある星系の外縁部で立ち止まり、視覚素子をキリリとさせて遠くの方を眺めています。


「視覚素子、超長距離モード…………目標を肉眼で確認。パターンはブラッドオレンジだな」


 彼の目が捉えているのは、4.5光年ほど離れているところでぼんやりとしたオレンジ色の光を放つ恒星でした。


「どうだ、いけそうか?」


 デュークの背中に載っている司令部ユニットに座乗するスイキーが「スターライン航法が可能か」と尋ねてきました。


「ここから飛ぶ分には全然問題ないよ。こちら側の恒星はそれなりの質量のあるG型の主系列星だから」


 恒星間の量子的繋がりを利用して超光速となるスターライン航法は、星の質量が小さいと加速度的に困難になるという特性を持っています。そしてデュークの後背にある星系中心で輝きを見せているのはそこそこの質量を持つ黄色い光を放つ恒星でした。


「でも、あちら側の星から戻るとなるとかなり微妙だね。もしかしたらスターラインできるかもしれないけれど、日の巡りが悪いと数か月はできないかも」


「うまくハマれば帰りも楽なんだがな」


 星と星の量子的なつながりを利用するスターライン航法は恒星の質量の他に、時間的な巡りあわせも重要になってきます。これがうまくハマると巨大ガス惑星からでも準スターライン航法的な超光速航行が可能でした。


「だが、それは期待しない方がいいな」


「うん、やっぱりQプラズマ推進剤の全力噴射が必要だろうね。大体1か月くらいはかかると思うよ」


 スターライン航法は光速度の1500~3000倍の速度を出すことができるのですが、Qプラズマ推進剤を使った全力噴射は。光速度の100倍くらい出せない上に、減速のための逆噴射も必要という大変効率の悪いものでした。


「ま、それくらいなら御の字だ。次の工程にも響かない」


 スターラインができないか、あるいは困難な星系に対する調査をすることが前提なのですから、それくらいの遅延が生じることはある意味織り込み済みなのです。そのようにして準備万端と相成ったところで、スイキーは超光速航行への準備を命じました。


「まずは狙いを定めてっと…………」


 デュークは目標の恒星に向けて艦首を正確に正対させ、同時に後背にある現在の星系の恒星の位置情報を確かめ、星と星の繋がりが確かなものであることを把握します。


「量子状態――スターラインを確認。超光速航行準備開始」


 次に彼は艦体各部の装備や司令部ユニットとの接合、各クルーが所定の位置で待機しているかを念入りに確認すると「キャビンサイン・オン、ランディング・イクイップメント・オールオン」と言いました。


「航行前の前のチェック・リストすべて問題なし、航路前方に異常なし――縮退炉過熱を開始」


 デュークの縮退炉はいつもは50パーセントくらいのアイドリング状態にあるのですが、すでに予備過熱を済ませていたため、すぐに100パーセントまで上昇します。


「縮退炉の回転数異常なし、超光速推進器官の暖気80パーセント――電力移送を開始」


 縮退炉で作られる莫大な電力がエネルギーラインを通じて入り込むと、超光速推進機関はフィィィィィィィィンとした音を立て、超光速のタキオン粒子の生産を始めました。


「粒子量――V1――VR――」


 そこで彼が「回転」と言うと、タキオン粒子が推進器官の中でゴォォと渦を巻き始め、デュークが「タキオン状態V2――」と言う頃には、強力な量子的作用を持ち始めるのです。


「よし……艦外障壁、最大展開!」


 超光速航行に必要な推進状況にあることを確認したデュークは、カラダの中にある重力と電磁気力のバリアライン出力をマックスパワーに引き上げました。


「各システムオールグリーン――スターライン航法、何時でも行けるよ」


 これらの手順はこれまでの航宙で何度も繰り返されてきたものですが、生きている宇宙船であるデュークは決しておろそかにするものではありません。


「ナワリンやペトラも準備を完了したみたいだ」


 僚艦たる女子二隻もすでにスターライン航行が可能な状況にあり、デュークの両脇を固める位置で待機しています。


「100秒で準備完成か――いつもながら早いな」


 デューク達が発進準備に要したのは、共生宇宙軍の艦艇がスターライン航法を準備するのに必要な時間の半分程度というものであり、龍骨の民の中でも特筆すべきレベルでの性能を示していました。


「よろしい、実によろしい」


 そこでスイキーはニカッとした笑みを浮かべると――「士官候補生戦隊、未知星系へ向け、スターラインを開始せよ!」 と告げたのです。

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