第143話 捕食行動

「後部倉庫で火災発生――隔壁閉鎖っ!」


 火災を検知したナワリンが、高速艇内を仕分けるハッチを全て閉めました。この機体は軍用なので、ただの火災であれば、倉庫の中身が焼けるだけで済むでしょう。


「中身、中身、中身! デュークはどうするのぉ~~⁈」


「活動体は、本体に近い素材だから問題ないはずよ! あと、あの繭は保護膜みたいなものだから――」


 ナワリンは、少し焦げる位で済むでしょと言いました。龍骨の民は、レーザーやビームの高温で焼かれたとしても、「痛てて……」位で済む装甲板を持っているから、彼女の言う通りです。


「騒がしいと思ったら、火災かね? 原因はなんだ、自動消火装置はどうしたのだ?」


 端末を操作していたメリノーが、状況を尋ねました。高速艇についている消火装置は、軍用の高性能なもののはずです。


「作動中だけど、なぜかしら? 温度が下がらないわ……」


 突如発生した火災に、消火装置が自動的に作動していると表示されているのですが、火災の原因は、それをものともせずに燃え盛っているようです。


「ふむぅ……温度は500度を超えて上昇中か、内装やらは全部だめになっているだろう。だが、隔壁で防護すれば問題なかろう。問題は、原因だが……おっとっ⁈」


 突然、どーん! と高速艇が揺れました。メリノーは座席の手すりを掴んで、踏みとどまります。


「な、なにがおきたんだね⁈」


「破壊警報~~倉庫につながる隔壁に穴が開いたみたいぃ~~。ええと……これは倉庫内からの衝撃による、だって~~」


 機内の状況をモニターしたペトラは、隔壁が何者かの手によって壊されたことを確認しました。


「何者かな~~? ポチッとな!」


 ペトラが何者の姿を捉えようと、通路に仕込まれている監視カメラスイッチをいれました。


「あら、倉庫からなにか出てくるぅ~~!」


 ハッチから、なにやら白い物体がポコリと現れました。それは丸みを帯びたもので、ハッチの隙間をこじ開けるようにして、通路に侵入しようとするのですが――


 ノソノソ……ギギギ……モゾモゾ……クテン。何者かはハッチの隙間に挟まって、動きが取れなくなりました。ナワリンは、気が抜けたようなそれに向けて、カメラをズームします。


「なによこれ、これって、デュークの繭じゃない……」


「あ、ホントだァ~~!」


 倉庫から出てきたのは、デュークを包むコクーンでした。白い保護膜のようなそれは、倉庫の床に張り付いていたはずなのに、倉庫のハッチまで移動していたのです。


「確かに、おフネさんの繭のようじゃなァ。眠っとたんじゃないのかのぉ?」


「ほぉ、繭化した状態で動く――そんな記録はあったかな? 活動体内のナノマシンのせいだと思うが、なかなかに興味深い現象だ」


 メリノーは、データを検索し始めますが、執政府の記録にもそんなっものはありませんでした。


「ほっほっほ、卵生の生き物が、タマゴのまま動いているようなものじゃのぉ」


「ああ、そういう生物がいますよ、タマゴ星人というのが。どこだったかな、確か辺境の第110セクターの原住民に――」


 ――などと、大人たちが呑気に話をしているのを尻目に、ナワリン達は、ハッチの隙間に詰まりながらジタバタした後に、力なくクテンとしている繭を見て、呆れたような目つきをしていました。


「繭のまま動くなんて、”変”だわ!」


「寝ているわけだしね。不思議ぃ~~!」


 本来、繭化した龍骨の民は起きるまで床で固まって眠りについて動かないものでした。繭のまま動くというのは、龍骨の民にとっても、変なのでした。


「火災の原因もコイツね……中身は相当の熱を持っているわ。しかし火事が起こる位の熱を出すなんて……」


 ナワリンが赤外線センサのデータを見ると、繭の中は随分と高い温度になっていました。倉庫を燃やした時よりは、幾分下がっているようですが、まだ300度程度はあります。軍用の不燃性素材で出来た高速艇でなければ、通路まで火災が広がっていたことでしょう。


「成長期再びってことかしらね」


「そうだね~~カラダの中のナノマシンさんが『もっと熱くなれよっ!』って言ってるんだよねぇ~~燃えろ~~!」


 ペトラが冗談めかして言いました。


「なによそれ、ナノマシンと話なんてしたこともないわ」


「私あるよ~~~~昔は『お前は船だっ!』っていってたのに、最近は『アレは、嘘だ。やはり、お前は艦だ! すまんな』って言ってるの~~」


「マジっ⁈」


「えへへ、冗談だよ~~」


 ペトラは冗談だというのですが、龍骨の民のカラダにいるナノマシンも、彼らの細胞の一つなので、もしかしたらそんなことを言っているかもしれません。


「でもさぁ、デュークはどうしたんだろね~~?」


「寝ぼけているのかしら……あっ?!」


 モニタのなかで、白い繭がモゾモゾと動き始めるのが分かります。


「再起動~~!」


 ペトラが吐き出した科白のとおり、白い繭は何かを思い出したように再びジタバタとし始めるのです。


「んもぅ、おとなしく寝てればいいのに……」


 ナワリンがぼやいたときでした。繭の動きに対抗していた隔壁が歪み、バキッ! というほどに、壊れたのです。


「うそッ!? ……かなりの強度があるはずなのに」


「ほーん、おフネさんは、凄いパワーを持っているのぉ。穴をあけたのものこの繭じゃないのか?」


 岩石種族のトックスは、随分と感心した様子でそれを眺めました。


「……うっ!」


 呆然と眺めていたナワリンが、さらなる繭の動きに気づきます。繭がズルズルと動いて、床に落ちた壊れ果てた隔壁に乗り上げたのです。そしてモグモグ――壊れた隔壁、つまり金属の塊を食べ始めたのです。


「ほぉ、おフネさん達は、本当になんでも食べるんだのぉ」


 しばらくすると、繭は金属片をあらかた食べ終えます。そして繭は通路をノソノソと這いずり始めます。それはまるで、蛇のように蛇行しながら移動するのです。そして移動は、通路の途中にある機材を食べながらの物でした。


「あはは、デュークたら、随分お腹が空いているのね~~~~!」


 ペトラが繭の姿を眺めて、愉快気に笑いました。


「あ、いけない、カメラに気づかれたわ」


 まるまっちい繭は、天井についていたカメラに気づいたようです。そしてグググッと近づき、「なんだろ、これ?」というほどに震えると――


「…………」


 ――そこで、映像がふっつりと途切れました。


「あ、カメラが食べられたぁ~~! 南無~~」


「おのれは害獣か――!」


 あわれなカメラはデュークの胃袋の中に納まったようです。金属まで食べるネズミの如く、デュークの繭はなんでも食べながら通路を進み始めたのです。


「他の部屋にあるセンサは生きているわよね?」


「振動を検知しているよ~~彼、エンジンルームの方に行くみたい!」


 さらなるご飯を求めて、デュークが動き出したのです。

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