第37話 幼生期の終わり ~前兆~

 チェフォデラー前執政官とその護衛達がネストを離れて数週間が経った頃のことでした。モグモグ、モグモグ、モグモグ――デュークが大きな口をフル回転させて、たくさんのご飯を食べています。


 ゴロゴロゴロ、ガラガラガラ! デュークの脇にベルトコンベアが設置されて、様々な物質マテリアルが次々と運ばれています。デュークはクレーンを使って、一心不乱に口の中に放り込んでいます。


 モリモリと、小惑星の欠片フレークを頬張って

 ゴリゴリと、重金属の合板サンドウィッチを齧りとり

 ムシャリと、柔らかな藻土サラダを咀嚼して

 ゴクゴクと、溶かした潤油シチューを飲込んで

 ツルツルと、煮込んだ繊維パスタを啜りこみ

 ジュルリと、電池の樹脂ゼリーを舐めとると

 グィグィと、冷たい燃料ジュースを飲干します

 

 切断機のような鋭い前歯が切り裂き、重い臼歯がすりつぶし、しなやかな舌を動かし、口中に潤滑油唾液をジワリと広げながら、デュークはご飯を飲み込んでいます。


「ご飯、美味しい――――!」


 デュークの大きな口は止まるところを知りません。彼は後から後から流れて来る物質を掴み取り、バクバクと頬張りました。


「あ、これも美味しい! こっちも美味しい! 手が止まらないよ!」


 彼は口の入ったご飯を一つ一つ味わいながらも、クレーンの回転を止めずに大量の物資を吸収してゆきます。実のところ、これはいつもの見慣れた光景ではありません。デュークはこのようにして、もう半日ほども食べ続けているのです。


「お兄ちゃん、大丈夫なの……?」


 デュークの脇では、少しばかり大きくなった幼生体メーネが目を丸くしながら、心配そうにしています。龍骨の民の子どもはトン単位でご飯を食べますが、彼のご飯は、本日1万トンを軽く超えていました。


「いくら食べてもお腹がいっぱいにならないんだ――それ取って!」


 メーネは「これ?」と言いながら、コンベアから零れ落ちた太い金属のパイプを拾って兄に手渡します。デュークはそれを野菜スティックのようにボリボリと齧ると、パイプはあっという間に消えてゆきました。


「うわぁ……」


「おやおや、すごい勢いで食べとるのぉ」


 妹が呆れるほどの大食漢っぷりを発揮しているデュークのところへ、老骨船オライオがやって来ました。


「にいちゃん、ずっと食べてるの。変なの!」


「そうか、タターリアの言ったとおりじゃなぁ」


 メーネが心配そうにするのですが、オライオはクレーンで口元をちょいと撫でさすり、満足げな笑みを浮かべました。


「凄いことになっておるな」


 そこへ工作艦ゴルゴンもが顔を出します。彼はデュークが大量のご飯を次々に飲み込む姿を見て、唸りました。


「よし、もっと食べろ! ドンドン食べろ! 限界まで食べるのだ! よし、厨房のタターリアに精錬調理の速度をあげるように伝える!」


「おお、じゃぁ、ワシはコンベアの速度をあげるとするかのぉ!」」


 オライオは続けて「ポチッとな」と言って、ご飯を運ぶコンベアのボタンを押し込みました。すると、コンベアの速度が限界を超えたような凄まじいものになり、ご飯の供給量が飛躍的に増すのです。

 

 ご飯が飛ぶように進んでくるので、デュークは大きな口を開けて、コンベアの端で待ち構えながら、食べ続けます。


「モグモグ――――! 次のご飯! 次のご飯――――!」


「タターリア! 次のご飯はまだか? なに、間に合わないだとぉ? では、素材のまま載せるのだ! かまわん、やれ!」


 ゴルゴンがそう言うと、コンベアに生の素材が並び始めます。小惑星のかけらや、生の金属素材、ミルクの粉が入ったコンテナといったものが、速射砲のようにポンポンと、デュークの口の中に飛び込んでゆくのです。


「ううむ、生のままでも美味しいなぁ! ガツガツ――――! グビグビ――ズバババ――! ガツガツモグモグ――――!」


 そしてあるところで、コンベアは何も載らなくなりました。


「むぅ? なにをやっとるタターリア! 倉庫の中のものを全部出せと言ったろうに! なに、材料が切れたというのか!?」


 デュークはネストの食料庫の中身を全て食べきったのです。


「もっと食べたいのにぃ――――お腹減った――――――――!」


 デュークのお腹はまだまだ満足していませんでした。彼は重力波で大声を上げておかわりを所望するのです。


「うむぅ、わしゃぁ、ネストの中で食べ物を探してくるぞい!」


「おお、他の皆にも何か持ってくるように伝えてくれ!」


 オライオがひとっ走り食べ物を持って来ると言ったのですが、デュークは待ちきれずに、目の前にあるコンベアに齧りつき始めます。


「モグモグ……モグモグ……意外とコンベアって美味しいなぁ!」


 デュークは「歯車とゴム、金属パイプ美味しい!」と、コンベアを食べ続けながら、ズルズルと前進するのです。


「お兄ちゃん、一体どしたの?」


「これはな、フネのカタチを決めるため、龍骨がそうさせているだけなのだ」


 デュークの有様をポカーンとしながら眺めていたメーネが尋ねると、ゴルゴンは「龍骨の民が大きく成長する時――――皆、こうなるのだ」と言いました。


「デュークのカラダは大きいのだ。いや、大きすぎると言ったほうが良い。だからそれに見合った大量のご飯が必要なのだ」


 そんなところに、ネストの老骨船達がわらわらと集まってきました。


 彼らはデュークの様子に「うは、コンベアまで食べているのか」「あれはそれなりに美味しいのですぞ」などと言いながら、手にした持ち物や、格納庫に詰めた荷物をデュークの前に投げ出します。


 それは老骨船達が手元に蓄えていた金属ペレットや、ネイビスが持ち帰っていたお土産の残りや、様々なスクラップなどでした。


「うわぁい! ご飯だ――――!」


 それらは普通の種族であれば、リサイクルショップに持ち込む様なものですが、今のデュークには立派なご飯なのです。彼は、それを嬉々として飲み込み始めました。


「これも食べるのじゃ!」


 オライオは手にした物資――軍を退役した際に退職金代わりに貰って来た特殊な装甲板やら、弾頭が抜かれたミサイルなどをデュークにポイポイと投げつけます。デュークはそれにも飛びつき、片端から飲み込んでゆきました。


「うはぁ、凄い勢いじゃのぉ……これでは手持ちの物資では足らなくなるかもしれんのじゃ」


「オライオの言うとおりだな……よし、アーレイとベッカリアは軌道ステーションに買い出しにゆけ! 私とオライオは、他のネストに行ってご飯を借りてくる!」


 デュークの様子に、ご飯が足らなくなるという予測を立てたゴルゴンは、自らもご飯を借りに隣のネストに向かったのです。

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