第236話 最終防衛ライン その3

 緊急用レバーが引かれると同時に、デュークの艦尾に装備されたブースターに電気信号が送信され、ブースタ内部に10メートルほどの黒々としたコンテナが浮かび上がります。同時に、ブースター内の瞬発式艦外障壁発生装置が起動し、ブースター内に磁場と重力波の流路が形成されました。


 続いてコンテナに搭載された超小型縮退炉が唸りを上げ、重力波による量子力学的な折返し運動が空間そのものに加えられます。高度に計算された数学的な局所操作は別次元の扉を開き、その中で安定貯蔵されていた物体――陽電子と反陽子で構成された反物質が、ほんの一瞬だけ現れるのです。


 そしてその出現先には、通常物質が設置されています。僅かな時間だけとは言え、物質と反物質が同時に存在するということは――――


「ッ――!」 


 物質と反物質が対消滅して膨大なエネルギーを生み出し、瞬間的な加速をデュークに加えるのです。


「アチッアチッ…………このユニット、強力するぎる……」

 

 対消滅の華が咲くたびに、ビシッ! ビシッ! とデュークの艦尾を熱線が叩くのです。ブースタに搭載された艦外障壁が爆発のエネルギーを後方に指向させているのですが、溢れ出るエネルギー輻射は大変なものでした。物質と反物質の対消滅を利用した推進ユニットは核パルス推進の200倍もの効率を持っているのですから、当然というものでしょう。


「そして、こ、この加速……うぐぅ……」


 対消滅ブースターを使用したダッシュはデュークのカラダをメキメキと鳴らすほどのものでした。加速に強い龍骨の民であるデュークですら歯を食いしばらないと大変なことになりそうです。


「か、艦内は大丈夫かな」


 デュークが背中に載せた司令部ユニットは、縮退炉の全力運転による慣性制御が実施されていますが――


 司令部のスタッフは「き、きつい……」「し、死ぬぅ……」などと、うめき声を漏らしていました。共生宇宙軍の軍人は瞬間的に100G加速にすら耐えることが可能なナノマシンを服用し、慣性制御と対Gジェルなどの防護措置に守られているのですが、やはり限界はあるのです。


「う……ぐぅ」


「て、提督、大丈夫ですかっ?!」


 その一人であるカークライト提督もうめき声を上げています。そしてその声は他のクルーよりも弱々しいものになっているのです。


「ぐっ、肺へのジェル浸透が間に合わなかったようだ……」


 体内に浸透する対Gジェルは、肺や内臓を大加速から守るための効果を持っているのですが、カークライト提督は、視界やサイキック能力への影響を考慮し、ギリギリまでその使用を保留していたのです。


「か、加速を止めます!」


 提督のカラダの状況が危機的なものだと考えたデュークは、緊急停止コマンドを打ち込もうとするのですが――


「駄目だ、加速を続けろ。対消滅ブースタによる乱数加速をけ――」


 デュークを制止したカークライト提督は胸を押さえながら「継続せよ」と言いたかったのですが、彼の口から次の言葉が出てくることはありませんでした。


「がはっ……!?」


「て、提督――――っ!」


 カークライト提督の口から出てきたのは真っ赤な血液――宇宙服のヘルメットの中に充填されたジェル状の液体が真っ赤に染め上がりました。


「いかん、メディ―クッ!」


 提督の副官でもあるラスカー大佐が「衛生兵!」と叫びます。強化外骨格を着込んだ高G加速に強い種族の医療兵が提督の元に急行すると「いけません、呼吸器系にダメージを負われています!」と報告を行いました。


「提督っ、やっぱり加速を停止しないとっ!」


「何度も言わせるな、加速維持に傾注。これは命令だっ……」


 カークライト提督は「絶対に止まるな……」と言ってから、ラスカー大佐に顔を向けてこう言います。


「加速パターンは……入力済み、だ。大佐、あとは頼んだぞ」


「任されました! 本艦の指揮を取ります」


 そして提督の意識がスッと落ちました。ラスカー大佐が医療兵に緊急措置を取れと命じたからです。大佐はお茶目なところのあるアライグマですが、一瞬の判断力には定評がある男なのです。


「大佐ぁ! 提督は大丈夫なんですかっ?!」


「意識レベルを落として医療用ナノマシンを全開なら、簡単には死にゃぁせん! ジェルには酸素もはいっとるから、なんとかなる!」


 龍骨を動揺させたデュークが、司令部ユニットがグラリと揺らすのを感じたラスカー大佐は「落ち着け!」とビシリとした声で叱咤するのです。


「で、でも――」


「黙っとれ! 対消滅ブースターの第二弾の時間だ。総員対G防御っ――――!」


 ラスカー大佐が「備えろっ!」と叫びぶと、対消滅ブースターが二度目の爆発的な推進を起こしました


「クッ――――! こら、キッツいな……」


「大佐ぁ! て、敵がメチャクチャな勢いで迫って来ますよ――!?」


「こっちもあっちも加速しているんだから当然だ!」


 敵艦の加速とデューク自身の大加速が合わさりトンデモナイ勢いで飛んでいますが、デュークのカラダは敵陣の中心――同時雷撃を仕掛けようと突っ込んでくる敵の間隙に入るコースに入っていたのです。


「いいぞ、奴らのレーザーは追随できとらん!」


 デュークに向き合った機械帝国の艦艇は、連続的にレーザを照射してくるのですが、ランダムに大加速を繰り返すデュークに対して、効果的な射撃をすることができないのです。


「でも、近づかれたら、光子魚雷で叩かれますっ!」


「気にするな、手はず通りにやればいい!」


「りょ、了解ですっ! ん、ぎぎぎぎっ!」


 ラスカー大佐のコマンドにしたがい、デュークは側面についたスラスタを全開にして軸線を中心とした回転運動を始めました。


「さて、敵の雷撃まで……あと50秒というところか……」


 デュークが十分な回転速度を得たことを確認したラスカー大佐は、敵の進路を見据えながら「ふっ、もっと近づけ、もっと近づけ」と不敵な笑みを漏らしました。


「ふぇぇぇ、笑ってないで指示を下さい!」


「おっとすまんな……よし、ここだ、機関逆進!」


 ラスカー大佐の合図で、デュークは推進器官に装備したバックブラスターを使って、急減速を仕掛けました。


「だめだ、敵との距離、まだまだ詰まります!」


「相対速度がありすぎるからな……。両舷粒子砲、チャージ出来てるな?」


「は、はい! チャージしすぎて、パンパンです。ふぇぇ、敵が来ますよぉ……」


「はっ、減速してもあと40秒で雷撃の必中域だな。提督の言ったとおり練度が高い。恐ろしいほど完璧なタイミングだぜ……」


 半方位の形から、絞り込むようにしてデュークを狙う敵の巡洋艦の突撃は、本当に優れた腕前と言わざるを得ないものでした。もし、これが実戦的な訓練であれば、訓練をコントロールする統裁官は「これ以上の訓練は不要だ。雷撃行動により戦艦は打撃を受け、撃沈された」と判定することでしょう。


「だがこれは訓練じゃない……」


 ラスカー大佐は両手をスリスリさせながら、牙を剥いて肉食獣の笑みを浮かべ――


「スラスタ全開で軸線を中心に回転開始っ! 両舷粒子砲、射角いっぱい! 目標――全周! 撃ちぃ方――――」


 肺を満たす対Gジェルを吐き出すように「始めっ!」と叫びました。


 すると、デュークは龍骨を中心軸に回転を始め、同時に両舷24門の荷電粒子砲――円形の加速器の中で重金属のプラズマを亜光速――光速の10%程度まで加速して投射するビームキャノンが火を吹くのです。


「連続射撃だ――あと30秒射撃を継続しろっ!」


「は、はい!」


 荷電粒子砲に貯められたエネルギーは砲口から継続的に放たれ、巨大な光の筒になっています。そしてデュークの回転が合わせると、ビームは次第に光の渦のような形になって行きました。


「うわぁ、すごい勢いでパワーが減ってく……」


 デュークのお腹にある6つの兵装用縮退炉は、恐ろしいほどのパワーと無尽蔵のエネルギーを供給しますが、それらは直接ビームやレーザーに変換できるものではありません。レーザであればガンマ線発生用のポジトロンカートリッジを作ったり、ビームであれば粒子や電力を加速器とコンデンサに溜め込んだ上で使用する必要がありました。


「エネルギーが急速低下してます!」


 そして莫大なエネルギーを熱線として放つ粒子砲は、凄まじいエネルギーを消費する兵器です。蓄えていた電力と高加速粒子の残量がみるみるうちに半分以下となる光景に、デュークは目を丸くしたのです。


「左舷弾幕薄いよ、なにやってんのっ!」


「き、気合っていっても――――左舷の6門がエネルギー切れ寸前です!」


 デュークの粒子砲や直結するコンデンサの性能にはそれぞれが独立した生体兵装です。そして生体兵装であるがゆえに、ビームのパワーや容量にかなりの違い――右手と左手で握力が違うのと同じようなそれがあったのです。


「あと15秒弾幕を張るんだ、張り続けろ! なんとしてもだ!」


「わ、わかりました! コンデンサにジェネレーターを直結しますっ!」


「やれっ!」


 粒子砲に付随するコンデンサはすでにフル稼働状態です。これにエネルギーを供給するということは、放電しながら充電するということで、普段であれば安全上の問題からできないことです。


「あちち、あちち、バチバチいってるぅ! ぎゃぁ、右舷の1門がオーバーロードで爆発寸前ですぅ――――!」


「気合で耐えろ。気合だ――!」


 デュークは砲についているコンデンサを爆発寸前まで追い込みながら射撃を継続します。それはラスカー大佐が「2・1――射撃終了!」と言うまで続き、「ぎゃっ、右舷第三粒子砲が爆発したぁ……」と、最後は砲門ごと爆発させることになったのです。


「いだだだだだだ……」


「痛いかっ?! だが、よくやったぞ、このビームの密度ならば――――っ!」


 30秒ほども継続された射撃により、デュークの脇腹から投射され続けたビームは巨大な光の渦巻か、巨大な網のように広がっています。


「さぁ、かわせるものなら、かわしてみやがれ!」


 機械帝国の巡洋艦達が慌てて回避行動を取り始めるのですが、戦域を覆い尽くすばかりのビームの網から逃れることはできません。デュークの龍骨には「戦域制圧兵装MAP兵器」というコードが浮かび、「僕のビーム砲って、こんな使い方があったんだなぁ……」と目を丸くしました。


「あ、当たった!」


「よし、直撃だ。装甲を抜いたぞ! 撃破1、大破4――!」


 重粒子ビームの弾幕を数秒でも喰らえば、巡洋艦クラスの艦外障壁で無効化することはできずないのです。そしてデュークの持つ10メートル超級粒子砲から放たれる強力なビームは巡洋艦に大打撃を与えたのです。

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