第161話 時間切れ

 カジカジ、カジカジ――デュークが手にしたなにかを齧っていました。


「お前、何を喰っとるんだ?」


「砲弾の破片ですよ」


「砲弾の破片……だと?」


「あれ、食べちゃだめでしたか?」


 戦車砲弾の破片を食るデュークにコング大尉は「いや、別に構わんが……うまいのか?」と尋ねます。


「美味しいですよ! カジカジ、カジカジ。タングステンのパウダーを火で炙って下拵えしたものに、銅をパラリのニッケルもパラリ――そしたら、お鍋に入れてじっくりと固まるまで、煮込んだものですね! そんでもって、高速度でまな板遺跡に叩きつけてあるから――――なんとも言えない独特の旨味があって、それでいてしつこくなく――カジカジ」


「そ、そうか……」


 まるで料理をするようにタングステン加工について解説するどこぞのグルマンのような表現を表したデュークに、コング大尉は「ふごっ…………」と鼻の穴を丸くして呆れました。


「破裂したとはいえ、弾頭って物凄く硬いのよ? 龍骨の民はやっぱり凄い歯を持っているのねぇ――」


 ワインダー少尉が、シャシャシャ! と鋭い牙を見せて笑いながら続けます。


「――――もしかしたら、あの物体も齧れるかもしれないわねぇ?」


「あれかぁ……」


 デュークが、遺跡の黒い表面を見つめて、ちょいとばかり興味を示したその時でした。防護服を着込んで作業をしていた者の一人がやってきて、デュークらの前でこう言います。


「それはやめておいたほうがいい。あれの強度は、カテゴリ9ないしは10の極めて強固なものだからね。君たち龍骨の民の歯は良くて7程度だから、それこそ歯が立たないだろう」


 頭を完全に覆ったマスクの中から、くぐもった声が漏れました。それに対して、コング大尉は「ああ、博士」と、防護服の人物に敬礼をしました。


「この方が、遺跡調査隊のボスであるアローカ博士だ。で、博士、結果はどうでしたか? 戦車砲弾まで使ったわけですが……」


「いや、成功だよ。砕け散った戦車砲弾の破片から計算するに、運動エネルギーをも吸収している。実験データはカテゴリ9以上を示している。ま、想定内ということだ」

 

 コング大尉は「失敗」と言う言葉を飲み込んだのですが、アローカ博士は、ながながとした説明の最後に、”想定内”であることを強調しました。


「カテゴリってなんだろう?」


「えっとね、連合基準の素材強度ね。9って言うと、相当なものね」


 デュークが素朴な疑問に対して、ワインダー少尉が答えました。そんな彼らに気づいたように博士はこのように話します。


「ふむ、そこなヘビのお嬢さんの言うとおり、カテゴリ9といえば、縮退炉のブランケットと同レベルの物質――超高圧状況、例えば巨大ガス惑星ないしは恒星の中で鍛造されるものなのだ」


 アローカ博士は、こうも続けます。


「これは、縮退炉技術の肝でもあってな、とてもコストがかかり、それ以上に手間のかかる代物なのだ。ああ、君のような龍骨の民は、産まれたときから持っているのだがね」


「あ、僕たちの心臓もそうなんだ! なんとなーく、そんな感じはしていましたけれど。へぇ~~!」


「おぃ、お前自分のカラダのことなんだぞ」


 デュークは素直に、「へぇ!」と感心するのですが、コング大尉は「その程度の認識なのか」というほどに突っ込みをいれました。


「なぁに、しかたあるまい――――大尉、君は自分のカラダの中、例えば内臓がどのように構成され、どのように成長し、どのように動いているか理解しているのかね? カラダの中身なんて手術でもしなければ、わからんのだよ」


「う、たしかにそう言われると…………」


 たしかに、どんな生き物も、自分のカラダの中のことについてわかっているようで、わかっていないのです。それは、ほとんどの種族がそうなのです。


「まぁ、大尉の様な種族の作りだと、カラダをばらしてまた組み立てるなんてことは出来ないからな。私や龍骨の民のような機械的生命体でないと、な。ははは」


「へぇ、機械的生命体……ところで、博士はどちらの種族なんですか?」


 博士は自分のことを機械的生命体と言いました。でも、防毒面を被った中身はよく見えないので、デュークは率直に尋ねました。


「ああ――」


 博士は、おもむろに防護マスクを外しました。すると、中から標準的なヒューマノイドの面が姿を現しました。


 その顔は、固くつるりとした白銀の材質で構成されています。輪郭は丸みを帯びていて、デュークの龍骨はこの人は、女性だと即座に判別できました。


 眼鏡を掛けた奥には紅い目――赤外線を放っているのがわかります。デュークは執政官の護衛や、スノーウインドの館で見かけたメイドのことを思い出しました。


「あ、リクトルヒなんだ」


「そう、私はリクトルヒのコンナ・アローカ、共生知性体シンビオシス連合大学の教授である」


 アローカ博士は、顔に掛けた眼鏡をクイっと上げながら、そう告げました。


「リクトルヒの偉い学者さんかぁ……執政官の護衛とか、執政官のメイドさんとかばかりじゃないんだ」


「ああ、それらは、戦闘型機械やら給仕型機械の血筋を引いている者たちだな。だが、私みたいな学者型の一族もいるのだよ」


 博士はまた顔に掛かる眼鏡をクイっと持ち上げながらそういいました。


「へぇ、そうなんだ。ところで、博士、この遺跡って一体なんなんですか?」


「上代の遺跡……とても古いものだとしかわからんな。似たようなものが、いくつか見つかっているが、まったく反応を示さないということしか分かっていないのだ。ま、僅かだがサンプルも取れたことだし、調査は切り上げだな」


 博士は黒々とした穴に見える上代の遺跡を見上げながらそう言いました。


「採掘をするにも、運び込めた重機では、限界があるし。輸送手段がない。それに――」


「――残り時間がありませんからな」


 アローカ博士の言葉をコング大尉が引き継ぎました。


「残り時間? なんのことですか?」


「デュークお前、艦隊司令部から聞いていないのか?」


「えっと、この惑星で1週間ほど泥に塗れてこいとしか。艦隊の事務官は、近場で陸戦課程の単位取得ができるのが、ここしかないって言ってましたし」


「なんだそりゃ、まったくいい加減な命令だな……まぁ、それはそれとしてだな――恒星間危険レベルって知っているだろう?」


 コング大尉は呆れ顔をしながら、尋ねました。


「ええ、不安定な恒星があったり、空間異常があったり、レベルが上がるほど危険なところになるんですよね? 確かこの恒星系のレベルは4でしたね」


 デュークは副脳に収めた恒星系の危険度のデータを引き出しました。それは第四艦隊を離れる際にもらったものです。


 それを聞いたアローカ博士は、眼鏡をクイっと上げて、こう言います。


「その情報はちょっと古い。この恒星系の危険度は、すでに2に上がっている。5年ほど前、近傍恒星の一つが超新星爆発を起こしているから――この恒星系は、数カ月後には消滅するのだよ」


「ふぇぇぇっ?!」


 アローカ博士は、重大なことを、事も無げに口にしました。そしてデュークは、突然のことに随分と驚いたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る