第38話 幼生期の終わり ~繭に眠る~

 生きている宇宙船――龍骨の民の龍骨には、過去のフネたちの事が保持されていると言われています。


一重ひとえに連なる祖先の言葉、二重ふたえに重なるフネの記録、三重みえにまたがるフネの設計図”


 そのように謳われる龍骨のコードには、フネのカタチを決めるための手順も含まれていました。


 龍骨の中から湧き上がってくる大いなる食欲は、フネのカタチを決めるための手順が始まった事を示しています。たくさんのかてをおなかに収め、デュークのカラダは少しずつ膨らんでゆきました。


 それを眺めていたデュークの妹メーネは、デュークがドンドン大きく成るのを見て「すご~い!」などと、はしゃいでいます。


「ご飯、まだある? もっと食べたい!」


「うっはぁ、まだ食べるのかっ!?」


「隣のネストで借りてきたご飯もそろそろなくなりそうだ……」


 大量にあったご飯ですが、その残りも僅かになってきました。ゴルゴン達は、もっと貰って来るんだと後悔しました。


「ううむ、買い出しに行ったアーレイが、コンテナを軌道上から直接クレーターに落とす算段なのだが、それまで間に合わせないとな。では、ネストの設備の一部を破壊してもかまわん、資材を持ってこい!」


「え、いいのかの? よっしゃ略奪だ――!」


 オライオは良く分からないセリフを吐きながら、ネスト中の資源をかき集めに向かいました。その間もデュークは、「いくら食べてもお腹がいっぱいにならないよぉ……」と残りのご飯をモグモグモグと食べ続けます。


「限界が見えぬな…………」


 ゴルゴンはそこで「ふっ」とした排気を漏らし、こう続けます。


「まるで”餓えた竜”のようだ、な」


「餓えた竜って~~?」


 ゴルゴンがポツリと漏らした言葉に、脇いたネーメが不思議そうな顔をしました。


「竜とはな、上代の頃はるかはるか昔にいた宇宙怪獣のことだ。それはこのような神話として伝わっておる」


 ゴルゴンは、大きな目を眇めて、こう吟じます――


 龍骨の民が存在したかどうかも分からないほど古い時代のことです。一匹の大きな竜が宇宙を彷徨っていました。

 

 竜は知性の欠片も持たず、ただ絶えることない空腹感に満たされていました。竜は美味しいとか不味いと感じる知性も無く、目につくものを片端から食べるのです。竜は、何もかも、遠慮無く、別け隔てなく飲み込むのです。


 竜にとっては、小さな知性体も、大きな宇宙船も、巨大なステーションも、等しく食べ物でした。それらを飲み込むごとに、竜はドンドン大きくなってゆくのです。


 そして竜は、もっともっと大きなものを食べはじめます。小惑星や彗星がバリバリと裂かれ、冷たい氷型惑星がゴリゴリと砕かれます。岩石惑星がムシャリを飲みこまれ、熱いガス惑星からは大気をズズズと奪うのです。


 竜は惑星すら飲み込み、それらを全てがカラダの一部としました。もう、残されているのは太陽だけでした。そして竜は輝く太陽を飲み込もうと――』


 オライオは、そこで言葉を区切ります。最早語るべきコードが残っていなかったからでした。


「太陽を食べようとして、竜はどうなったの~?」


「逆に太陽に飲み込まれたのだ」


 ゴルゴンは、フッと乾いた笑いを漏らしました。


 その周囲では、オライオが「おら、発着所のカタパルトから、蓄電池を持ってきたぞい!」と大量の蓄電池を転がします。タターリアは「部屋の前の扉を外してきたわよ! まったく、プライバシーもへったくれもないわぁ」などと、扉をデュークの口に放り込みました。


 それらの臨時の食料をデュークが「モゴモゴ」と食べていると、ドスンドスン! とネストの周囲に激しい爆撃音のようなものが鳴り響きます。


「アーレイの落としたコンテナだな。マザーが飲み込む前に回収するのだ」


 老骨船達は総出で、コンテナを回収し、それをデュークの下へ持ち込んできます。うず高く積まれたご飯を見たデュークは、嬉しげに口に放り込み、咀嚼し――カラダのサイズを膨れ上がらせるのです。


 そして小一時間もしたところで、メーネはデュークの手がピタリと止まっているのに気づきます。


「どしたの? お兄ちゃん」


「うーん、次は太陽を食べたいな」


「”竜”がいるぅぅぅぅぅっ⁈ たべられちゃうぅぅぅ!」


 デュークの突然の言葉に、メーネは驚愕し、アタフタとそこらを駆けまわり、ネストの構造物の影に隠れました。


「あはははは、冗談、冗談だよメーネ」


 デュークは気まずそうにカラダを縮めようとしましたが、お腹がパンパンに膨らんでいるのでそれもできません。


「デューク、腹は満ちたか?」


「うん、突然ピタリと、空腹感が無くなって…………眠気が………………」


 デュークの目がぼんやりとしたものになっています。彼の龍骨にはこれまで感じたことのないほどの、強い睡魔が現れていました。


「ふむ……では、しっかりと眠るといい」


「うん……」


 ゴルゴンがそう告げると、デュークは重力スラスタの機能を停止して、大きな視覚素子にバイザーが覆いかぶせ、暖かなネストの床で深い眠りに入りこんだのです。


「始まるぞ」


「ああ、始まるのじゃ」


 デュークのカラダを見守るゴルゴンとオライオが、「始まる」といいました。他の老骨船達も同様にしてデュークを見守ります。


 たくさんのご飯を摂って随分と大きくなったデュークのカラダからは、体内を流れる液体水素がシュルシュルルと駆け巡り、ポコポコと弾けるような音が聞こえています。


 いつもであれば、それは静かな寝息として、安定した様子を見せるのですが、いつもとは違って段々と大きくなってきます。


 音が大きくなるにつれて、デュークの白い外皮が変化を見せ始めました。彼の白い肌の表面から糸のような物が、スルスルと生え、スルスルと伸び上がると、繭のようにデュークのカラダを覆い始めたのです。


「繭化がはじまったな」


「これを見るのは、久しぶりじゃなぁ」


 デュークは覆った繭は、次第に厚みを増し、しばらくするとデュークの姿はまったく見えなくなりました。


「繭化は大きな成長の証――フネの種類を決める準備が整ったことを示す、か」


 繭化はフネが大きく成長したり変化したりする時に起るものであり、フネとしての種類を決めるものなのです。


「さてはて、どんなフネになるのかのぉ? ワシは、夢に出てきたジジィのような戦艦だと思うのじゃが……」


「ふむ、全てはマザーの思し召し次第なのだがね……」


 そこでゴルゴンはつい先日ドクが話していた未来の夢を思い出し、ポンポンと繭を撫でながら、暖かな笑みを浮かべたのです。

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