第357話 星系内観察

 目的地に近づくにつれ、恒星が放つ水素とヘリウムのプラズマや星間物質の密度は飛躍的に高まり、それに比例してスターラインはひときわ大きくなって、星系外縁部の中ほどでブワッ! と爆発的な煌めきを見せました。


「星系中心まで52000光秒の位置でランディング!」


「よしよし、まずは退路の確認だ。恒星の状況を観測」


「アイアイ、キャプテン。どん詰まりの星系かどうかの確認だね」


 スイキーの指示によりデュークは「星系探査開始!」とばかりに、星系中心にあるオレンジ色の矮星を視覚素子でスキャンします。距離は0.7光日とまだそれなりの距離がありますが、星系の外から眺めるのとは大違いです。


「どんなもんだ?」


「やっぱりダメだね。質量が足らないから基本的にスターライン出来ないや。量子の状態が滅茶苦茶良ければ行けるかもだけど、そんなチャンスって年に1回あるかないかじゃないかな」


 恒星の状態は一律ではなく内部の揺らぎにより絶えず変化するものであり、質量が足らない星からもスターライン航法ができる可能性はありますが、デュークは「勘だけど、3年先まで待つ必要があるかも」と推測しました。


「なるほど、明らかな航行不適星系――帰りは高純度Qプラズマ推進剤の出番だな。どれくらいで帰れそうだ?」


「ここまでの航路をなぞれば1か月で戻れるよ」


「1カ月なら御の字だ――それよりも星系内の調査の方が時間がかかるかもしらん。探査は始めているか?」


「うん、もうパッシブで光学・電波観測して星系内の惑星の大よその位置関係は掴んだよ。細かい小惑星群は後回しにしてあるけれど、概略はおおよそこんな感じかな」


 デュークはすでに光学系でスキャンしたデータで星系内図システムマップの構築を初めていました。生きている宇宙船というものはこういうことを本能的に行う生き物な上に、様々な星系を旅してきた彼のそれはかなり手慣れたものになっています。


「伴星はない単独の主星で、とても安定した恒星系だね」


「安定か……」


「ええと、中性子星とパルサーが互いを飲み込みあうような連星系とか、不安定な赤色巨星がいつ超新星爆発するかわからないようなところが良かった?」


「いいや、実は俺は安全志向なんだぜ。そんなとんでもデンジャーが待ち受けている星系を調査するのは、銀河探査局の連中――精神の方向性がねじ曲がってたり、頭のネジが緩んでいるような奴らにまかせとけばいいんだ」


 銀河探査局は執政部の直下組織で宇宙探査を主任務としているのですが、基本的に危険と隣り合わせ星系を好んで調査するような部署です。


「やつら頭おかしいんだぜ――自分から危険に飛び込んでトんでもアイデアでそれを乗り越えるのが大好きな冒険野郎やら、クククと笑いながら命を張ったバクチほど面白いものはないとかのたまう三白眼な人とか、好き好んで逆境に飛び込んで”逆境だ!”と叫ぶのが日課な博士先生みたいな変人がそろっているんだぜ」


 確かにそういう変人たちと比べれば、ただのパイロットなスイキーは安全志向なのかもしれません。


「まぁそいつはさておき、惑星の数は13個か。内側に岩石惑星があって、中ほどにはガス惑星、最外縁には氷結惑星――標準的な構成だな」


 スイキーが見たところ、この恒星系は非常にオーソドックスな構造をしたところのようです。


「惑星の第二次情報をプラスするね――――」


 星系全体を願めていたデュークの視覚素子が今度は各惑星に焦点を絞りました。


「ううむ……惑星なのに妙にペカペカ光ってたり、軌道がメビウスの輪のようにねじれていたり、楕円形を取りこして細長くなっていたり……ってのはなさそうだな」


「全部普通の惑星だね。希少マテリアルは期待薄かな」


 変な惑星のようなところにこそ、希少資源が眠っているというのが定説であり、この星系はあくまで平々凡々とした惑星だけが存在しているようです。


「おっと、あそこの内惑星は海があるんじゃねーか?」


「あの青っぽい星だね。ズームするよ」


 デュークは視覚素子の絞って感度を高めます。すると恒星から見て四番目にある惑星がニュインと引き延ばされ、その姿がおぼろげなものから、それなりに詳細なものに切り替わりました。


「うっすらだけど、大陸っぽい部分があるみたい。ハビタブルゾーンに入ってるし、もしかしたら居住可能性が高いところかも」


「ふむ、生物がいるかもしらんな。エクセレーネに頼んで――」


 と、スイキーが思念波を探ってくれと言おうとしたときでした。瞑想しながら黙り込んでいたエクセレーネがカッ! と目を見開きます。


「なんだ、もうサイキック探査してたのか」


「当たり前じゃない、星系調査の基本よ」


 エクセレーネのサイキック能力は通信的なものに特化していますが、それを応用すれば思念波を受信することで生き物の探知が可能でした。


「で、生き物――知生体は居そうか?」


「結論からいうと、いるわね。それも知生体が」


 そこでエクセレーネは「動物的な欲求とか雑念じゃなくて、明らかな意志の力を感じるわ」と言いました。


「生き物どころか、知生体がいるのか!」


 新航路開発を行った場合、生き物がいる惑星に遭遇する確率は100に一つであり、知生体が存在する確率は万に一つであり、これは相当にラッキーなことなのです。


「でも、なんとなく粗野で荒っぽい感じの思念波だわ」


「それって野蛮ってことか? 腰布巻いて、こん棒を振り回しながら、ウッホウッホ精霊祭るンバ! とか叫んでる感じか? それとも上半身裸になって斧で盾をバンバン叩きながら、戦の雄たけびウォークライを上げてたりする感じか?」


 スイキーは「タマゴノホコリニカケテ・オレサマ・オマエヲ・ブッタオス!」とか言いながらフリッパーを振り回し、首を激しく上下させるというペンギン族に伝わる戦闘的な民族ダンスハカを踊りました。


「まぁ、荒っぽいとは言っても、文化的に進化していることもあるから」


 野蛮さと文化レベルはある程度の逆比例関係にあるかもしれませんが、ムキムキマッチョで戦争大好きなスパルタニアンなのに趣味は哲学やポエムだったり、編み物や手芸をたしなむ紳士だったりするから、第一感だけで判断するのは難しいのです。


「電波と赤外線――そっちはどうだ?」


「どうだろう、少なくとも有意な電波は検知できないね。惑星上の赤外線反応は……ここからだと大気が障壁になってるから全然掴めないや」


「惑星内知生体だな。なら、近づいて調査してみるか」


「じゃぁ、調査実習先はF153-253-15-4で決まりだね」


 そのようにして辺境星域第153丁目253番15号恒星系――その第四惑星への調査実習が決まったのです。

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