第235話 最終防衛ライン その2

「い、いたたたたた――――っ! また、撃たれました――! か、艦外障壁発生装置に5パーセントの損害発生っ!」


「そんなもん、かすり傷だ。第八射――発砲しながら前進する敵先頭艦に射撃を集中! 撃ッ!」


 ラスカー大佐は迫りくる敵軍の先頭に向けて主砲を放ちました。ギョバッとした号砲とともに一筋の光条が伸び上がり、機械帝国の巡洋艦の艦上構造物を舐めあげます。


「敵先頭艦の主砲塔――撃破!」


「で、でも、まだ前進を継続してますよ! あ、敵艦更に大加速――この加速は駆逐艦並です!」


「むぅ、突撃に移ったか。気合が入っておるな」

 

 デュークの射撃は敵の先頭艦の第一主砲塔を吹き飛ばすのですが、機械帝国の巡洋艦は損害を顧みず、僚艦達とともに突撃を開始しました。パッとした大加速とともに、五隻の巡洋艦は一斉に散開し、渦を巻くように広がってゆくのです。


「グルグルって回って――――。こ、これって、駆逐艦の襲撃行動ですよ。僕はアレで痛い目にあったことがあるんです!」


「高加速サイクロイド雷撃陣だ。これをやれるだけの練度があるとはな」


 機械帝国の巡洋艦部隊は、散開しつつランダムな回転機動を行ってブワリと突き進んできます。デュークは「以前第四艦隊に派遣された際にフネのお姉さま方から受けた”躾け”と同じ匂いがする……」と僅かに怯えます。


「懐に入っての必殺の雷撃を行うつもりだな」


 対消滅弾頭を用いた光子魚雷は、射程が極めて短いものですが、大威力を持っています。機械帝国の巡洋艦は、至近距離からの雷撃を用いて、デュークを攻撃しようとしているのです。


「迎撃します! 第九射、撃――――ッ!」


 ギョバッ! とデュークの主砲に閃光が巻き起こり、敵巡洋艦の予測位置に向けて重ガンマ線レーザが光の速度で伸びて行くのですが――


「ヒットしましたが、効果不十分です! やつらの乱数加速はこれまでのものとは大違い――レーザの焦点を合わせてくれません!」


 光学兵器である重ガンマ線レーザーは、非常に大きなエネルギーを持っていますが、フネの艦外障壁を貫くにはある程度焦点を合わせる時間が必要でした。高機動状態にある敵艦は、レーザが着弾しても一瞬後には別の位置に退避しているので、十分な打撃を与えられないのです。


「あれ……光速で近づく飛翔体を検知しました! これは亜光速飛翔体――レールガンの弾丸――着弾まであと30秒!」


「事前に先行射撃していた分だな。本艦に直撃するもののみ――」


 デュークの視覚素子は、前方の空間にかなりの速度で近づく重金属弾頭を検知しました。カークライト提督が「迎撃――」と言うのですが、「むっ?」と呟くと両目を見開いて、このように叫びます。


「対閃光、対電磁防御ッ!」


 彼がそう言った瞬間、前方の空間でカッ! カッ! カッ! と核融合の華が無数に咲くのです。


「うわっ!? 眩しい――――」


「全弾が純粋水爆弾頭だと――っ?!」


 立て続けに輝いた閃光は、デュークの視覚素子を始めとするセンサ類を一時的に能力低下させます。

 

「提督、レーダー修正射撃、精密射撃が困難です」


「突撃前の目くらまし――しかも継続している、か」


 その射撃はデュークの外郭を叩くためのものではなく、索敵機能を低下させるためのものであり、継続して爆発するその閃光により主砲の射撃精度が低下したのです。


「計算づくの行動だな……ふむ……」


 状況を認識したカークライト提督は、ほんの僅かだけ俯いてから、このような指示を出します。


「大佐、主砲はもう良い。両舷粒子加速砲を準備せよ」


「両舷荷電粒子……ビーム砲ですか? いつでもぶっぱなせますが、こいつはかなり射程と射角に制限が――――」


 火器管制にあたっているラスカー大佐は「デュークの両舷砲は脇にしか撃てません」と告げました。両脇に固定されているデュークの荷電粒子ビーム砲は、重ガンマ線レーザーよりも大火力な反面、星系内の磁場による影響で有効射程が短く、また射角が制限されています。


 ですが、カークライト提督はただ「それは、わかっている。10秒間の連続射撃分だけ粒子を貯めておけ」と告げ、次のように命じます。


「旗艦、オーバーブーストおよび補助ブースターの点火準備。総員、高加速に備えよ!」


「え、それって、もしかして敵に向かって加速するんですかっ?!」


 剣呑な兵器を抱えて迫ってくる敵に、自分から近づけと行ったカークライトの言葉にデュークは「突撃に対して突撃するんですか?」と驚き慌てるのです。


「そうだ。復唱、どうした!」


 目くらましを食らって未だ視界がぼんやりとしているデュークに、カークライト提督は端的な言葉で復唱を求めました。それはいつも穏やかな彼の口調とは違う大変強いもので、もはや翻すことの出来ない決心がありありと見えるものなのです。


「は、はい……推進器官、補助ブースター準備します。総員、高加速準備――艦載AIさん、慣性制御、任せます!」


「|OK Sgt Duke」と艦載AIが副脳を通じてカラダの制御を支援してくれるのを感じながら、「ここで大加速だって?!」と目を丸くしながらデュークが準備を整えていると、敵の動きが変化します。


「あれ……敵の進路が……変わった?」


 網を作るように広がったメカの巡洋艦がベクトルをグラリと変え、今度は網を絞るように突き進んできました。


「あ、反粒子反応、対消滅弾頭の反応を検知。投弾まであと200秒くらいですっ!」


 反粒子を用いた対消滅弾頭の生成は、核融合弾の閃光に影響されず、量子レーダー上にありありと姿を映し出すのです。必殺の短距離対消滅弾頭――光子魚雷を抱えた敵艦が「叩き込んでやる!」と牙を剥いたのです。


「ふぇぇぇぇぇ――――! も、もう回避出来ません」


 優れた練度がもたらす陣形の妙と艦の加速性能を従前に活かした戦術運動は、もはやデュークに回避を許さないものとなっています。そのことを本能的に感じた彼は、龍骨に液体水素よりも冷たくてとても嫌な感覚――冷や汗が流れるのを感じました。


「うろたえるな、艦内各部の対G態勢どうだ?」


「あと10秒で完成します」


 デュークの背中に乗る司令部ユニットでは、司令部スタッフのカラダを包む硬質宇宙服がガチリガチリと固定されています。周囲にゲル状の物質が充填され始めたのを確かめながらラスカー大佐がカークライト提督を見ると――


「てっ、提督――――対G加速の準備をしてください!」


 舵に取り付いた提督は硬質宇宙服を装着しただけで、その他の対加速態勢をまったく取っていませんでした。


「オーバーブーストに補助ブースターを使うのです。慣性制御だけでは追いつきませんぞっ!?」


「わかっておる。100Gは超過するだろう」


 これから行う大加速は、慣性制御だけでは耐えられないものなのです。だからクルーたちは硬質宇宙服を身にまとい、座席となっているカプセルの中で対Gジェルに包まれているのに対して、提督はほぼ無防備なのです。


「標準型ヒューマノイドって100G加速に耐えられたっけ……?」とデュークが龍骨をねじると、艦載AIは「flattenぺちゃんこかな?」と答えました。


「ふぇっ?! 駄目ですよ! 提督、対G態勢を取ってください!」


「駄目だ、敵の進路を予測して舵を取る必要がある――私の目で見続けねばならん!」


 カークライト提督は「限界まで敵の動きを検知するのだ。対Gジェルは思念波の動きを無効化するからな」と説明しました。彼は司令部ユニットの索敵機能だけではなく、生来の思念波能力をフル活動させるつもりなのでしょう。


「で、でも、それって危険じゃぁ……」


「安心しろ、加速の直前に対ショック態勢をとる。それより君は、加速準備に集中せよ――補助ブ―スター起動準備!」


 そう言った提督は、舵機のそばにある緊急用の装置のガラス扉を叩き割り、中にあったレバーを引き上げます。


「緊急承認コマンド入力――リンク出来ているな?」


「は、はいメインスラスタと同期を確認。い、いつでもいけます!」


 提督はデュークの準備が整ったことを確認すると、敵の動きをグッ睨みつけながら、ブツブツと念じ始めます。


「どこかに隙が有るはずだ……最も弱い……場所はどこだ?」


 拳を固め額に当てながら独り言を漏らすカークライトは、遠見か精神探知、あるいはそれらのサイキック能力を全開にしています。敵がどのように動くのか、そしてデュークがどのタイミングで動くのが、最も効果的かを図っているのです。


「敵、雷撃最終コースに乗りました! 艦載AIから警告――あと60秒で全弾必中域に入るとのこと!」


 カプセルに入ったラスカー大佐は濁る視界の先にある情報を読み取り、サイキック能力を使用し深い瞑想状態に入ったカークライト提督に伝えるのです。その間も、提督は敵の動き――乱数加速を読みながら、進むべき進路とタイミングを見極わめるのです。


 舵を取り直したカークライト提督は「右三点……もどせ……」と呟きながら、ピタリと進路を定めます。 


「よし……今だっ!」


 カークライト提督は、右手に力を込めて「最終安全装置解除っ! 対消滅ブースタ始動!」と叫ぶと、レバーをグッと引き上げました。


「瞬発大加速――始め――っ!」


 対消滅ブースターを起動させた彼が対Gジェルの詰まったカプセルの方に飛ぶと同時に、デュークの後部でガッ! とした閃光が巻き起こったのです。

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