第34話 大きな子ども

 元気な様子で本体に戻るデュークの後ろ姿を見つめながら、ガイウスがこう言います。


「さて、デュークはどれほどの大きさだろうか?」


「だから、100メートルぐらいだろ」


「ううむ、大きな宇宙船である龍骨の民ではあるが、子どもだからさ50メートルくらいではないか?」


「んじゃ、賭けをしようぜ。100メートルを超えていたら、お前、従姉妹を紹介してくれよ」


「そんな賭けには――――まぁ良いか」


 ガイウスは「わかった」と言いました。プリニウスは、「はっ! 約束だぜ」と念押しをします。


「この子どものカラダが100メートルを超えていたらだぞ? さて、様々な星の子どもを見てきたが、子どもというものは、どこの星でもあんな感じだな」


「まぁ、子どものいない種族はいるもんだが――人工知性AIとかな」


「いや、AIにも場合によって親子関係があるらしい。首都星にある図書館――ライブラリの管理AIとは、123代目ということだ」


「ほぉ、初耳だ。AIにも子どもがいるんだなぁ――。俺も早く結婚して子どもを――ん? なんだこの揺れは?」


 プリニウス達の足元が振動し始めています。


「あそこだ、壁が動いているぞ!」


 ガイウスが壁を指さすと、発着場の壁面にポコリと穴が開いてゆくのがわかりました。


「なんだあれは? 巨大なハッチか、扉にも見える」


「フネの出入り口かな。あ、デュークが出てくるんじゃないか」

 

 ガイウスが指さした穴は、どんどん大きくなり、直径150メートルほどまでに広がってゆきました。


「むぅ、大きなフネの舳先がでてきたぞ」


「なんてデカい舳先だ! ははは、あれはデュークじゃないよ。遠近感がおかしくなるくらい大きいもの」

 

 隔壁に空いた扉から大きな舳先が入ってきます。それは重力スラスタからズゴゴゴとした重低音を鳴らしながら、発着場に入ってくるのです。


「しかし、巨大だなぁ……」


 プリニウスが赤外線を放つ眼を擦ります。彼の目には映るその舳先は、高さ100メートルはある大きなものでした。そして舳先がぬぅっと進みこむと、船腹がずいっと現れます。


「うわぁ、目測で300メートルもあるぞ」


 ズズズと入ってくるフネのカラダは、300メートルほど超えても後ろの船体が穴のなかに残っていました。

 

「おいおい、まだ後ろがあるぞっ?!」


「500メートル級宇宙船だな」


 山のように大きなフネのカラダはなおも続きがあるようです。


「あれが船尾か? おい、600メートル級スターシップじゃないか。連合の戦艦級の大きさだ」


 600メートルを超えたところで、漸くのことでフネの全容がわかりました。


「老骨船の誰かだろうか? だが、これまでに見たことのない色をしている。しなびていないなぁ、白い外皮をしているぞ」


「む、こちらに来るぞッ!」


 白くて大きなフネが、舵を切ってゆっくりと回頭を始め、舳先をリクトルヒらに向けました。そしてフネは彼らに向かって進み始めるのです。


「うおおおおお! 止まれ、止まれぇ!」


「れ、連合執政府の名において命ずる! そこのフネ止まりなさい!」


 巨大なフネ――数百トンを軽く超えるであろう物体が、自分の方へ寄ってくるのです。たとえ微速前進だったとしても、その威圧感は肝を冷やすに十分でした。


 二人のリクトルヒは慌てて停船命令を放ちます。音波では伝わらないと思って、無線を放ったりもしました。


 大きなフネは速度を落とすのですあが、巨大なカラダは少しずつ前に出てくるのです。


「うぉぉぉ、押しつぶされるぅぅぅ――――!」


「母上、先立つ不幸を……」


 プリニウスが絶叫しました。ガイウスは、死を決した兵士が残す遺言のようなセリフを漏らします。


「しゃ、シャトルは――? 退避、退避させろ!」


 遅まきながらガイウスがシャトルに警告を与えました。彼がコクピットの中をみると、パイロットたちは白くて大きなフネを眺めながら、なにやらおしゃべりをしたり、カメラを回して撮影などしています。


「パイロット共はなにをしてやがる!」


 プリニウスが絶叫すると、シャトルの中のパイロットたちが「ほらほら、前、前」とハンドサインで振り返るように言ってくるのです。


「「う、お……」」


 彼らがクルリと振り向くと、目の前に巨大な船首が迫り壁のように立っていました。巨大なフネが速度を低下させ、彼らの少し手前で一時停止していたのです。


「「お、おおおお、止まったぞ!」」


 ホッとした二人の前で、10メートルほどの視覚素子がパチクリとしていました。それはまるで大きな鏡のような潤んだ瞳で、中にプリニウスとガイウスの姿が映りこんでいます。


 そして、二人を眼の中にいれたフネが、口を開いて声を放ちます。


「これが僕の本体だよ――――!」


 その声はとても大きくて、空気をズゴゴゴと震わせるほどでした。そしてそれは、先ほどまで二人のリクトルヒが話をしていたデュークのものだったのです。


「え? あ、まさか、これがデュークなのかっ⁈」


「こ、これがあの子どもだとっ⁈」


 プリニウスとガイウスは、驚愕の声を上げました。


「「600メートル級の……”子ども”だというのかっ⁈」」


 デュークが初めて異種族に対して見せた本当の姿でした。彼らがビックリする姿に、大きな子どもはちょっと満足げに、ほんのり気恥ずかしげに「はい」と答えました。

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