第359話 ライン・インファントリ
「うわぁ、歩兵がたくさんいるよ」
デューク達は今、観察対象である惑星の地表で行われている歩兵の列――戦列歩兵の行進を眺めていました。彼らは大気圏内に降下させた観測ドローンと、没入型仮想現実装置の力を用いていますから、実施にその場にいるかのような臨場感です。
「彼らはクマみたいね」
歩兵を眺めたエクセレーネは「ケモノ分多めのヒューマノイドだわ」と言う通り、歩兵の集団は野生っぽさが多少残る二足歩行に進化したクマ族で構成されていました。その軍装は赤を基調としたコートと黒い軍帽といういで立ちです。
「何か話しているね」
クマの歩兵たちが”ガオガオガオ――”とか”ガォン……”などと、会話をしているのが分かります。観測ドローンは高性能なマイクロフォンを搭載しているので、映像だけでなく音声も良く伝えて来るのです。
「まだ翻訳はできんか……ま、戦闘前のちょっとした世間話だろうな」
クマがガオガオ会話をしている姿にスイキーは「ふむ、なんていうか、あいつらは強そうだぜ。余裕が感じられる」などと言い、デュークも「そうだね、凄い飄々とした感じだね」と呟きました。
「彼らが手にしているのはライフルかな?」
「いえ、形状からしてあれはライフルじゃないわ。前から装填する方式のフリントロックガンというところよ」
歴史に造詣の深いエクセレーネは、クマたちが手にしているのは火打石を用いた前装銃だと指摘し、「筒先についているのは銃剣ね」と続けました。
「あ、あそこで何か動きがあるよ」
デュークが示したとある歩兵の部隊では完全な横列が敷かれて、何かに備えているようであり、その最前列にひときわ恰幅の良いクマが進み出ます。
士官と思われるそのクマがサーベルを引き抜き、脇に構え――
”グレナディ――ハワード――――ガオッ!”
と、異星の言葉で吠えました。するとダン、ダン、ダンダンダン! とドラムが打ち鳴らされ、クマたちがザッザッと前進を始めます。
「音楽に合わせて前進するのか」
「そうね、無線もない時代だし、サイキックは貴重だから、軍としての統制は音楽でとっているのよ」
ダン、ダン! と小気味良いリズムで打ち鳴らされるドラムに合わせ、クマの戦列歩兵は実に整った歩調で前進を続けます。
ピッピピッピピピィ、ピピッピピッピピピィ! と、ファイフ(リコーダーの一種)が鳴り響いててもいました。実に軽やかで鮮やかな心躍らせるメロディーは、それは士気を高める効果があるのです。
「勇壮なものだねぇ」
「まったくだ」
デュークは「実にいいね、艦列を並べて前進だ――」と呟き、スイキーは「縦の列の方が好きだが、横列もいいものだな」とペンギンらしいらしました。列を並べた歩兵たちが音楽に合わせて前進する光景は、種族を越えてなおグッとくるものがあるのです。
「うふふ…………」
「エクセレーネ先輩、随分うれしそうですね」
「当たり前よ、本物の戦列歩兵の前進を見ることができるのよ」
エクセレーネに至っては「お腹にくるわぁ」などとのたまいながら、尻尾をフリフリさせています。実のところ彼女はガチめの歴女であり、かつミリヲタ寄りですから、古式ゆかしい戦列歩兵のリアルな姿に相当興奮していました。
「ある者は語る英雄王の名を、不死の戦士・不滅の英雄・永遠の提督、かの偉人たちの名前を、だが世界の偉大な英雄といえど、我が擲弾兵に敵うものなし」
狐顔の美女はうっとりとした表情でそのような歌を歌いあげまもします。
「えっと、なんですかそれ?」
「私の故郷の古い行進曲よ」
「クワカカカ、確かにアレは行進曲だろうしな」
エクセレーネは「ああいう行進曲には、そういう歌詞があるはず」と断言し、横ちょで聞いていたスイキーも「行進曲ってなそんなもんだ」と同意しました。
「あ、大砲の弾が飛んでるよ!」
クマたちの前方ではヒュ――――ドン! と金属の弾がうなりを上げて着弾し大地をえぐり、土煙を上げはじめています。
「あの砲弾は爆発しない、ただの金属の弾か」
「信管が開発されていないんだろうな」
砲弾は着弾してもその衝撃で弾片をまき散らすような榴弾ではなく、ただの金属の塊の様でした。
「でも、当たると痛いじゃすまないわ」
砲弾は弾着しても爆発はしないのですが、直撃したり、地面を滑って横殴りに襲い掛かってくるとなれば、強靭なボディを持つクマであっても一たまりもありません。
「でも前進は続くのか……」
大砲の弾が飛んでくるのをしり目に、クマたちは脚をそろえて進んでゆくのです。ただ、その顔はいささか強張り目が引くついているのが分かりますから、気合とか根性の力など色々なものを駆使して我慢しているのでしょう。
「そろそろ接敵するな」
「ええと、進路はあちらだから、あの白い軍隊が敵だね」
赤いクマ歩兵の前方500メートルほどに、白い軍装の兵たちが厚みのある横陣を形作って待ち構えています。銃を構えているのはこちらもクマであり、この惑星の支配種族はクマ族であるとわかりました。
「450……400……まだ前進するのかな?」
「ああ、まだ遠い」
そのタイミングで、デューク達は赤いクマ歩兵のFPS的視点に移り、一緒になって前進しているような様子となります。そうして300メートルほどまで距離が近づくと白いクマ歩兵が銃を一斉にマスケットを構えました。
「この距離でやり始めるつもりか」
「でも、こっちはまだ射撃体勢に入らないよ」
「戦法の違いかしらね」
そして白軍のクマたちは筒先をそろえ「アゴン!」の号令一下引き金を下ろし、バチバチバチという火薬の炸裂音と発砲炎があげたのです。
「わわ、撃ってきたっ⁈」
「大丈夫だ、この距離ではそうそう当たりははしないぜ」
ヒュン! ヒュン! ヒュン!と、頭上を鉛の弾が飛んでゆくのがわかるところから、鉛玉は全然当たる様子がありません。マスケット銃というものにはライフリングがないため、弾を回転させることで弾道を安定させることができず、狙ったところに飛ばないものなのです。
「だが、距離が詰まれば――」
さらに距離が近くなったところで、白いクマの指揮官がサーベルを振り下ろし「アゴン!」と叫びました。再度の発砲炎が連続的に巻き起こると、ビシッバシッ! という音が響き、バタ、バタと何かが倒れる音が聞こえるのです。
「さすがに当たるか」
「す、凄いダメージだよ!?」
「マスケットは命中率はあれだけど、威力があるのよ」
デュークが視点を共有させているクマにも鉛玉がヒットして、視界に疑似的に表示されていたHPゲージがごっそりと奪われました。クマの表皮と言うものは相当に厚いものですが、大口径のマスケットが当たれば相当のダメージになりますし、当たり所の悪い場合はどうにもなりません。
「一撃でやられているクマもいるよ……だけど前進をやめないね」
「ああ、斉射で作られた戦列の穴が、後列のクマですぐさま埋まるしな」
赤い軍装のクマたちは行進曲に合わせて足並みを揃え、ただただ前進するのでした。ファイフの音が小さくなったところをみると、
「凄い胆力だなぁ。僕だったら回避行動を取りたくなるよ」
「それはできないのよ。指揮官先頭だし、逃げたら味方に踏みつぶされるから」
そして赤いクマたちはさらなる損害を出しつつも、敵陣から約60メートルの位置――対手の黒目が見えるほどの近距離に進出しました。
そこで
士官がサーベルを振り上げ
”
ズババババババババ! とした発砲音と共に、白いクマの集団の前列が何か所も崩れ落ちるのがわかります。その命中精度はこれまでの物とは比べ物になりません。
「さすがにこの距離だと当たるのかぁ……」
などとデュークが感心する内にも、赤と白のクマたちは射撃の応酬を続けます。そして数分後には、赤軍の射撃数が白軍のそれを上回ってきました。
「あ、白いクマたちの軍の列が崩れたよ。戦意が崩壊したんだ」
白クマたちが及び腰になったところで、赤クマの指揮官は「総員、突撃に、移れ!」と号令を掛けました。赤クマの歩兵たちは「
「うっへ、見ろよあのクマの顔。涎を垂らしながら襲い掛かってやがる」
「アドレナリンが出まくってガンギマリなのよ」
赤クマたちは「突撃――――!」とか「クマァァァァァァァ!」とか「キルオール! キルオール! キルゼムオール!」など思い思いの言葉を口にしながら銃剣を振りかざし、止めることのできない赤い奔流となりました。
「ここでの戦は赤いやつらの勝利か……」
「そうね、戦列歩兵は戦列がなければ、追撃されるだけだもの」
「なるほどなぁ古代の戦ってこういう感じなんだ」
スイキーはパタパタとフリッパーを振りながら「戦列歩兵道、ああ戦列歩兵道」などとぬかし、エクセレーネは尻尾をヒョコヒョコさせながら「いいものを見せてもらったわ」などとうっとりし、デュークは「勉強になるなぁ」と素直な感想を漏らしました。
「でも変だなぁ」
「なにがだ?」
デュークが「先に射撃した白軍が負けるなんて」という率直な思いを口にします。戦闘が始まる前は同じくらいの戦力だったのに、先に数を減らした赤いクマたちが優勢になっているのです。
「そいつは――――エクセレーネの方が詳しいな」
「白い群は先に撃ったから途中で故障が続発してるのよ。この時代の兵器は信頼性に欠けるから」
「なるほど、命中率が上がるまで撃たない方がいいんだ」
「そうね、本来戦列歩兵は指呼の間、敵の黒目が見えてから撃てということなの」
「機動戦というより腰を据えた打撃戦なのか」
そのように艦首をうなずかせるデュークに対し、エクセレーネは「それには相当の訓練を受けた歩兵と彼らの覚悟が必要なのよ」とも説明しました。
「ふむふむ、全てを決するのは練度と胆力ってことなんだ。そういうのっていつの時代でも同じなのか……ホント勉強になるなぁ」
デュークは眼前で繰り広げられた戦争を改めて理解し、戦争では兵器の質も大事であるけれど、それらを活用する練度と胆力を備えた兵がもっと重要なのだと再認識したのです。
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