第39話 幼生期の終わり ~大工事~

 繭の中でデュークは夢の世界に入っていました。そこはうすらぼんやりとして朧気な場所のはずですが――


「これって夢の中だよね? でも、地面がある……夢の世界なのに、しっかりとした感じがするぞ」


 彼は足元に広がるゴツゴツとした岩石の上にサラサラとした砂粒子がまぶされた地面を確かめて、驚きました。


「あ、ああ、これはマザーの地表じゃないか! じゃじゃぁ――」


 デュークはあたりをキョロキョロと見回し、あるものを探し始めるのです。まもなくして彼は、予想した通りの構造物を見つけました。


「”誕生の扉”だ!」


 彼がそう言うと、目の前の扉ゆっくりと開いてゆきます。


「あれ、でも、光も振動も無いぞ。はて、どういうことだろう?」


 幼生体が産まれる時には、まばゆい光と振動付き物なのですが、今回は全くそれがありません。不思議に思ったデュークが、扉の中を覗き込むと――


 デュークはやはり夢の世界にいるのです。ですが、その夢は龍骨の中にある特殊なコードが解放されることを示しています。


 コードがデュークのカラダに広がってゆきます。それは微細な振動や電気シグナルあるいは神経伝達物質として、カラダの隅々に広がってゆきました。すると、カラダの各所に蓄積された物質とエネルギーが解放され、液体水素の血液が勢い良く流れはじめました。


 体内器官の熱が高まると、カラダの隅々に生息しているナノマシン達が活動を始めます。ナノマシン達はフネの船大工といえる存在です。その彼らは「みなぎってきた!」とばかりに、作業に着手するのです。


 まず彼らは、龍骨から生えている構造材――肋殻アバラと呼ばれるフネの主要な構造体に取り付き、様々な物質を混ぜ込むのです。構造材は膨張して、練り込まれて、ググっと延長し、焼き入れで強化され、研磨によって形を変えてゆきました。


 肋殻は傘が広げるように拡大してゆき、デュークのカラダを内部から押し広げてカラダの中の容量を増やすのです。


 次にナノマシンたちは、龍骨の下にある12個の縮退炉に取り付きました。彼らはカラダの前方にある6つの炉の周囲を軟化させ、各所へ延びていたエネルギー伝達チューブをパキリと外します。


 炉を固定していたロックが無くなると、丸くて重い縮退炉がゴロリと動きはじめました。6つの心臓はゴロゴロと前に進んで行き、途中でカラダの中の出っ張りにぶつかります。でも、毛の生えたように強靭な縮退炉は、気にも留めずに元気に進むのです。


 行き先には、円環状の構造体が縮退炉を待ち構えていました。6つの心臓は、その中にゴトンゴトンと勢い良く飛び込みます。最後のひとつがゴトン! とはままりこむと、構造体の口が閉じられました。


 構造体の中では、丸い縮退炉がゴロリゴロリと円運動を始めます。構造体の中から轟音が漏れ出し、その音は次第に大きくなってゆきました。


 しばらくすると、その音に引き寄せられたように黒い金属のプレートが運ばれてきます。それらは光を吸収するような物質で構成された、一切の光も反射しない闇の色を持つものでした。


 黒いプレート達が構造体を覆い始めます。積み木細工を組み上げる様にカチャリカチャリと積み上がったプレートの最後のピースがピタリとはまると、漆黒の多面体ブラックボックスが姿を現しました。


 太いパイプ――エネルギ―伝達チューブが、鎮座する黒色の箱に伸びてゆきます。端を黒い多面体にピタリと張り付かせ、ゆっくりと同化したチューブはデュークのカラダの各所に伸びているのです。


 別のところでも、無数のナノマシン達が作業をしています。後方にある6つの縮退炉から延びるエネルギーラインが、バキバキと音を立てて太くなり、推進器官が強化されます。


 電路の工事が終わると、航法など龍骨をアシストする副脳の配置が始まります。カラダの中で育てられていたそれらが配置を変え、龍骨から伸びる光繊維の導線の数と太さを増してゆきました。


 脇腹に近いところでは、カラダの中に仕舞われていた長大な放熱板が、長さと厚みを増してゆきます。サイズが大きく成るだけではなく、その表面に入り組んだ構造が作られ、効率の良い放熱に適した構造になりました。


 大きな口の中では、シールドマシンのようなゴッツイ歯――超合金で出来たそれにジワリとした圧力が掛けられ、硬さを増します。消化器官の外側には炭素繊維の網が加えられ、内側には精練された高分子の敷物が張られました。


 視覚素子にも変化が現れています。一種のフェーズドアレイレーダーとして機能するそれに、ナノマシンがちょいと手を加えると、さらに強力なマイクロウェーブを放つように仕立て直されるのです。


 お肌の上に、万能格納庫マルチパーパス・セルが次々に完成してゆきます。なんでも格納できる優れた格納庫の中では、生体兵器が芽生え始めました。


 脇腹では、最後のパーツが組み込まれています。大きな円錐形の物体がガツン! ガツン! と固定されてゆくのです。それらはとても大きな――口径10メートル《1000サンチ》を超える”砲”でした。

 

 これらと同時に、フネのカタチ――構造に大きな変化を与える工事が最後の工程に入ります。


 押し広げられた隙間に、強固な金属装甲板や弾力のあるカーボン素材が詰め込まれ、弾性の高いジェルが入り込み、カラダを内部から支え、龍骨と肋殻アバラと内部構造物による強固な内部装甲が完成しました。


 そして最後に、フネの表面を覆う外皮に変化が起こります。


 幼生体の肌は金属よりも柔軟な炭素繊維の割合が多く、ツルツルプニプニしているものです。そのお肌に、ジワジワと金属粒子が浸透し龍骨の民の肌は強固な装甲板となるのですが――


 デュークの肌に染み込む金属粒子は、通常の物とは違ったのです。それは巨大な縮退炉からもたらされるエネルギーを浴びて、原子間構造を変化させながら、特殊な性質を持ちはじめています。


 白く輝く金属粒子群は、とろっとした様な液体状になり、炭素繊維の肌を溶かし込みながら厚みを増していったのです。

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