第356話 えげつなさと腹黒さ

 複雑で不可思議な数学的なあれこれを行うことで、恒星と恒星をつなぐ量子の道を駆けるスターライン航法――でも、恒星間には極めて薄いながらも星間物質が存在し、超光速でそれを浴びるようなことがあれば、どんなに頑丈で厚い装甲でも一瞬で蒸発してしまうでしょう。


 だからスターライン航法を可能にするためには光速度を超えるだけではなく、星間物質から身を護る方法が必要なのですが、超光速航行機関というものは良くできたもので、光速度を超えるにつれて特殊な力場を形成するようになっていました。


 それは量子的な操作により空間を直接捻じ曲げるという性質を持つ時空間フィールドで、艦外障壁などの通常の重力電磁力バリアとは作動原理が全く違います。


 通常のバリアは衝突する物質を弾いたり、偏向させることで防御するものですが、時空間フィールドは超光速で飛んでくる物質――ガスや塵のような軽いものから、彗星や小惑星といった比較的質量のあるものを「潜り抜ける」ことで回避するのです。


 仮に強力なレーザーやら対消滅爆弾を投じても、このフィールドは問題なく潜りぬけることでしょう。このためスターライン航法中のフネは破壊することはほぼ不可能とされています。


「スターライン、スターライン、スターライン♪」 


 デュークがそんな感じの鼻歌を歌いながら超光速で駆け抜けていられるのも、スターライン中は物理的な面で相当に安全だと知っているからです。


「よしよし、後光ハローが絞られているね」


 星間物質を潜りぬけるデュークには、後光ともハローとも呼ばれる光が纏わりついています。時空間フィールドが物質を潜り抜けると言っても多少の干渉は起こり得るもので、フィールドをかすめた物質が光子に変換されることにより引き起こされる現象でした。


「推進器官の調子がいいんだなぁ」


 超大型戦艦の彼が引き起こすハローは相当なものになるイメージがあるかもしれません。ですが、ハローの多寡は航法の効率に逆比例――つまり、無駄なく飛べているほどハローは絞られたものになるので、光が少ないことは良いことであり、今日のデュークは絶好調であることを示しているのです。


「ナワリン達はっと……」


 二隻の少女たちも快調に歩を進めています。そして彼女たちは旗艦たるデュークに追随するため位置を調整しなければいけないのですが、その距離は航行開始時からほぼ変わっていません。


「ピッタリ付いてきてるね」


 二隻以上の艦船でスターライン航法を行うと、性能や練度の問題からある程度は誤差が生じそれを修正するのも一苦労はずなのに、彼女たちはそれを楽々とこなすのです。


「特に問題もなさそうだし、到着までまだ時間があるなぁだったら、課題を一つかたずけておこう」


 そう言ったデュークは副脳を通して司令部ユニットにコマンドを打ち込みます。すると司令部ユニットからこのようなメッセージが帰ってくるのです。


 ”仮想空間形成”


 司令部ユニットの電算機上に仮想空間が展開され、デュークはそれと龍骨をダイレクトに結節します。そこにはすでに司令部ユニットに座乗する二人の先輩――スイキーとエクセレーネが待っていました。


「来たな。宿題提出のお時間だ」


「課題が積り積もっているのだから、早く片しましょう」


「は、はい」


 デュークは航海中にスイキーやエクセレーネ先輩と「戦略ストラテジ」というシミュレーションを繰り返しています。それは現実世界を模した仮想の宇宙世界で、様々な要素に基づき戦略を進めるというものでした。


 これは中央士官学校生――いずれは執政府の高官となることが求められる士官候補生に必須の科目であり、政治経済軍事幅広い視野で共生知生体連合を護るために必要な知識を身に着けるための物でした。


「で……なんじゃこら、予算が激減してるじゃねーか」


「艦隊整備に緊急予算を回したんだ、テルギウス方面がきな臭くなってきたから」


「兆候が出てきてから、戦力を増強したってのあ⁈」


「で、でも前は戦力が不足して負けたし……」


「不足していても戦略でカバーできるっていったろ! 大戦力を作るのは王道かもしらんが、必要以上の戦力を作ると経済が回らなくなるんだ!」


 スイキーは「ハイパーインフレを引き起こしたら国がゾンビになっちまうぞ!」と絶叫しながら、実際にそうなった恒星間勢力――ボロボロのズタボロになっている国の名前を挙げました。


「ジンヴァーブゥエ! ノヴァ・アルジェント! 奴らみたいな恒星間勢力になりたいってのか!」


「ええと、それはいやだよ。でも、戦力が……」


「戦力倍増要素って教えたろ! 何でも使え! 親でも兄弟でも他人でも! 惑星でも国でも文化でも、ありとあらゆる要素を味方につけろ! それが恒星間戦争を効率良く戦うために必要なんだ!」


 そこで、スイキーはトリの帝国が帝国になるためどれだけの血と涙を流したかについて熱く語りました。今でこそ最有力の経済力を持つペンギン帝国ですが、共生知生体連合の有力12氏族になるためにやって来たことは結構えげつないことばかりだったのです。


「でも……でも、本当だったら経済力は足りてたんだ」


「足りてないわよ。あなた、あのタイミングで馬鹿正直に戦争難民を受け入れたわね。時期が悪すぎるわ」


 今度はエクセレーネがデュークを突っ込みました。彼女がいった戦争難民とは一種突発イベントである他国間戦争における難民です。それは人口倍増要素にもなるけれど著しく経済力をそぐ可能性のあるものですから、それを真正面から受け入れたデュークをなじります。


「じ、人道的観点から……」


「だまらっしゃい! そういうのは表向きは受け入れを表明して、のらりくらりとやり過ごすのよって教えたはずよ!」


「それって、に、二枚舌っていうんじゃ……」


「おバカ! それでいいのよ、それにこの世知辛い宇宙を生き抜くには、二枚じゃ不足だわ! 三枚も四枚も必要なの!」


 エクセレーネは「自分の故郷はむかつく貴族たちが蔓延るキツネの帝国だけど、国家としてはそれでいいのよ!」と絶叫します。それを聞いたデュークの龍骨あたまにはブリカスという良くわからない単語が並ぶのですが――


「まずもって自分! そして故郷! そして共生知生体連合の事を考えなさい!」


 と、激怒したエクセレーネはものすごいサイキック能力を漂わせながら叫びました。彼女の背後には妖気めいたオーラがメラメラと立ち上り、仮想空間なのに実体にも見える恐ろし気なイメージをデュークの龍骨に叩きつけ――


「きゅ、九尾のキツネ……」


 デュークの龍骨がガタガタと震え「ひ、ひぃ!?」と叫ぶことになるのです。


「えっと……メカロニア戦争では……難民を受け入れたから、それでいいかと……」


「ああん、お前あれが人道的だって? ありゃぁ、相当前から準備されていた既定事項だってわからんのか? ゴルモア人だって、半分以上――、それ以上理解していたんだぜ!」


「必要最低限の労力と犠牲で勢力圏を変更する。執政府はそのために20年かけて地道に努力を続けたのがあれなのよ。行き当たりばったりで、人助けなんてするのは愚の骨頂なの!」


 スイキーとエクセレーネが言うことは、ほぼ連合執政府の既定方針と違いがありません。そしてこのような考えに否定的な向きもあるのかもしれませんが、これが恒星間勢力がしのぎを削るこの宇宙での常識であり、生き残りを駆けるには人道などどうでもいいことなのです。


 なお、メカロニア戦争では多数の億のオーダーで難民が発生していますが、周到に準備された戦略的撤退計画がそれを受け入れるだけの周到な下地を作っているからこそ被害が最小になっていました。


「お前はお人良しにすぎる――ナワリン達を見習え!」


「そうね、もっと腹黒さを身につけなさいな。彼女達みたいに」


 スイキーとエクセレーネは、デュークの僚艦たる二隻の少女の方を眺め――


「あいつら見どころがあるぜ」


「彼女達ならキツネ族とも対等にやりあえるかもね」


 と、意味深な言葉を吐きました。そんなことを言われているとは全く感知していない二隻は――


「あっ、唾つけといたユリウスを取ったわね! この泥棒猫—―!」


「ボクの推しのアウグゥストゥスを取ったのはナワリンだよぉ~~!」


「クフフ、勇将バフのかかるポンペイウスは私がゲットしたわぁ――!」


「なら、経済力にバフのかかるクラッススは、ボクのもんだ~~!」


 などと、良くわからんセリフを吐いています。彼女たちはデュークと同様に「戦略」というゲームをやっているのですが、少しばかり様相が違うようです。


「人財争奪戦をこなしているな。すごい進化だ」


「あの娘たち、龍骨がちょっと斜め上だけど、芯を突くのはうまいからね」


 スイキー達はナワリン達がやっているゲームを眺め相当な評価を付けていました。


「あれって相当面倒なシナリオだったな? 嬢ちゃんたち、あのシナリオまでこなすとはすごいな……」


「ええ、飛躍的にレベルアップしてるわね」


 ナワリン達がやっているのは、「戦略」の中のシナリオ超銀河乙女大戦――指揮官となる守護聖人をゲットし、恒星間大戦を勝ち抜き銀河統一してハーレムを作るという乙女ゲーム的なそれでした。


 そしてシナリオ超銀河乙女大戦は戦略的シミュレーションに恋愛要素まで含めたガチのガチガチのシミュレーションであり、超リアルで、権謀術数、愛憎渦巻く本格的「戦略」シミュレーションなのです。


「さすがはナワリン。スノーウィンド執政官の氏族だな」


「ペトラもメルチャントらしいわ。あの娘軍艦だけど経済観念のレベルが高いの」


 二人の先輩がものすごい高評価を付けるのも仕方がありません。なぜなら、彼女達がやっているのは、難易度”天帝”という鬼畜仕様であり、悪戦苦闘しつつクリアに向かって邁進しているのでした。


「デューク、お前もあれを見習うんだぞ。そうしないと一生尻に敷かれるぞ。それもいいかもしらんが、だとしても男には甲斐性ってものが必要なんだぜ」


「否定はしないわ、尻に敷いた男に尽くし甲斐がなければ、尻に置く価値もないものね。デューク、執政官になりたいのならもっと勉強なさい!」


「は、はい……」


 二人の先輩が付き添いで教えている「戦略」には執政官として必要な何かが詰まっています。そして、これからのデュークには多分「えげつなさ」とか「腹黒さ」と言ったものが必要になってくるのかもしれません。

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