第358話 眼下の列
「やっぱり近くに来ると良く見えるね」
「まぁ、ここからなら地形は大よそが掴めるな。海が7割、陸が3割ってところか。大気は安定してるし、気候も悪くなさそうだな」
観察目標となった惑星に近づいたデュークは高度1000キロの周回軌道に入っています。眼下の惑星は暑すぎもせず、寒すぎもせず比較的穏やかな環境のようです。
「あの緑のところは森林地帯だぜ。全体的に豊かな自然が広がっているな」
司令部ユニットの透過天板を通して惑星を眺めたスイキーは「ペンギンの俺にとってはもう少し寒いところの方がいいんだが、まずまず住みやすそうな星だな」と呟きました。
「でも、さすがにこの高さからだと、街とか都市は見えないな」
「それそうよ、それなりに開発された星だって、自然に埋もれたように見えるのよ」
スイキーと同じようにして惑星を眺めているエクセレーネが「人工物で地表をすべて覆うような高度文明の星でもなければね」と付け足しました。
「だが、あの森林地帯のところ――いくらか白くなってるところがあるぜ。ありゃぁ、多分、都市かなにかだ」
ペンギン族の視力はニンゲン換算で5.0くらいあり、パイロットであるスイキーは特殊な訓練によって、集中すれば15.0くらいの視力になるのです。その彼は「ぼやっとだが、見えるぞ」と告げました。
「都市ってどこよ。何も見えないわ」
エクセレーネが切れ長の目を糸杉のように細めて惑星を眺めますが、ボンヤリと地形が分かるだけで都市のようなものは判別できません。元来キツネはイヌ族の近縁種なので、視覚よりも嗅覚で物を探知する生き物なのです。
「デュークはみえているだろ?」
「うん、アレは間違いなく都市だよ。人工物がはっきと見えるもの」
「龍骨の民の目って、すごい高性能よねぇ」
龍骨の民の視覚素子は一種の宇宙望遠鏡ですから、この高度でも眼下の都市がはっきりと見えているのです。
「デューク、お前さんの見ている情報を共有してくれるか?」
「アイアイ」
デュークが視覚素子が得ている光学情報を司令部ユニットの大型モニタに投影すると、そこには円周上に広がる都市の姿が現れました。
「ほぉ、意外に開けてやがる。だが、これだけじゃ文明の程度は分からんな。もう少しズームできるか?」
「ちょっと待ってね。宇宙を見るのと違うから、ピントを合わせるのが難しいんだ」
生きている宇宙船の目はどちらかというと天体観測に強みがあるもので、惑星の細かいところを眺めるには少し調整が必要でした。
「よし、こんなものかな。映像出すね」
司令部ユニットのスクリーンに、1キロメートルくらいの高さから眺めたような地表の様子が映り、建物の様子も大よそ掴めます。
「ほぉ、大きいもので5階建てくらいの建物があるな。作りは石造かレンガ造りってところか」
「あそこで煙を上げているのは工場みたいね」
工場があるということは知性体がエネルギーを利用して経済活動をしているということですから、この惑星に住んでいるのは上半身裸でウッホウッホ吠えたりする古代人とか、剣と盾をバンバンと打ち鳴らし雄たけびを上げる中世蛮族ではないようです。
「あの工場、エネルギーは何を使ってるか赤外線探査でわからんか?」
「熱源パターンを分析してみるんだね」
デュークが工場をズームアップしてそこから漏れる赤外線の分布を視ると、工場には高温なところと低温なところがあり、熱が循環しているように見えました。
「あれは蒸気機関ってやつかなぁ」
「なるほど、蒸気か。産業時代に入りつつあるくらいなんだな。ところで電波は検知できたか?」
「電波は出てないね。アンテナの様な施設もないし」
「そうか……ならアクティブレーダーを使用してくれ。もし仮に実験室レベルで電波を扱っているとしても、ミリ波であれば万が一にも探知されんだろ」
デューク達はこれまで探知されることを恐れて一切の電磁放射を避けてきたのですが、電子技術がないとわかればその必要もありません。そしてレーダー観測を行えば、光学観測だけだと難しかった速度のあるものの観測が可能になるのです。
「レーダー発振したけど、空には何も飛んでないね」
「そら、スチームの時代だからなぁ」
デュークが見たところ飛行船や気球の類も飛んではいないのが確認できましたから、この惑星の文明は星の世界どころか、空の世界に進出していないようです。
「道路の上を時速15キロで走っているこれは……自動車かなぁ?」
「速度が遅すぎるな。多分、馬車とかそういう類の乗り物だろうな」
そのようにしてデューク達は小一時間ほど惑星上の様々な情報を収集し、調査惑星の状況を大づかみにしました。
「ふむ、大体掴めて来たが……エクセレーネはどう見る?」
「レベルF文明の中盤ってところかしら。宇宙に出るまであと300年はかかるわね。原子力を使いだすまで150年ってところかしら」
歴史学に造詣の深いエクセレーネは「文明進化学の平均値を取るならだけど」と言いました。なお、共生知生体連合の
「レベルFでは監察星系にはならんか」
「それって今は危険性がないってことだよね?」
「そうだな。ま、俺たちがくたばる頃には核の力を学んでいるだろうよ。そしたら監察官がやってくることになるだろうぜ」
文明が原子力の力を使い始めるということは、自滅に向かう可能性を手にしたのと同義であり、共生知生体連合の監察制度では文明レベルがEとなったところから定点的に監察を行うものとされているのです。
「あとはどんな勢力関係になってるかだが……エクセレーネ、サイキック探査で何かつかめないか?」
「都市に一つか二つ波を感じるわね。多分通信に使っているのだわ。言語の分析ができてないから、意味がよくわからないけれど――でも、大陸のあの辺り――丘陵地帯が広がっているところに、結構な数のサイキックがいるわ」
エクセレーネは「通信量がかなり多くなってるわ。多分200人くらいはいるわ」と続けました。
「「200名? 都市に一人か二人なのに大盤振舞だな。だが、あそこには都市はないんだが……」
指し示された場所の地図を眺めたスイキーは「あそこをズームしてくれ」とデュークに指示しました。地表にピントを合わせるのに手慣れて来たデュークは、すぐさまズーム映像を映し出します。
「へぇ、たくさんの住民が集まって、列を作って歩いているね」
デュークが見たところ万のオーダーの生き物が列をなして集団を形成しながら動いているのです。
「四角い隊形のもあるね。何をやっているのだろう? あんな数でマスゲームでもしているのかな?」
眼下の集団は規則的で幾何学的な隊形を形作り、規律正しく動いているから確かにマスゲームのように見えるのです。
「いいや違うぜ」
「え、違うのかい?」
「あそこの住民たちの動きをよく見て見ろ。横に伸び始めてる、あれだ」
スイキーは「それと列同士の向きを考えるんだ」と続けました。
「縦列から横列に変わりつつあるね」
「うむ、そして二つの集団が向き合ってるだろ」
「あ、もしかして、これって――」
そこでデュークが、眼下で行われているものの正体に気づくのです。眼下で行われているものは、陸戦の準備段階にある軍隊の戦列行動だということに。
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