第234話 最終防衛ライン その1
デュークの後方に標準型戦艦が10隻ほど続き、その最後尾ではワイヤで牽引されたコンテナが釣られています。
「最後尾のコンテナ開放!」
ラスカー大佐がコマンドを打ち込むと、コンテナがポン! と弾けてキラキラとした膜のような物が急速に展開し、標準型戦艦のような形になってゆきます。
「ダミーバルーン展開完了」
ダミーバルーンとはフネの形をした風船であり、通常は折りたたまれた状態でコンテナの中にしまわれ、宇宙空間に射出されると急速に広がって、軍艦の様な反応をすることで、敵の目をくらますものでした。
「全部使い切ったな?」
「はい、手持ちは全部使い切りました。分艦隊の在庫も。本艦の他に右翼と中央で50個ほど展開しています。はっ、なかなかに豪勢なもので」
ダミーバルーンはただの風船ではありません。超硬デュラスチールと炭素繊維を編み上げて造られており、熱核融合炉や電波発信装置、簡易的な推進装置までも内蔵するなど大変に高性能なものでした。実のところ本当の軍艦の十分の一ものお値段がするので、ラスカー大佐などは「戦艦六隻分の予算を使い捨てですか……」と苦笑いするのです。
「とはいえ、超大型戦艦を先頭にした重打撃戦力のような絵面をお手軽に展開できるのだから大したものです」
ラスカー大佐はデュークの後方をみやり、標準型戦艦のようなものが11隻が並んでいる様子にとニヤリとしました。敵の視点からすれば、ステルス能力を解除した戦艦がズラリと並んだように見えるでしょう。
「欺瞞はすぐ露呈するが、無いよりマシだ。それより、索敵の方はどうなっている。陣形は変わったか?」
「いえ、3つの小集団に別れたままです。右、中央、左――各個撃破のチャンスと見せかけて、小規模な分進合撃を意図しているのでしょうか?」
「どちらにせよ、一撃を加える必要がある。一番近い敵は?」
「距離15光秒にいる巡洋艦サイズのフネが10隻です」
アーナンケの横合いから現れた機械帝国の艦艇群は3つの集団となって、アーナンケに近づいて来ます。カークライト提督は一つに観測を集中せよと命じました。
「デューク、見えるか?」
「ええと、あれですよね。まだ遠いけれど、綺麗な陣形を取っていますよ」
デュークの視覚素子が捉えた巡洋艦は極めて整った隊形を取りながら、ジワリと距離を詰めてきます。カークライト提督が「これは厄介かもな」と呟くほどに練度が高いのです。
「かなり密集しているな。よし、距離を調整しよう。機関後進」
提督はデュークの推進器官に装備されたプラズマバックブラスターを起動させ、プラズマ噴射を逆流させてカラダを後退させました。すると、前進してくる敵との距離の釣り合いが取れて、一種のにらみ合いの状態に入るのです。
「タキオンレーダーに注意、敵艦発砲に備え、側部スラスタ即応準備」
カークライト提督は司令部ユニットに搭載されたタキオンレーダーで敵艦が発砲していないか警戒をせよと命じました。量子力学的反応を利用した超光速観測が可能な量子レーダーであるそれは光学兵器の発射を事前に検知できるのです。
「ふぇ、あの距離からだと相当な超長射程攻撃ですよ?」
敵の位置はまだかなりの物がありました。ですからデュークは命令に従いつつもが「当らないと思うけどなぁ?」などと疑問を口にするのですが――
「あれ、ガンマ線警報だ!? 直撃コース?!」
「側部スラスタ全開っ!」
すぐにそんな疑問を吹き飛ばすような事実を突きつけられるのです。
「うおりゃぁぁぁぁぁっ!」
デュークがお腹の横に付いているスラスターを全開にして横移動した数秒後――彼が元にいた位置に重ガンマ線レーザーが殺到し、後方を進んでいたダミーバルーンに直撃して爆散させるのでした。
「ふぇぇ、なんて上手い射撃なんだ! でも、どうやって?!」
「おそらく同型艦かそれに類する艦だけで構成された部隊なのだろう。スペックを統一させた上に、密集して統制射撃することで精度を上げているのだ」
百戦錬磨のカークライト提督が「やるではないか……」と呟くほどの精度でレーザー攻撃が行われたのです。
「こちら火器管制、撃ちますか?」
火器管制に当たっているラスカー大佐が「お返しといきましょう」と反撃の許可を求めるのですが、提督は「まだ遠い、無駄弾になる」と答えました。
「距離を詰めて必中位置まで進出する。デューク君、私の指示で乱数加速してくれ」
「はいっ、お願いします!」
デュークは推進機関の熱を上げカークライト提督の指示に従い加速を行い始めました。彼の後ろには数を9隻に減じたダミーバルーンが続きます。
「転舵三点、機関半速っ! 三秒後にブースター始動――総員Gに備えよっ!」
舵輪を取ったカークライト提督はデュークを縦横に振り回し、加速と減速を組み合わせつつ前進させます。
「クレーンを右に振れ!」
「はいっ!」
「放熱板を左に展開!」
「はいっ!」
提督の操船技術はある意味化け物じみたものでした。推進器官やスラスタのみならず、デュークのクレーンや放熱板を伸び縮みさせて、反動を作り出し、敵の攻撃をスラスラと回避するのです。
「ダミーを一つだけ残して、放り捨てろ!」
それまで慣性制御系を伸ばして引っ張っていたバルーンの多くを投げ捨てると、反動で僅かに位置が変わり、そのすぐ側をレーザーの束が通り抜けて行きます。
「正確な射撃だが……それだけに読みやすい。おも――舵ぃ!」
「はい!」
「よしっ、これだけ近づけば――ラスカー大佐?」
「回避行動を取らなければやれます! 少しの間で良いですから、デュークの動きを止めてください!」
ラスカー大佐は大砲屋として名高い男ですが、練度の高い敵の攻撃を回避しながら当てることは困難です。
「わかった、反撃に転じるタイミングをつくる! デューク君は左舷の艦外障壁を全力で展開しつつ、推進機関を左方に延伸! 艦載AIは慣性制御最大展開――ラスカー大佐、左砲戦準備!」
提督は矢継ぎ早に指示を出すと、デュークのカラダをグッと停止させ、左舷を敵に晒しました。
「え、止まるんですか……レーザーが来ますよ! うわっ――――!」
ビシッ! とした音が鳴ると同時に、バリバリバリとした火花が巻き起こり、デュークが左舷に展開した艦外障壁がゴリゴリと削りとられ始めました。その熱量は凄まじいもので、一部はバリアを抜けてデュークの外郭にヒットするのです。
「撃たれてる! 撃たれてる! 立て続けにヒットしてますっ! いたたたた!」
「気合でこらえろ! あと3秒、2、1――総員対G防御!」
カークライト提督が「推進器官、左舷へ全開! 合わせて艦首右舷スラスタ全開! 緊急ブースターに点火!」と叫びました。
「回せーー!」
「う、うわぁぁぁぁ。回るーー!?」
するとデュークのカラダがぐるりと回り始め、凄まじい遠心力が生み出され、彼は「せ、戦艦ドリフトっ……」などと呻きをあげるのです。
「ここだっ!」
カークライト提督彼は回転が180度を越える前にグワッ! っと全力で当て舵を入れました。するとこの一連の運動により、デュークのカラダは敵の射線から完全に外れることとなり――
「やれっ――!」
「アイサー! 第一第二砲塔撃ちます!」
デュークの三連装三基の主砲塔をコントロールするラスカー大佐は「痛いのをぶっ食らわせてやる!」と言いながら、発砲トリガーをガチっと押し込みました。
すると右側に向けて揃えられていたデュークの三連装の主砲がギョバッ! ギョヴァッ! と唸りを上げて、重ガンマ線レーザーが放たれます。
「ヒット! ヒット! ヒット!」
その威力と狙いは大したもので、敵の一番艦、二番艦に立て続けにヒットすると、艦首やら主砲やらを貫き、あっという間に戦闘力のほとんどを奪いました。
「いいぞ、続けて撃て!」
「了解、第三砲塔――――敵艦ロック!」
データが揃ったラスカー大佐は「狙い撃つぜ!」と叫びながら、ガチガチガチと発砲トリガーを握り込みました。再度放たれたその射撃もまた素晴らしい精度を持っており、またもや敵艦にダメージを与える事に成功します。
「よしっ、敵三番艦艦首に直撃! 効果は抜群だ!」
「あ、敵艦がコントロールを失いました!」
弾着後の敵艦の様子に、ラスカー大佐はガッツポーズをしました。重ガンマ線レーザーは狙い誤らず敵艦の艦首を粉砕し、行動不能の状況に陥らせコントロールを失っていたのです。
「ふぇ、コントロールを失って……艦同士がぶつかる?っ!」
レーザの直撃を受け行動不能になった機械帝国のフネは、続行して来た僚艦に激突したのです。そして、キラッ――! と空間が煌めき瞬時に一点に戻るという特徴的な爆発が巻き起こります。
「ふぇぇ、あれは縮退爆発じゃないか。四番艦と五番艦を巻き添えにしてる……」
「当たりどころが悪すぎた上に、僚艦に激突してリミッタが開放されたのかもしれん。重力子弾頭の直撃よりも威力があるぞ」
「密集していたのが仇となったな。我らにとっては僥倖と言うべきか」
恒星間宇宙での戦闘を行うレベルのフネというものは、戦艦にせよ、巡洋艦にせよ、ダメージコントロールに優れており、戦闘力を喪失することはあっても、轟沈することはなかなかありません。それが短時間の間に三隻も沈むというのは、かなりのレアケースでした。
「よろしい、残りの敵を――」
「あっ、待ってください」
カークライト提督がそう命じた時です。デュークの視覚素子に複数の飛翔体が映り込みました。
「対艦ミサイルが来ます! 数100以上!」
「ほぉ、崩れず反撃に転じたか」
機械帝国軍は僚艦の爆沈にもめげずに、対艦ミサイルを大量にばらまいていました。以前の機械帝国軍であれば逃げ出すか大混乱となるところ、やはり練度が段違いなのです。
「副砲と近接防御火器で対応しろ」
「了解、おいデューク、そっちはお前と艦載AIの分担だ。連携して迎撃してくれ」
「任せてください! ミサイル迎撃は得意なんです!」
初めての実戦がミサイルの雨あられというものだったデュークは、その迎撃が大変得意になっていました。彼は龍骨と副脳を全力稼働させ「あれとこれとそれと、そっちとこっちとどっちと……」と呟きながら敵弾の位置を特定し、艦載AIも「
「行くぞ――――!」
「|On your mark sgt Duke《やっちゃえデューク》」
デュークの副砲――共生知性体連合規格でいうところの30サンチ電子速射砲がガンガンガンガン! と連続射撃を始め、マルチ格納庫に収められた近接防御火器――20サンチ回転式機関砲がブゥオオオオ! と唸り、10サンチX線レーザー砲塔がキラキラキラキラッ! と輝きます。
デュークのカラダは大変に大きいものですから、武装の数も大変多く、それらが一斉に火を吹き始めると、まるで山が噴火するような有様となりました。
「Interception completed(全弾迎撃)
ミサイルそのもの迎撃はあっさりと完了し、艦載AIが勝利宣言しました。
ですが――
「まだ気を抜くな。敵がコチラにやってくる」
「あ、ホントだ……あだっ!」
デュークが迎撃を行っている間に機械帝国軍の残存艦は態勢を整え、逃げるどころか加速を付けて向かってきていたのです。その上、移動しながらの射撃――行進射まで行い、デュークの艦外障壁をビシッ、ビシッ! と叩いてきます。
「反撃だ! 一番から三番砲塔、第二射撃――
ラスカー大佐がガチリと射撃トリガーを押し込むのですが、その攻撃は先程までの射撃と違いほとんど回避されてしまいました。敵側も乱数加速を用いた回避行動を取り始めたからです。
「乱数加速に急制動――やるではないか。だが、次は当てる!」
「よろしい別命あるまで射撃続行せよ」
ラスカー大佐が「大砲屋の面子にかけて」と修正諸元を計算し始めました。そして、それを承諾したカークライトは「だが、次の一手が必要か」と呟いたのでした。
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