第233話 信賞必罰、追撃部隊編成
時はアーナンケ避退作戦が開始された頃にさかのぼります。ゴルモアに侵攻した機械帝国――その軍勢の中央に佇む巨大な軍艦にある謁見の間に、小綺麗な服装をした機械達が集められていました。
「い、遺憾千万の極み――ですが、あれは完全な奇襲だったのです!」
「い、イリアス公の言う通りですぞ、あれほどの部隊がいるとは予想できませぬ!」
「わ、我らは謀られたのだ! 連合は小惑星を囮にして、我らを謀ったのだ!」
「け、警報が鳴る暇すらないほどの同時攻撃でしたっ!」
彼らは元辺境皇帝の配下でありながら、今は帝国中央に従う身の貴族階級の者でした。そして小惑星を攻撃していたところをカークライト分艦隊に奇襲され壊乱状態に陥り、撤退の憂き目となった敗残者でもあります。
「自分は応戦はしようと努力はしたのですが、戦線の崩壊に巻き込まれ――」
「己の力量不足ではりませぬ。不甲斐ない味方のせいで――」
「弁識能力が叩かれ、敵味方の見分けが付かぬほど近接されて――」
「護衛の艦艇があっという間に喰われて、混乱が混乱を呼び――」
敗戦の原因について、言い訳をしつつ、またお互いに責任を擦り付けあう彼らの前に、機械帝国第一皇女アルル・オーバスター・メカロニアが座っています。彼女は辺境貴族たちの言葉に「ふむふむ」と頷き、また「ほぉ」などと相槌を打ちました。
その横では参謀長のジェイムスンが控え、貴族達の言葉に「なるほど大変な混乱が生じたようじゃな。おお、そうそうか」と理解を示すような言葉を漏らしています。
「「「致し方なく無念の撤退を行ったのです!」」」
そして貴族たちの多くは口々に「仕方がなかったのだ」と説明を終えました。そしてアルルが可愛らしい笑みを浮かべながら――
「仕方がなかったことなのよね……? それでは仕方が無いわ」
というので、辺境貴族達の多くは「左様で」「ご理解いただけたか」「へへぇ」などと追従笑いを漏らすのです。
「では、じいや――参謀長、沙汰を」
「はっ」
その後を引き継いだジェイムスンは、「マヌケ公の息子、オバカ侯爵、タイダー伯代理――」と、貴族達の名前を一人ひとり読み上げます。
「以上の50名は、おって沙汰が有るまで、各自の艦艇と部隊再編に当たれ」と言って退出を命じました。
「ああ、グレゲル伯とデュランダル男爵は残るように。例の白いフネについて報告をして欲しい――なに、参謀長として少しばかり興味があってな」
二人の貴族を残し謁見の間の大扉が閉まります。
「おひいさま、こちらがグレゲルとデュランダルですじゃ」
残された二体の貴族は、機械帝国の貴賓に多い二足歩行のアンドロイド型のメカでしたが、一体は黒鉄の城と形容すべき威容を持つ巨大なロボットであり、もう一体は大変に小柄な細身のロボットと非常に対照的な存在です。
「面と向かって会うのは初めだわ――小さいのがグレゲル伯爵、大きいのがデュランダル男爵ね?」
そう言ったアルルはやおら玉座を立ち上がると彼らの元へスタスタと近づき、興味深げな表情を浮かべながら、「堅苦しいのは嫌いだから、儀礼は省略、直答も許すわ」と言いました。
「はっ、グレゲル伯爵が一人娘アレクシアでございます。法定相続人が一人も残っておりませんので、ご認可いただければ私が正式に伯となります」
アレクシアは140センチほどのカラダをフワリと浮かせ、腰から伸びる金属フレームの端を軽く持ち上げながら、挨拶を行いました。
「良いわ、皇帝陛下の成り代わり伯の継承を許す――それにしてもあなた、随分と若いわね?」
「お恥ずかしながら、齢12の若輩者にて、お許しを」
胸に手を当てて忠実な臣下らしくアレクシアが畏まる姿に、アルルはフッ頬を緩ませ、目をキラリと輝かせながらこう言います。
「素のままで答えないさい。これは命令よ――」
「ええと…………私、アレクシア12歳ですっ! よろしく、皇女殿下――――!」
小首を傾げたアレクシアは年齢相応の幼さで、キャピキャピとした声で、改めて名を告げました。
「わ、素がでちゃったよぉ――! 皇女殿下の強制認識音声ってば、強すぎ――! すごいすごい――――!」
機械帝国人の言葉はOSにおけるコマンドのように作用します。アルルの言葉はアレクシアの電子頭脳に操作して、普段のままの彼女を引き出したのです。
「これ、アレクシア。皇女殿下の前であるぞ、自重せよ。失礼、私はデュランダル男爵ナイハート、アレクシアの従兄弟で、後見人をしております」
デュランダルは大きなカラダをなおも小さくさせながら、グレゲル伯爵をたしなめ、「私めは、これが素のため、お許しを」と頭を下げました。そんな彼の様子にアレクシアは「ナイハートおにーちゃんってば、頭かた――い!」とかなり低く頭を下げっているデュランダル男爵の頭をペシーンと叩きました。
「対象的な二人ねぇ。そのままで良いわ――それではじいや」
「さて、ご両名、ここに残らせたか理由は分かってるか?」
「それは、扉の外の……」
「アホどもとは違うからで――す!」
デュランダルが大きな肩を僅かに震わせながら言葉を放つと、横合いからグレゲル伯爵アレクシアが「はーい!」と右手を上げ、実に明るい声で答えを横取りしました。
すると同時に、扉の外からは「な、なにをする!」とか「き、貴様――ごばっ!」というような叫び声が聞こえてくるのです。
「むぅ…………」
「無能がいたら、どうするかな? そうだね! 粛清だね!」
小山のように大きなデュランダルはゴクリと喉を慣らし、アレクシアは「ああ、せいせいした。当然の結果だよ~~!」と両手を上げて嬉しがります。
「粛清――そうね、電子無能に服従機を付けて、戦場で死ぬまで行進させるわ」
アルルは素敵な笑みを浮かべながら、無能な帰属共は自由意志を剥奪して、ただ前に進むだけの自動機械にすると言いました。それを聞いたアレクシアは「懲罰大隊結成だ――!」と喜色を示すのです。
「ふむ、敵をいたぶるどころか逆襲された挙げ句、不測の事態に対応出来ぬ脳無しは自由意志剥奪刑がお似合いですな。軍法に照らして法的根拠も十分です」
「うむ、それがわからぬ程の無能は、帝国には不要よ」
「
「そうだよね――! 無能に食わせる油がもったいないもん!」
「ほっほっほ、おひいさま。グレゲル伯とデュランダル男爵――やはり、この二人よく分かっておりますぞ。いやはや、戦場での働きぶりからこうだろうとは分かっておったが……」
ジェイムスンは呵々大笑する様を見たデュランダル男爵は「そういうことですか?」と思いこう尋ねます。
「参謀長殿、我らはこの度の戦でテストされていたのですか?」
「うむ、そのとおりじゃ、辺境貴族の選抜試験、両名は数少ない合格者ということになる。敗軍の将とは言え、共生宇宙軍の奇襲による大混乱の中、部隊の統制を失わず対応できた点はむしろ評価できる。デュランダル殿の補佐で、アレクシア殿が指揮を取られたということじゃが、なかなか見事であったぞ。じゃが、他の者を見捨てて、捨て駒にすればなお良かったがのぉ?」
「あ、それはボクも考えたんだよ、おじいちゃん。でもね、ナイハートお兄ちゃんがそれは武人としてどーたらって言うから――」
「こら、参謀長殿とお呼びしなさい。ああ、戦場では立てねばならぬ面目というものもございます。それにあの状況では、さらなる混乱が生じると判断しました」
アレクシアが「邪魔な味方ごと砲撃しようって言ったのに~~!」というと、デュランダル男爵は「すこしは自重しろ、場合が場合だったのだ」と叱りました。
「その点はどちらも認めよう。消極的とはいうまい」
「ご理解、有り難し」
デュランダル男爵は不敵な笑みを浮かべてそう答えました。傍らのアレクシアが「お兄ちゃん、かっこいい――!」などと嬌声を上げます。
「ふっ、辺境にもこんな良将がいるとはね。小さな過激派と大きな保守派とでバランスが取れてるわ」
「えへへ、皇女殿下に褒められた――! でも、過激派って、ひどい――!」
「恐れ入ります皇女殿下。アレクシア、お前は過激に過ぎるのだ」
アルクシアは両手をバタバタさせながらプリプリと怒るのです。デュランダル男爵は大きな顔に苦笑いを浮かべて「どうどう」と馬を馴らすように優しげな手付きで頭を撫でました。
「ほほほ、こうしてみると、まるで本当の兄妹のようじゃな…………。さて、敵のことだが、小惑星上に縮退反応とプラズマは脳が多数出ておる。どうやら、小惑星ごと逃げるつもりらしい。両名、これをどう考える?」
「あのような石塊一つ、逃げしても大勢には影響しないと考えます」
「でも、このまま逃がすというのはシャクです参謀長殿ぉ――!」
デュランダル男爵ナイハートは「手を出すまでもありません」と言い、グレゲル伯爵アレクシアは「やられっぱなしは、ヤです――! 特にあの白いやつは許さないです――!」と言いました。
「おひいさま、いかがいたしましょう?」
「そうねぇ。逃してやってもいいけれど、グレゲル伯爵の気持ちはわかるわ。シャクだもの」
「ふむ、敵の本軍の到着も近づいておる……追撃しつつ触接を保つとしますか。では、手はずを整えます」
「あら、じいやのことだから、すでに実行しているものだと思ったけれど?」
アルルの言葉を受けたジェイムスンは「ふははっ、かないませんな」と苦笑いをしてから、裏で進めていた追撃部隊の本格編成を開始したのです。
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