第232話 命令をください

「行ってくるね!」


「いってらっしゃ~~い!」


「任せたわよ、デューク!」


 デュークがクレーンをブンブン振りながらアーナンケを離れていきます。彼に続き、標準型戦艦と先鋭的なフォルムを持つ戦艦も進路を変更しました。


「各艦、アーナンケを発進。所定の位置まで前進します」


「よろしい、デューク以外の二隻はギリギリまで隠密状態を保てと厳命せよ。それから、本隊との量子通信の状態はどうだ?」


「ギリギリ送信することだけは可能です」


「よろしい、本隊に打電せよ。内容、敵艦見ユトノ警報ニ接シ、旗艦デューク以下三艦ハ直ニ出動、之ヲ撃滅セントス。本日天気晴朗ナレドモ波高シ――以上だ」


 司令部ユニットではカークライト提督が、まだ見ぬ第三艦隊本隊へ向けて通信を行っている様子を眺めていたデュークが疑問感じて、艦首を捻りました。


「意味がわかるかね? デューク君」


「ふぇっ、わかりません! なんだか凄いのはわかりますけど……」


「我が祖先――古き時代のニンゲンが地球という惑星上で相争っていた頃の言葉だ。要するに、見つけた、行くぞ、叩き潰してくる、というほどの意味だ」


 カークライト提督は「ネイバルバトル・オブ・ツシマ――面白いことに、その当事者のどちらにも、私の祖先がいたそうだ」などと説明しました。デュークは「ご先祖様が惑星の海で戦ったのか。僕のご先祖も海にいたのかな?」などと、戦いを前にして随分悠長なことを思いました。


「ザクラー大佐とジョヴァンニ中佐の艦が敵左翼に向けて移動を開始しました」


 ラスカー大佐が、作戦行動計画に基づき、デューク以外の二隻の戦艦が動き始めたことを報告します。


「あの二隻は、別の場所に向かうのですよね?」


 デュークはなんとも言えない不安を感じていました。


「僚艦がいないのが不安かね?」


「いえ、二隻で15隻もの敵艦を抑えるのは大変そうだなって」


「ひたすら防御に徹すれば小一時間は耐えうるだろう。ザクラー大佐以下二隻は、とにかく防御に徹し、敵を食い止めるのだ」


「でも、5倍の敵ですよ――」


 そこでラスカー大佐が「デューク、大丈夫だ」と横槍を入れます。


「戦艦サルボウは最新鋭艦だし、ジョヴァンニ中佐は歴戦の猛者なんだ」


 ラスカー大佐が横から口を出して「鉄火ニモマケズ、爆炎ニモマケズ、私ハタダノ槍デアリタイ――戦場でそんなポエムを口ずさむ奴なのさ」と説明しました。


 機械帝国系のメカとは違った系列の機械種族であるジョヴァンニ中佐は、次期主力標準戦艦のテスト艦サルボウの艤装員長としてテスト航行を行っていたところ、カークライト提督の分艦隊編成に伴い、中佐のまま艦長代行を務める有能な軍人だったのです。


「詳しいですね」


「士官学校の同期だからな」


 ラスカー大佐は「病気のせいで数年ほど療養していなければ、私より出世していたはずだ」と、同期の優秀さに太鼓判を押しました。なお、病名はメカだけが罹患するピコポン病――「ピコピコ!」とか「ポン!」としか発音できなくなるという奇病で、ジョヴァンニ中佐は気合と根性でリハビリしたそうです。


「じゃぁザクラー大佐はどんな方でしょうか? ヒャクショウ族は農耕民族――化け物じみた外見を持つけれど、中身は温厚な種族ですよね」


 ヒャクショウ族は、キシャァァアァァなどと言う鳴き声を上げる見た目が化け物でクリーチャーな種族ですが、中身は堅実な農民というギャップのある種族です。デュークが入隊したての頃に、人を見かけで判断するなと朗らかな笑みと共に教えてくれた人もその種族でした。


「それには私が答えよう。ヒャクショウ族はいまでは穏やかだが、その実彼らの祖先は戦闘民族だったという記録がある。ザクラー大佐以下のヒャクショウ族は種族の中で最も勇猛果敢なもの――先祖帰りしたような者を揃えた精鋭なのだ。その上、大佐は大変知略に優れた男だ」


「へぇぇぇ」


 ヒャクショウ族は農耕を生業とするとした穏やかな種族なのですが、ザクラー大佐とその部下たちは、大分気色が違うようです。


「しかし、デューク君、他人の心配するとは随分余裕だな?」


 カークライト提督は「君は敵の左翼と中央と一隻で戦うのだぞ」と続けました。そこには20隻もの敵艦が存在するのに、デュークは他人の心配をしていたのです。


「大丈夫だと思います」


「ほぉ、随分自信ありげだな?」


「提督が、僕なら出来ると言ってくれました。提督は出来ないことは言わない方ですから」


「ふむ、龍骨の民にそう言って貰えるとは、船乗りとして有り難い話といえるな。だが説明したとおり、今回ばかりは無傷というわけにはいかんだろう」


 これまでのカークライト提督の指揮というものは、合理的で無駄のない緻密な計算に基づいたものでした。航路選択や、一連の戦闘に際して一見ハイリスクに見える選択をすることがあっても、リスクを排除する手はずを実行してきたのですが、今回ばかりは違うようです。


「敵の艦艇軍は巡洋戦艦主体とは言え、帝国中央の精鋭だと思われる。これまでの敵と違って、簡単には退いてはくれん。私の目算が間違っていれば、君の龍骨が折れるかもしない」


「龍骨が……」


 そこでデュークの龍骨がブルブルと動き、僅かに司令部ユニットが揺れました。龍骨が折れることは死を意味するデュークが本能的な恐怖を持ったのかもしれません。


「怯えているのか?」


「いえ、これはただの武者震いです。アーナンケとそこにいる人達を護るために僕が必要なのだから、どんな危険があっても大丈夫です!」


「ふむ……」


「ああいえ、ええと正直怖い部分はあります――」


 龍骨の民というものは、基本的に穏やかな性格をしているので、軍艦型といえども一部の例外を除いて戦いに恐怖や不安を覚えます。超大型戦艦のデュークも例外ではなく、龍骨の民らしい温和な龍骨を持っていました。


 そんな彼がこの様に言うのです。


「だから、提督。僕に命令してください! 前へ、進め、と」


 軍艦型の龍骨の民というものに一度進めと命令すれば、強靭な龍骨に宿る本能がカラダを突き動かすのです。そのことをよく知っているカークライト提督は、デュークの言葉に「うむ」と頷き、彼は豊かに蓄えたあごひげを震わせながらこう告げます。


「よろしい、大変によろしい――では、これより旗艦デューク・オブ・ヨークの指揮は私が取る! 機関臨界、即時最大戦速発令に備えよ!」


「はい!」


「総員第一種戦闘態勢! 司令部スタッフはデュークを全力でバックアップせよ! ラスカー大佐は火器管制を担当!」


「はっ、デュークの全火力、任されましたっ!」


 司令部要員たちがデュークの副脳を通して、縮退炉や推進器官、放熱板などの働きについてサポートを始め、司令部に搭載されている艦載AIはレーダーなどの観測機器をフル稼働してデュークへデータを流し始めました。


「第一種戦闘態勢――デュークのバックアップ態勢が完成しました!」


 ラスカー大佐の「いつでもいけます」という言葉を聞いたカークライト提督は「よろしい」と呟き、右手をサッと振り上げます。


「目標、左翼の敵部隊。舵そのまま、機関増速。旗艦デューク・オブ・スノー、最大戦速で前進せよっ!」


 右手がバッと振り下ろされると同時にカークライト提督の口から、彼の乗艦に向けて明確な命令が下りたのです。


「アイアイサー! 目標敵左翼、進路そのまま、最大戦速となしますっ!」


 龍骨の震えを完全に抑えたデュークが、確固たる口調で復唱しました。何かを護るために明確な命令を受けた龍骨の民というものは、たとえデュークのような少年であっても、宇宙の戦士になるのです。

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