第162話 異変

「総員乗船完了!」


「主機、補機正常――星系外縁部へ向けて噴射準備完了!」


 共生宇宙軍揚陸艦と共生知性体連合大学所属の輸送艦が、遺跡の有る惑星の軌道上から離れる準備を進めていました。


「僕らも準備しないとね」


 その後方で、デューク達が縮退炉を温めていました。縮退炉が物質を取り込み始め、膨大なエネルギーが産まれ始めます。


 さて、この時デュークは縮退炉を温めながら、微量なタキオン粒子――光よりも早く進む特殊な粒子を検知していました。それは強大なエネルギー超新星爆発が発生した際、その前兆として届くものです。


「先行するタキオン粒子か。これは超新星爆発のエネルギーが届く前兆なんだよね。あの星の寿命もあと僅かなんだなぁ。あの虫たちも巻き込まれるんだなぁ」


 加速をしながらデュークは、眼科にある荒涼とした大地しか持たない惑星を眺めて、微妙な感情をいだきます。その惑星は、近傍恒星系で生じた超新星爆発の影響を受けて崩壊する運命にあったのです。


 デュークは荒涼とした惑星でしぶとく生きている虫たちを思い出してもいます。彼にとって、それほど好きな生き物でもありませんでしたが、惑星と共に絶滅する運命にある生き物を思うと、ちょっと悲しくなるのです。


 そのようにデュークが感傷的な気持ちでいると――


「よっしゃ! 超新星、偉い! 星ごと虫どもを焼き尽くせ――――!」


 ナワリンがギラギラとした目をしながら絶叫しました。その目は少しばかり狂気をはらんでいるような色を持っていました。


「ひひひ、燃えろ~~燃えろ~~燃えろ~~」!


 ペトラは胡乱げな目をしながら、亡霊にとりつかれたような声で少しばかり不気味笑みを浮かべて、そう言いました。


「よっぽどあの虫が嫌いになったんだね…………」


「当たり前よ! 黒くてテカテカしたシルエットで、群れになってカサコソとこっちの方に近づいて来るのよ――もう最悪!」


「触覚とか脚がワシャワシャと動くのが、生理的にもうダメ~~~~! あと、すごくヌメってるし~~~~龍骨がまだゾクゾクしてきた~~!」


 ナワリン達は「害獣なんて大っきらい!」と、口をそろえるのでした。


「そうだけどさぁ、星ごと絶滅してしまうっていうのは、ちょっと可哀想な気がするんだよねぇ。ほら、一寸の虫にも五分の魂って言葉があるじゃない」


 デュークが、龍骨の中から「どんな生き物でも生きているんだよ」という意味の言葉を引き出すのですが――


「あんたバカァ?! あれは害獣なのよ! セイフティがなければ、私が主砲で星ごと焼き払ってやるところなのよ!」


「ナワリン~~NBC兵器のほうが効き目が有ると思うよ~~!」


 ナワリンも、ペトラも惑星を眺めて、また物騒なことを考えていました。


「はぁ……だから、それはご法度だって………………ん?」


 デュークが盛大な排気ため息を漏らしていると、惑星の大地の色が変化していることに気づきました。


「何だこれは、地殻変動か何かな? 至るところで何かが吹き出しているように見えるなぁ」


 惑星の至るところで、なにやら黒っぽいものが吹き出しているのです。


「もしかして、あれって、あの虫かな?」


 デュークが視覚素子をズームさせると、惑星の地下から、おびただしい数の虫達が飛び出る光景を捉えていました。


「げぇぇぇぇぇ、惑星中で這い出てきてるわ――⁉ こ、高度を上げてる――――! 飛べたんだあの虫! きゃぁ~~~~! 加速してる~~!」


「ひぃぃぃ~~~~バタバタって羽音がここまで聞こえる感じがするぅ~~!」


 虫たちは群れをなして移動を開始したようです。その光景は、調査隊が乗る輸送艦でも見えているらしく、アローカ博士からこのような通信が入りました。


「惑星上でなんらかの異常事態が発生している。君らの方でも視覚素子で捉えているだろう。念の為、詳細な観測データを取ってくれ」


「げ、あれを観測って……最低……」


「いやぁ~~~~デュークに任せた~~~~!」


 ナワリンとペトラは、バイザーを下ろして、クレーンで艦首を覆いました。


「はぁ、まぁ仕方がないな」


 デュークがさらに視覚素子を調整して、惑星上の虫たちを観測し始めます。すると、惑星中で発生した虫の群れはとある一点を目指して飛び続けているのに気づきました。


「へぇ、どこかに集まっている……あの方角は……あの遺跡のあったところだな」


 虫達は、遺跡のあった地点を目指してどんどんと集まってきました。


「なにが起こって――――うっ?!」


 突然、ドォォォンとした重力波が伝わって来ました。


「い、遺跡が出てきた! 博士――――! 遺跡が動いています――――!」


 1キロ四方の黒い箱が地表を突き破って、ブワリと空中に浮かび上がって来ました。これまで何も反応を見せなかった黒い遺跡がいきなり動き出したので、デュークは大変驚きました。


「こちらでも確認した。興味深い、あれは重力制御で動いているようだ。表面が濡れているように見えるが」


「あ、そう言えば、あの箱の表面って、完全無欠の黒だったな」


 デュークがおかしいなぁと視覚素子をズームさせると――


「…………うん、なんとなくそんな気がしてた」


 デュークが龍骨を一つ震わせてから、ポツリとこう言います。


「しがみついているね。大量に……」


「「聞きたくない――! 聞きたくない~~~~!」」


 ナワリン達は、デュークのセリフを聞かなかったことにしましたが、黒い遺跡はほぼ完全に光を吸収するものでしたが、一面テカテカとした色に覆われていたのです。


「「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ――――!」」


「ズームしなければ、ただの黒い箱みたいなものだけどねぇ」


 デュークは耐性が出来たようでとんでもない物体を、落ち着いて観察を続けています。そんな中、ズォォォォォォォン! とした響きが黒い遺跡から放たれました。


「おや、これは……それも超空間振動だ!」


 ゴォン! という響きとともに、空間が歪み、超空間への入り口が形成され始め――


「あっ!」


 ――っと言うまもなく、惑星上にあったはずの黒い遺跡と虫たちは、かき消えたのです。


「博士! 遺跡が消えました――――! 一体全体、どうなっているんですかっ?!」


 デュークは観測データを伝達しながら、アローカ博士にたずねました。副脳を通して即座に回答が返ってきます。


「ふぅむ、観測データからみるに、黒い遺跡は超空間発生装置――それも航路を作り出すものだ」


「超空間航路発生装置――へぇぇ、そんな機能があったのかぁ。でも、なぜ動き出したんだろう?」


「超新星爆発のタキオン粒子の影響で活性化した――危険を察知して転移したのだろう。状況から推論するにそう考えるのが妥当だな。ふむ、タキオン粒子ならば干渉できるのか……ふむ」


「自律型の移動装置みたいなものなのか……ということは、あの虫たちも……」


「君の考えて居るとおりだ。遺跡の起動に合わせて集まって来たところを見ると、それを知っていた――いや、知性のない虫にすぎんから、本能的なプログラムのようなものか。もしかしたらあれらも、上代の先人たちの遺産なのかもしらん」


 アローカ博士は、「ふむり」と顎を撫でさすりました。


「へぇぇぇぇ」


 デュークは、上代の頃からしぶとく生き残る生物のたくましさに感心するのでした。

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