第230話 殴り合い宇宙(そら)

「残存艦によるアーナンケ推進は順調に進んでいます。このまま予定通り進むことができれば、50分程度の余裕を残してゴールできます。とはいえ、これは――」


「敵がこなければという条件がつくことに変わりはないな。直掩部隊との通信はどうなっている?」


「サイドローブを拾われる危険がありますので、こちらからの通信は行えませんが、前線が近くなっておりますのであちらからのレーザー通信が安定するかと」


「よし、状況を睨みながら推進力の調整を行おう」


「残った艦がアーナンケの生命線ですからな――――おっと!」


 ラスカー大佐は「早速、直掩部隊からの通信が届きました」と報告しました。送信されているデータは、各艦艇の状況や動きについてほぼリアルタイムで把握することが出来るものでした。


「よし、このデータは各艦艇にも配信したまえ。ああ、生データではなく、見やすいように加工して送るのだ」


「はい、司令部のAIに任せます。計画も終盤に入り手隙なようで、無聊を囲っているようですからな」


 カークライト提督はアーナンケ避退を援護する部隊の状況について、艦隊ネットワークを通して各艦艇各部隊に情報を流すように命じました。それは再びプラズマを吐き出しアーナンケを押しているデューク達にも届くのです。


「なんかデータが来たよ~~!」


「そろそろ後方で戦闘が始まったころだから、それかな?」


 再度の加速を始めたデューク達は、こまめに水分を取りながら走るマラソンランナーのようなものなのですが、なんとなくオーバブーストや緊急排熱のコツが掴めてきたのか、僚艦とおしゃべりが出来る程度の余裕ができていました。


「おや、このデータは動画形式だぞ」


「生のままだと見にくいから、誰かが加工してるんだわ。多分、司令部のAIあたりがやってるんじゃない?」


「なんでもいいから、見てみようよぉ~~!」


 デューク達が送られてきた動画データを「ポチッとな」と再生すると――


 ドカーン! という爆発音と共に――”共生宇宙軍ニュース:カークライト分艦隊版!”というタイトルが映し出されました。


「何だ、突然…………」


「これってば共生宇宙軍ニュースだよぉ~~! Sネットの有名人がやってるチャンネルだぁ~~!」


「司令部のAIってば、そんなやつだったのね」


 司令部に搭載されたAI――知力を計算機能に全振りして会話機能がカタコトなそれは、動画の加工が趣味の人でした。共生宇宙軍ニュースとは、Sネット――共生知性体連合のネットワークを介して動画を配信しているチャンネルで、軍人やミリタリマニアの間で、かなりの人気を誇っています。


「オープニング、凝ってるわねぇ」


「本職さんだものぉ~~!」


「趣味のレベルを越えてるね」


 音楽に合わせてトクシン和尚の顔やら重巡クリフォア・ホウデンやら、アーナンケの外観、機械帝国軍団の映像が次々にポップしてはフェードアウトしていました。推進計画も最終盤に入りやることがなくなった司令部のAIが、前衛部隊の状況をリアルタイムで編集し、各艦艇に配信しているようです。


「ゴルモアに突如侵攻した機械帝国、小惑星防衛戦、民間人疎開、孤立した部隊の救援、小惑星の脱出――そして今まさに迫りくるメカ達の追撃――」


「ナレーションは、アライグマのおっちゃんの声だよぉ~~!」


「これって、本人の許諾を得ているのかしら?」


「さぁ? そういうのって必要なんだね」


 突如始まったアナウンスには、ラスカー大佐の声が用いられていました。


「本日のゲストには、共生宇宙軍のカークライト提督をお呼びしています。カークライト提督、よろしくお願いいたします」


「よろしくお願いします」


 デュークが「あ、提督まで出演してる」と驚くほど映像に使われている音声は実によくできた合成音声なのです。


「さぁ、直掩部隊の戦闘が始まります。指揮官は戦神の信徒、元共生宇宙軍中将――ドンファン・ブバイが三大冥王トクシン和尚ッ! 戦の神の敬虔なる信徒が、数倍以上の敵に立ち向かう! 最初に繰り出すのは猫パンチか、猫騙しか――! 今、ゴングが鳴った――――!」


 ラスカー大佐はどこぞの格闘技番組のようなノリで叫びました。デューク達は「芸が細かいと言うか……」、「軍務中にこんなの配信していいいのかしら?」とか、「AIって生き方が自由すぐるぅ~~!」などと呆れます。


「機械帝国軍が前進っ! これに立ち向かう直掩部隊は――――な、なんと! いきなり全艦のステルスをカットしたぞ!? これでは敵に直掩部隊の数と位置が丸わかりだっ! 解説のカークライトさん、これは一体どういうことでしょう?」


「初手から手札を全て晒して伏兵がいるように見せかけ、敵の行動を逆に抑制しているんですよ。突然現れることで、奇襲効果も狙っています」


「なるほど! メカ軍――――足を止めて、ここで砲撃だ!」


「牽制射ですね、警戒した帝国軍が先に手を出しました。でも、少し距離が遠すぎます。本来なら数の上の有利を活かして、平押しに攻め掛かるところでしょう」


「なるほど、メカ軍は和尚の策にハマって慎重になっているぞっ!」


 機械帝国軍の追撃部隊は、アーナンケ直掩部隊の動きに惑わされ、動きが鈍くなっていました。


「おっと、ここで直掩部隊が動いた! 両翼に伸びるような艦隊運動です。トクシン和尚の部隊は500隻弱ですから、広がりすぎると艦列が薄くなってしまうぞ! これは、悪手かっ?!」


「いえ、よく見てください。あの運動は左の方に重心をとっているでしょう。わざと進路を開けて、相手の右に誘導しようとしています」


「ここで機械帝国部隊が右に進路を変えて速度をあげました。そこには共生宇宙軍の姿はなく――! あっ、激しい閃光が巻き起こった――!」


「対消滅機雷原に踏み込みましたね」


 誘導された機械帝国軍の進路にはピンポイントで対消滅機雷が仕込まれており、はまり込んだ艦艇の周りで対消滅の華が大量に咲くのです。


「これは大打撃だっ!」


「和尚の老獪さが伺えますね」


 多大なダメージを受けたメカ軍の中には轟沈する艦もあり、相当の被害が発生するのです。


「そこに追撃が入るっ! 狙いをすましての渾身の砲撃だぁぁあぁぁあっ! 横腹を晒した帝国軍にガンマ線レーザーがエッグい角度で突き刺ささった――――!」


「実に良い砲撃ですね。複数の艦艇で共同しながら、敵の指揮艦艇を優先的に叩いています。これは相当の練度がなければできない芸当ですよ」


「あれ? でも、あの部隊は急造部隊だったはず……どうやっているのでしょう?」


「ドンファン・ブバイの僧侶を各艦艇に移乗させたのです。彼らの優れたテレパシー能力を活用して砲撃を加えているのです」


「おお、そんな手が!」


 各艦艇に乗り込んだドンファン・ブバイのバトルモンク達は「常在戦場、見敵必殺ぅ――!」と呪文を唱えながら、「あの艦に集中してくだされ」とか「そうそう、いい感じいい感じ」とか「打てば当たるぞよ」などと砲撃の集中運用をサポートしているのです。


 各艦艇のクルーたちは「おっしゃ、敵艦を喰ったぞ! 射撃の密度がダンチだぜ! 戦の神の坊さんってすげぇな!」などと歓声を上げています。戦果は上々、士気は駄駄上がりですから、ドンファン・ブバイの信者は激増することでしょう。


「すごいですねバトルモンク――あるい意味チートだ! もういっそのこと、共生宇宙軍の艦艇全部にお坊さんを配備したらいいのでは?」


「高位のサイキックであるバトルモンクは数が少ないのです。それにあのレベルで思念波を使い続ければ、すぐに疲弊してしまいます。もって数時間ですよ」


「ははぁ……ここぞというところでしか使えないわけですね」


 ドンファン・ブバイの荒行を成し遂げる事のできる者は少ないのです。ラスカー大佐は「数を増やしましょうよ」と言いましたが、「核融合炉に浸って読経する修行なんてやりたいですか?」と返されました。


「ははは、それは勘弁……さぁ、気を取り直して戦況を見てみましょう。かなり共生宇宙軍が優勢です。このまま勢いに乗って全艦突撃でもやらかすんでしょうか?」


「いえ、ここで一旦仕切り直しです。たぶんここで、実体弾の射撃を行うはずです」


 直掩部隊はガンガンガンガン! と、レールガンからありったけの実体弾を放ちはじめました。


「おっとカークライトさんのよみ通り、直掩部隊はレールガンの射撃を開始しました! あれ? このままだと、弾丸後ろの方に外れてしまうぞっ?!」


「ええ、それでいいのです」


 亜光速の弾丸は、いまだ機雷原にある敵には向かっていなかったのですが、カークライト提督は「問題ない」と言い切りました。


「ほら、射線の先を見てください。新たな艦影が現れているでしょう」


「おお、500隻程度の部隊が雨後の筍のように生えてきた――――そっ、そこにレールガンの弾丸が飛び込むぞ!」


 メカの後続部隊に向けて、亜光速の重量弾が飛び込みました。


「これで後続部隊の速度が落ちます。あれの弾速は亜光速とレーザに比べて遅いのですが、逆にゆっくりと迫るのでボディブローのような効果があるのです」

 

「おおっ本当だっ! 後続部隊の進撃速度が落ちてます! なんてこった、後続があそこに来るのを読み切っていたのかっ!?」


「さすがはベテランですね。ここまで完璧な試合運びです」


「さぁ、試合は中盤戦、直掩部隊の優勢で始まった――! 此処からが勝負どころだっ!」


「和尚様の繰り出す、次の技が楽しみですね」


「ここで一旦CM入りますっ!」


 ラスカー大佐がそう言った次の瞬間、映像がフェードアウトし、「共生宇宙軍はとっても強くて格好良い! 君も共生宇宙軍に入って仲間になろう!」などと、軍服を着た美男美女達が踊り始めます。


「あ、共生宇宙軍軍楽舞踏隊スターミー・ダンサーズだわ」


「これは宇宙軍の入隊広告だな」


 ダンサーズは、共生宇宙軍第一軍楽軍団に所属する軍楽隊員であり、各種族の中から選りすぐられた美男美女で構成され、トップクラスの身体能力を持っています。


「春の入隊希望キャンペーンで、今なら全員に階級章が当たるんだってぇ~~! 応募しなきゃ~~!」


「君はとっくの昔に入隊しているけれど……」


「やだ~~応募したぃ~~!」


 ペトラが駄駄をこねる中、「宇宙軍、春の階級章祭りでは、入隊希望者にもれなく二等兵の階級章が与えられます!」というテロップが流れました。


「ええと、それってただの入隊……?」


「ガーン! 騙された~~!」


 そして動画は軍服を着た美男美女達がライフルを撃ったり、戦艦の主砲トリガーを押し込んだりする場面となり、ドカーン! とした爆発と同時に「勝利のV!」などとダンサーズがVサインを決めると、そこで映像は一時停止になりました。


「ふぅ、でもあれだね、直掩部隊の戦いはたしかに格闘技の試合みたいだったね」


「艦隊戦は軍艦同士の殴り合いだから、そういうものかもしれないわ」


「かなり一方的だったけれど~~!」


 デュークの言う通り、宇宙空間における艦隊戦というものは、レールガンのジャブやガンマ線のストレート、対艦ミサイルのフックなどを用いた格闘技なのです。


「数が少ないのに、こちらが優勢だわ」


「あの指揮官のネコ和尚ってすごい~~!」


「うん、艦隊運動と読みだけで、敵を翻弄してたね」


 艦隊戦とは本来、駒の多いほうが有利なチェスゲームのようなものです。でも、トクシン和尚はその巧妙な手腕と老獪さによって、少数の戦力で相手を完全に翻弄しているのです。カード戦力が少なくとも、それ上手に繰り出すことで主導権を握ることができるという、指揮のお手本のようなものでした。


「バトルモンクの中に、元共生宇宙軍中将のネコがいるって、おばあちゃんから聞いたことがあるわ。多分、あの和尚様がそれなのよ」


「元中将! それって、凄く偉い人だよね~~?」


「カークライト提督の一個上だよね……宇宙軍の偉い人ってさ、カークライト提督もそうだけど、頭がとても良い人達だねぇ」


「確かに――あの人達、艦隊をクルクル運用して、パパッと敵を片付けるものね」


「おつむの出来が違うよぉ~~!」


 カークライト提督の手腕はすでに知っている彼らですが、元中将である和尚も寡兵にもかかわらず多数の敵をあしらっています。


「……どうやったら、ああいう風になれるのかなぁ?」


「デュークは宇宙軍司令官になりたいとか宣言してたよね~~! 勉強するしかないんじゃないのぉ~~?」


「たしか、士官学校ってところで勉強するのよね?」


「すっごい難しい試験を通らないと入れないとこだよぉ~~!」


 ペトラは「共生宇宙軍士官学校試験要項」とか「過去問」といったデータを眺めながら「うっぎゃぁ~~よくからない~~!」と絶叫しました。


「あら、もしかして、デュークは士官学校に行きたいのかしら?」


「うーん、どうだろう……」


 ナワリンの問に、デュークは少し考え込んでから「とにかく今は、目の前のこれを押すことが大事だね」と応えました。


 彼が今なすべきことは、熱を持ったカラダに鞭打つようにして、オーバーブーストを続けることだったからです。

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