第35話 初めて見る戦艦

「ははは、こんなに大きな子どもだとは思わなかったぞ」


「存在感だけで押しつぶされる思いだ」


 二人のリクトルヒは、呆れたような思いでデュークの姿を眺めました。


「横向きになれるか?」


「はーい」


 デュークはリクエストに応え、重力スラスタを吹かしてカラダの位置を調整します。そうすると、ツルリンとして、目口や腕の他、目立った構造物がないフネの船体の姿があらわになるのです。


「うーむ、お前さんは、なんのフネなんだ?」


「まだ決まってないんだ」」

 

 プリニウスはデュークの巨体から、どんな種別のフネなのかを判別することができませんでした。デークは「もうしばらくしたら決まるんだって」と説明します。


「とは言え、大きなフネだ。連合の標準戦艦サイズを大きく超えている」


「戦艦? 戦艦ってなに?」


 プリニウスが「戦艦」という単語を口にすると、デュークが初めて聞くそれに反応しました。


「軍艦の中でもとびきりデカイやつだぜ。見たことないのか?」


「うん。見たこと無いよ」


 デュークは、テストベッツには戦艦がいないと言いました。そこでガイウスが何かを思い出します。


「戦艦と言えば、今、この上空にはそれがいるな」


「あ、そうだな」


 ガイウスは白銀の指を上に上げてそう言いました。プリニウスも顔を上げて「コンスルフリートの護衛戦艦がいるぞ」と言いました。


「え、戦艦がお空にいるの?」


 それを聞いたデュークはパタパタとクレーンを振るって、「見たい見たい!」と言いました。


「そうか見たいか……そうだな、ちょっと待てよ――――コード27、こちら執政護衛官プリニウス――」


 興味津々の様子のデュークに、苦笑したプリニウスが、無線を使って上空に向けて交信を始めました。


「マギス少佐、フネの子どもが、戦艦を見たいといってるぜ。ああ、デュークという子どもだよ。ものすごくデッカイやつだ」


 プリニウスはしばらく交信を続けます。そして、彼はおもむろに親指を立てたのです。


「お前が良けりゃ、見学していいってさ」


「ほぉ、良かったな。で入ってくると良い」


 二人のリクトルヒは、デュークに上空へ上がって、戦艦見学に行って来いと言いました。彼らは「それを見るのも勉強ってやつだ」「よく学べ」とも言うのです。


「わーい! じゃ、いってきまーす!」


 二人の後押しを受けたデュークは、期待を龍骨むねに躍らせながらお外へと続く出口へ向かいます。しばらくすると、ドーン! という轟音とともに、デュークは、カタパルトの方から、ズバッとした轟音が鳴りました。


「ははは、でかいフネだが、やはり子どもだなぁ。うん? あ! 約束は守れよガイウス」


「うむ、100メートルどころではなかったからな」


 ガイウスは「お前の勝ちだプリニウス」と言いました。そして彼が紹介する女性とプリニウスの間には、共生知性体連合を揺るがすような人物が産まれる運命にありました。


 自分のカラダの大きさが、歴史を動かした――――この時のデュークはそんな事を知る由もありません。彼はただスルルル――! と重力スラスタを吹かし、マザーの高みへ軽やかに上昇するだけなのです。


「あ、あそこだ!」


 ネストの上空で、上空待機する艦船がシグナルを放っています。デュークはその位置を確かめてから、|ヴォォォォォォン! という重力波の汽笛を使いました。その意味は、「並航許可求む隣にいっていいですか」と言うものです。


 すると、「フォォォォォォン許可する!」と、華やかな返答がデュークの龍骨を震わせました。


「あれ、この感じは……」


 確かな意思が載る汽笛の音色が、デュークの龍骨に気づきを与えています。彼はそれを確かめるために、声の主の姿をはっきりと捉えられう位置へと向かいました。


 すると、デュークの視覚素子に――


「やっぱり龍骨の民同族だ!」


 大きな口、キュルリとした眼を持つ、生きている戦艦の姿が映っています。


「うあぁ、なんて綺麗なフネなんだ!」


 デュークは視覚素子をクリクリと動かし、体長500メートルほどもあるフネのシルエットを眺めました。

 

 フネの外殻が形作るシルエットは、鍛えられた太刀のごとき雰囲気を持ち、艦首は鋭い切っ先を持った刺突剣レイピアの匂いを漂わせています。


 白銀を基調として、透き通るような桃白色ピンクが乗った装甲板が恒星の光の下で輝いていました。フネの側面には共生宇宙軍SSAを示すマークと、連合執政府RIQSの文字が描かれています。


「あれは、砲塔というやつだろうか?「へぇ、あれもカラダの一部なんだね」


 戦艦には、白銀に輝く砲塔が四つ装備されていました。4門の重ガンマ線レーザー砲が、カラダの一部として生えているのです。


 デュークは、生きている戦艦が持つ四つの砲身が天を突くように伸びあがるのを見て、なぜか龍骨がドキッとしました。


「ええと、挨拶しなきゃ……こんにちは、見学に来ました!」


 デュークは、生きている戦艦に向け、挨拶をしました。すると軽やかな電波の声が返ってくるのです。


「あなたが、テストベッツ幼生体ね。連絡は受けているわ」


 楕円形で切れ長の視覚素子がキュルリと動きデュークを見つめます。それはテストベッツネスト製のフネに多い、大きな丸いものとは違っていました。


「私はアームドフラウのマジェスティック。よろしくね」


 戦艦マジェスティックの声は、しっかりとした強さを持ちながら、どこか甘やかな匂いを漂わせています。それは、透き通るようなで柔らかな電波の声なのでした。


 デュークは、これが女の戦艦なんだ! と本能的に理解しました。龍骨の民はシルエットや声色が男女でハッキリと別れているのです。他の氏族のそれもうら若い女性に初めて出会ったデュークは、龍骨が少しドキドキするのを感じました。


「ぼ、僕はデュークです!」


「デュークというのね。それにしても随分と大きな子どもだわ。今の子たちは皆、こうなの?」


 自分よりも大きな子どもの姿を確かめたマギスは、切れ長の眼を見開いて興味深そうに言いました。


「うーん、どうなのかな。テストベッツには子どもの数が少ないし」


「ああ、なるほど。まだ宇宙に出たばかりだし、他のネストの子どもとは、まだ分けられている時期ね」


 マジェスティックは納得したように、そう言うのです。マザーにすむ龍骨の民は、幼生体が大きくなりある程度の分別を持つまで、他のネストの子どもたちと混ぜる事はありません。暴走して衝突したり、喧嘩したりすると困るからです。


「それで、私を見学? 戦艦を見るのは始めてだって聞いたけれど」


「ネストには戦艦がいないから……それがどういうものか知りたかったんだ! ねぇねぇマジェスティックさん。戦艦がどういうフネなのか教えてよ!」


「私のことはマギスと呼んでねデューク。”マジェステイック《威風堂々》って名前はあまり好きじゃないの」


「うん、わかったよマギスさん。じゃぁ――――」


 デュークはそれから、戦艦の事について、「なの? なの? なの?」と尋ね続けました。子供らしい好奇心が乗った質問が、速射砲の様に放たれますが、マギスは丁寧に答えを返してくれました。


「へぇぇ、弩級戦艦とか、装甲艦って呼ばれる艦種の事を、戦艦って言うんだぁ。マギスさんは、どんな戦艦なの?」


「私はね艦型分類で、高速戦艦というものなの」


「高速戦艦?」と、初めて聞く言葉に、デュークは龍骨のコードを確かめました。でも、そこにはなんの情報もないのです。


「あれ? 龍骨の中に情報がないや」


「これは共生知性体連合の新基準だから、あなたの龍骨にはまだ入っていないみたいね。私のような速度を重視したフネのことをそう呼ぶようになったわ」


 マギスは、フネの後部に付いた推進機関ノズルをスラリと伸ばしました。その船足は実に効率がよさそうです。


 デュークは「このフネは間違いなく速いぞ!」と、”韋駄天”の二つ名を持つおじいちゃんを思い出しました。


「あとね。マギスさんは女のフネでしょ。戦艦って女性の方が多いの?」


「半々だと思うわ。でも、私のネストのフネは、ほとんどが女なのよ」


「へぇ、女性ばかりのネストがあるんだ」


 そこで、デュークはマギスを改めて見つめます。彼は若い女性のフネをほとんど見たことはありません――正確にはネイビスがいるのですが、実家でゴロゴロする姿しか見ていないので、あまり意識していませんでした。


 そんな彼の龍骨に、純粋な想いが湧き上がります。彼は大きな眼にポヤァァァとした色を乗せながら、子どもらしい率直さで、それを口にします。


「僕さぁ、こんなに綺麗な女のフネ、始めて見たよ!」


「あら、嬉しいこと言ってくれるわねぇ」


 子どもらしい賛辞を受けたマギスは、切れ長の視覚素子を細め、フフっと軽い笑みを浮かべたのです。

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