第40話 幼生期の終わり ~新たなカラダ~
「ふわぁ、良く寝たぁ!」
微睡みの中から覚醒したデュークがフワワと排気をしてから、ゆっくりと周囲を見回します。
「気分はどうだ、デューク」
「いい感じだよ! でも、あれ、なんだか微妙な違和感があるな……」
彼は何故だか、周囲にいる老骨船達との距離感がとても変なものになっているのに気づきました。何故かはしらないけれど。いつもより視点が高い感じがしているのです。
「ゴルゴンじいちゃん、なんだか変なんだ」
デュークは前方視覚素子のバイザーをバシバシと瞬かせるのですが、やはり違和感がぬぐえません。
「じいちゃんがいつもより小さく見えるんだ」
「そうじゃろな……」
「それにさ、ネストの発着場って、こんなに狭かったかなぁ? 天井が低くなってるし。寝ている間に改装でもしたの?」
「はっ、そんなことはしておらんぞ」
そしてデュークはがカラダの反対側を確かめると、とても小さな幼生体が口をポカーンと開けて彼のカラダを眺めていました。
「産まれたばかりの幼生体かい? ボクが寝ている間に産まれたのかな」
「私、メーネだよぉ!」
「ええと、メーネって100メートル位になってたと思ったのだけれど……」と唸ったデュークは、
「あれ? 腕がうまく動かないぞ……」
デュークはカラダについたクレーンをいつもの通り動かそうとしましたが、それはゆっくりとした速度でしか動いてくれないのです。彼はそれがもどかしく、ブワッと勢いをつけて上げるのです。すると彼の手は、すぐにネストの天井に当たりました。
「気を付けろデューク、龍骨が新しいカラダに慣れていないのだ」
デュークは天井にぶつかった自身の腕の先を眺めます。端についている指を見ると、それはなんだか随分と逞しいものになっていました。彼はその指をゆっくりと動かすと、周囲のフネの大きさを図るように伸び縮みさせるのです。
「みんなが、小さくなった……いや、これはもしかして……」
デュークが周囲のフネに電波測定を行います。得られた測的データは、周囲は別段なにも変わっていないことを示していました。
「そうだ、デューク。皆が小さくなったのではない、お前が大きくなったのだ」
「お前は、全長1080m! 全幅100m! 全高300mのフネなんじゃぁぁぁぁっ!」
素っ頓狂な声を上げてオライオが伝えたデュークのサイズはまさに規格外のスケールを示していました。
周囲の老骨船達は「凄いぞ、1キロ越えだぞ!」「デッカイとしか言いようがありませんなぁ」「あらら、ご飯食べさせすぎたかしら」などと、驚いています。
「1キロを超える龍骨の民はこれまでいたかな?」
「昔、ライデンという巨艦がいたそうだけど、最近じゃぁ聞かないわねぇ」
ライデンとは、1キロを超える巨体に怪力を有して並み居るフネをなぎ倒し、100連勝という前代未聞の大記録を成し遂げた龍骨相撲史上最高のチャンピオンでした。
「それに匹敵する巨体だ! しかもフネとして必要な器官も相当に強化されているようだ。視覚素子も大きくなっている」
「汎用格納庫が至る所に出来ていますな。さてはて、数えるのも一苦労ですぞ」
「カラダの大きさに見合った推進器官だのぉ。ワシの全長と同じくらいあるぞい!」
「漏れ出る重力波が強いが、バランスは良さそうだ、縮退炉の再配置は完全だな」
老骨船たちがカラダの各所を調べてるのをデュークは大人しく待っていたのですが、しばらくしてこのように尋ねるのです。
「ねぇねぇ、僕って何のフネに成ったの?」
「脇腹に付いとるゴッツイ器官を確かめるのじゃ」
オライオがゴツゴツとデュークの脇腹を叩きながら、副脳を通してアクセスするように言いました。
「これは生体兵装ってやつか。ええと、10メートル級粒子ビーム砲が両舷合わせて24門……これって大砲だよね?」
デュークはカラダに付いた新しい部品を試す様に、開口部をシャキシャキと開閉させました。
「ああ、大砲じゃ。その他に汎用格納庫には生体ミサイルが沢山詰まっておるじゃろ? 個艦防御レーザ機銃もたくさんついとるのぉ」
「つまり――――だ。識別符号を確かめると良い」
ゴルゴンがフネの識別符号を確かめろと言うので、デュークは龍骨の中から湧き出す自分自身のコードを眺めます。
「BBってコードに僕の名前がついてる……」
「それは、戦艦を示すコードだ」
共生知性体連合共通語で戦艦を表すコードが龍骨から放たれていたのです。
「ああああ! 僕は戦艦になったんだ!」
「うむ、デッカイ大砲を備え、武装を山のように乗せた戦艦じゃのぉ」
「ははは、背中の上にまだ余裕がありますな。発展余裕を持った戦艦ですな」
「それがなくとも、すでにお前は凄まじい火力をっているのだ」
老骨船達は口々に「お前は戦艦だ!」と言うのです。
「えっと、そうか! 僕は戦艦になったんだね!」
デュークはまだ長くなったクレーンを動かして、「やったね!」と喜びました。
「そうじゃなぁ。お前は戦艦じゃな。それ以外に見えないのじゃが…………」
そこで何故かオライオが口ごもります。
「え? 何か問題でもあるの?」
「えっとな…………間違いなく戦艦なんじゃが……っていうか、その、なんだ……珍しい肌の色をしておる……と思ってな」
オライオがポツリと漏らしました。龍骨の民の軍艦は、金属質の装甲板を持っているため、多くは銀色に輝いています。でも、中には赤、青、黒などの色味を加えたフネもいるのです。
「色って、何色なの? 自分のカラダって良く見えないんだけど」
デュークが尋ねるのですが、老骨船たちは一様に口を閉ざしています。仕方がないので、デュークはグッとカラダをひねって、自分の肌に視覚素子を向けました。
「ん……………………?! あれ、見間違いかな?」
視界の端に僅かに見えている自分の装甲板を眺めたデュークが、何かに気付き、押し黙ります。そして――
「な、なんだよこれ! こ、これじゃぁまるで――――」
デュークはなにか信じられない思いで、このように叫びました。
「幼生体みたいな、”白色”じゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
デュークの巨大なカラダを、白くて艶々とした外殻が覆っていたのです。
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