第231話 ステルス

「う、推進器官の調子がおかしくなって来たぞ」


「プラズマが細くなってるわね」


「無理しすぎたんだよぉ~~!」


 デュークから伸びるプラズマの測度が低下を初めています。縮退炉の調子はまだそれほどではないのですが、彼の脚は出力が落ち始めていたのです。


「さすがに、推力が低下してきたか」


「龍骨の民とはいえ、かなり酷使していますから」


 司令部では、カークライト提督とラスカー大佐がデュークの様子を確かめて、心配そうな顔をしていました。


「だが、後方の敵からは十分な距離が取れたな」


「ええ、あと1時間この加速を続けられれば――60分の余裕をもってゴールにタッチできます」


 後方の直掩部隊が機械帝国の頭を叩き続け、後方から迫る機械帝国軍はアーナンケを射程圏内に収められない状態になっていました。アーナンケは、巨大ガス惑星の重力を利用した疑似スターライン航法を行う地点に、余裕を持って到着が出来る状況なのです。


「目的は達成したも同然です!」


「ふむ……」


 ラスカー大佐はいつものように両手をスリスリさせながら「余裕を持って行動できるは良いものです」と喜色を上げるのですが、カークライト提督は何かを案じるような表情を見せています。


「提督、なにかご懸念でも? 可能性としては、後方のメカ軍がオーバーブーストを行うことも考えられますが、見たところ速度のある艦艇が含まれておりません」


「…………つまり、優速な艦艇が見当たらないということか?」


 敵情観測データを確かめた提督は、どこか遠くを透し見るかのように目をすがめます。彼はしばらくそうしていると「何だこの感覚は――――」と呟きました。


「大佐、左舷側方。そこを中心に索敵を掛けろ。レーダーおよび光学、重力波測定、背景放射や星の動きに注意しろ。いいか、何も見逃すな」


 提督がアーナンケの側方を調べると命じたので、ラスカー大佐は「後方ではなくて側方ですな?」と尋ねました。


「そうだ、敵がいることを前提に、司令部AIにも分析させるのだ。急げ」


 ラスカー大佐は「敵」という言葉にピクリと反応し、すぐに司令部の観測班を動員して提督の指示した範囲を洗い直します。


「電磁波、重力波、その他諸々の異常などはありません――敵がいるどころか、太陽風の乱れや宇宙背景の偏差もなく、まったく穏やかな宇宙ですが……むっ?」


「気づいたか?」


 提督が「穏やかで、整いすぎているのだ」と口にしたその時です。司令部ユニット内に、ピキーン! ピキーン! 司令部AIが警告音を発しました。


「側方にステルス艦が存在する可能性ありとのこと! ステルスパターンは、メカロニアのもののようです」


「彼らのステルスパターンは整いすぎているのが特徴だからな」


 そう言ったカークライト提督はスクリーンに移ったかすかなモヤのような物をチラリと眺め「隠密型の高速偵察艦か?」と呟きました。


「潜り込まれましたか……ですが一隻や二隻ならば、どうとでもなります」


「いや、まだいるぞ」


 カークライト提督が言う通り、スクリーンの上にメカロニアの艦艇反応がポンポンと現れ、その数は30ほどに増えて行くのです。


「戦場を大迂回をして、回り込んでいたようだな」


「極めて高いステルスと速度のある艦艇ですな、それだけの性能を持つフネは、連合にもそうそう有るものでは――おっと、ステルスが切れてきましたな」


「こちらが察知したことに気づいたのだ」


 艦艇の不可視化は相当のエネルギーを使うもので、いつまでもそれを続けることはできないのです。


「艦影が随分とハッキリとしています。完全にステルスをカットしているようです」


「ならば艦首に有る紋章を観測しろ」


 メカロニアの軍艦に必ずついている紋章を識別すると、それがどの軍や、貴族の持ち物なのかがわかるのです。


「こ、これはHMS――機械帝国本国軍のフネです! シルエットからして艦種は巡洋艦ないしは巡洋戦艦のようですが、これは識別パターンがありません」


 艦の表面についた紋章の分析により、それがHis Majesty's Ship――帝国の皇族の所有物であり、帝国中央からやってきたフネだとわかるのですが、その艦種や性能はまったく未知のものでした。


「帝国中央の最新鋭艦ということか。そういうことならば、この距離まで察知できなかったのもわかるというものだ」


「あっ、敵艦大加速を開始しました! この速度と距離だと20分後にはアーナンケが射程圏内に捉えられます!」


 ラスカー大佐は「不味い、直掩部隊を戻さないと――っ!」と通信を始めようとしました。


「落ち着け大佐。今からでは間に合わん。我々だけで食い止めるのだ」


 少しばかり落ち着きを失った大佐をたしなめたカークライト提督は「現在残っている艦艇から艦を抽出せよ」と冷静な口調で命じます。


「ですが、最終加速がまだ必要ですから――」


 大佐が「全艦を使うわけには行きません」と言うと、カークライト提督は「時間的な余裕が60分有ると言ったな? その余裕をギリギリまで活用しよう」と応えました。


 突然現れた敵艦30隻を食い止めつつ、アーナンケが避退するための推進も続けるという難事を解決するためには、残された時間をすり潰す必要があったのです。


「どのフネを選択されますか?」


「相手が相手だ。最大戦力であるデュークを使う他あるまい。推力が落ち始めているから影響も少ないはずだ」


「ええ、計算結果は問題ありません。それからあと二隻――ジョバンニ中佐のフネ、それからヒャクショウ族の戦艦を外しても、アーナンケ推進は間に合います」


「本来であれば龍骨の民で固めたいところだが、致し方がないな。この三隻であれば、予測される敵戦力の40%にはなる――やってやれなくはない」


 最終防衛ラインを引くとともに、アーナンケ推進も間に合せなければならないという状況で、カークライト提督とラスカー大佐は素早く最適解を導き出しました。


「それでいい、ジョバンニとヒャクショウの二隻に、指示を出せ。デュークには私が伝える」


 そう言った提督はデュークの龍骨に繋がる直通回線を開きます。


「デューク君、状況は分かっているな?」


「はい、隠れていた敵がこっちにくるんですよね。でも、巡洋艦以上の30隻を戦艦3隻で相手にするって大丈夫ですか? それにあの部隊は敵の最精鋭部隊ですよね?」


「君ならやれる――私も司令部ユニットで直接指揮を取るからな」


「わ、提督が指揮をしてくれるんだ。だったら、大丈夫ですね!」


 実はこのときの彼は追加装甲もなくなり、生体ミサイルは枯渇し、脚は萎えはじめ、縮退炉は無理がたたっており、戦闘力が大幅に低下していました。でも、カークライト提督が直接指揮を取ると聞いたデュークは「全く問題ないですね!」と笑ったのです。

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