第144話 不足している

「デュークが高速艇を壊しちゃったの」


「博士ごめんね~~」


「ふむ……」


 共生宇宙軍の根拠地—―ドクトル・グラヴィティの研究室で、ナワリンたちがデュークの繭が行った破壊活動について説明していました。


 博士はあまり手入れのされていない白髪を撫でつけ、懐からパイプとタバコ葉を取り出しながら、このように言いました。


「まぁ、高速艇などいくらでも修理できるからな。それよりも、だ」


 博士は手慣れた手つきでタバコの葉をもみしだき、ほぐされたタバコの葉をつまんで、数回に分けながらパイプに詰め始めます。彼はその作業をしながら、「なにがあったか教えてくれんか?」と言いました。


「まず倉庫で火災が発生したのよ」


「ふむ……」


 ドクトルは、一つ頷くと、古めかしい点火剤――マッチを取り出し、パイプの中に差し入れました。ブスブスとした音が鳴って、タバコに火が付きました。


「それで、隔壁を閉鎖したのだけれど、ドン! って大きな音がして。倉庫の気密が敗れたのよ」


「そしたらね、カメラにデュークの繭が映ったの」


「ほぉ、繭が動いていたのかね?」


 博士は、右手に持ったパイプをくわえ、スゥ――と吸い込みました。


「うん! うにょうにょ動いて、手当たり次第に物を取り込んでた~~」


「それで、倉庫から出てくると、エンジンルームに向かったのよ」


 博士はパイプをヒョイと外すと、天井を見上げます。たっぷりと吸い込んだ煙を胚細胞で味わってから、彼は――


「ふぅぅぅ――——」


 ――独特な匂いのする煙を吐きだすのです。博士は口の端を軽く上げて、満足そうな顔を作りました。

 

「なにこの煙……ニコチンとタールを検出――カラダに悪いわよ」


 ナワリンの分光計が有害物質を検出し、”あなたの健康を損ねる恐れがあります”というコードが龍骨に浮かびました。


「タバコは肺のお菓子なのだよ」


 共生知性体連合のこの時代、タバコの害は医療用ナノマシンで相殺できました。良い時代になったものです。


「まぁいいわ、続けるわね……それでアイツ、エンジンをパクついたら、満足したようにまた眠りについたのよ」


「なるほど――その時の繭の形状はこんな感じだったかね?」


 ドクトルはまたパイプを口にして、煙をほおばりました。そして彼は口を独特な形にしてから、ポワンと吐き出します。巧妙な口の技で紡がれた煙は、宙に真ん丸な白い球体を形作りました。


「白い球……ええ、そんな感じで浮かんでたわ」


「ふむ、やはりな……本体も本体なら、活動体もそうなのだろうなぁ」


 そう言ったグラヴィティ博士がパイプを握った右手を振ると、部屋の中に立体映像が広がります。それはどこかの宇宙空間のようでした。


「これは、この根拠地にほど近いところなのだが」


 博士は指に挟んだパイプで、コンコンと座標を指定しました。するとそこには、真っ白な球体が宇宙空間を漂っている姿が現れます。


「これって――もしかして、デュークの繭?」


「その通りだ。ケガもほとんど治ったところで、本体も繭になり眠りについたのだが、突然ウニョン! と、動き出して根拠地から飛び出したのだ」


「ウニョン~~!」


 デュークの本体も繭になりながら、ウニョン! と、動き出したというのです。


「活動体も活動体なら、本体も本体……連動しているのねぇ」


「そうだな、君たちのそれはよくできたアバターだからな。ま、それはそれとして、動き出した繭は根拠地の近くにあった精製済み資源小惑星に向かったのだ」


 白い巨大な繭のそばには、いびつな形をした小惑星が浮かんでいました。


「よほど腹が減っていたのだろう。だがな、100万トン近くも食べるなんてなぁ……いやはやすごい食欲だったぞ」


 デュークの本体を包む繭が、噛り付いた痕跡だと言うのです。もともとは、滑らかな形をしていたと思われる小惑星は、デコボコになっていました。


「いいな~~ボクも食べたい~~」


「ちょっと食べすぎだとおもうけど……うらやましいわぁ」


 ペトラとナワリンは、いびつな形で残っている小惑星を眺めて、喉をゴクリとならすのです。彼らにとっては、美味しそうなご飯に見えるのです。


「ふむ、食べても構わんがね」


「「え、いいの?」」


 グラヴィティ博士は、またプカリと煙を吐き出しながら、フハハと笑いました。


「だが、あれはいつも支給されているマテリアルや燃料と違って、支給品ではないのだ。君たちにも代金を支払ってもらうことになるぞ」


「えええ、お金取るの?」


 軍で支給されるものは基本的に無料ですが、勝手につまみ食いした分はそうではありませんでした。ナワリンたちが騒ぐのをしり目に博士は、また手を振りました。


「軍の工廠で使用するための精錬済み資源小惑星――とても高いのだよ」


 小惑星の画像の上には、”100,000,000Cr”という文字が浮かんでいます。


「デュークが食べてしまった部分の小惑星の値段—―締めて1億クレジットだ!」


「「うわぁ――すごい値段!」」


 平均的な共生知性体の賃金は年額40000クレジット位ですから、1憶クレジットは2500年分くらいになるのです。ナワリンたちは、声をそろえて、嘆息しました。


「こ、これって自腹になるのね……デュークは払えるかしら?」


「お金? えっと~~ボク達っていくら位持ってるんだろ~~?」


「ん――? 龍骨の民の軍艦だからな、普通の種族よりは相当高い給与をもらっているはずだがね」


 龍骨の民はフネとして働くので、その分のお給料が結構入るのです。新兵時代は、月に300クレジットというお小遣い程度のものでしたが、実戦配備されてからは、いろいろと手当てがつくのでした。


 ナワリンたちは手にした軍用手帳をタタン! と操作して、給与を確かめます。


「ええと、給与明細っと、私たちの基本給は一等兵の月額1500クレジットだわね」


「軍艦手当が10万クレジットだってさ~~? 危険手当とかいろいろあるね~~それから辺境でのボーナスが入ってる~~!」


 ペトラはボーナスという項目を眺めて、ワーイ! とクレーンを上げました。彼らは辺境で危険な目にあったので、それなりのボーナスが入っていました。


「戦艦の軍艦手当はもっとあるみたい……月に15万クレジットねぇ。累計で100万クレジットくらい残ってるわ」


 ナワリンは「これって、あんまり意識したことないのよねぇ」などと言いました。彼女は経済観念があまり発達していないのかもしれません。


「じゃぁ、デュークはいくらくらいかな~~?」


「軍艦手当って、個艦差がある見たいだから、私の倍くらいとして――200万クレジットかしら?」


 辺境での危険手当に、賞与もついて、デュークは200万クレジットくらい持ってることがわかりました。これは平均的な共生知性体の年収50年分に相当しますが――


「あと、9800万クレジットたらないわよね……」


 ――全然足らないのです。


「ッ――! し、仕方ないわね、私の貯金を貸してあげるわ」


「ボクのこれも使って~~」


 ナワリンは殊勝な申し出を行い、ペトラは懐から豚の貯金箱を取り出しました。


「合わせて500万クレジットか! 大層な金額だが――」


 博士はプカリと煙を噴き出してから、こういいます。


「――残念、まったく足らないなァ。いやぁ残念だなァ、こうなったらもう――」


 博士は、ドーン! と持っていたパイプを突きつけこういいます。


チャプター11連合破産法の適用だァ!」


「「破産宣告――?! すっご嫌な響きがするぅ――!?」」


 ナワリンとペトラの龍骨に、ふさふさとした毛並みを持つ猫型種族破産裁判所裁判官代理のイメージが現れ、「耳を揃えて全部返すにゃ」と言ったような幻覚が

浮かぶのでした。


 連合破産法――共生知性体連合には高度に進化した経済体制が存在し、龍骨の民もそのくびきから逃れることはできないのです。


 持っている資産をはるかに超える負債を負うと、破産宣告を受け、財産をすべて没収されるのです――そう、この宇宙は世知辛いのです。


「終わりよ――破滅なのよ――! デュークは、身売りドナドナされるのよ?!」


「出荷されちゃう~~~~競売されちゃう~~~~!」


 ナワリンとペトラは仲良く混乱の渦に包まれます。龍骨の民の財産は、給与として支給されたクレジットのほかには、自前のカラダくらいのものでした。


「パーツごとに切り売り――縮退炉のたたき売り――!?」


「せめて、龍骨は残してあげて~~~~!?」


 ナワリンたちはあたふたと慌てました。ライブ映像で映るデュークの入った繭もなぜかブルリと震えます。


「ふぅ――――ワシが買い上げて、軍の研究材料にするのも一興か」


「「え……」」


「ワシぃ、一度龍骨の民をバラバラに解体して、改造してみたかったんだよなぁ」


「「この外道ぅ! あんたの血の色は何色だぁぁ――!」」

 

 ドクトルが血も涙もない言葉を煙とともに吐き出したので、ナワリンたちは声をそろえて怒りました。中継映像に映る白い繭は、なぜかガクガクと激しく振動しているような気がします。


「「博士に、知生体としての心はないの――?! 魂は――?!」」


「そんなもん、ずいぶん前に、科学の神様に売ってしまったよ」


「「それは神様じゃない、悪魔よ――! このマッドサイエンティスト――!」」


「むぅ? それって誉め言葉にしか聞こえんぞ……くっくっく、はっはっは、ひゃっひゃっひゃ!」


 博士は微妙な声色で、笑いの三段活用を行いました。ナワリンたちはドン引きし――虚空に浮かぶ白い繭からは、なぜかオイル冷や汗が漏れていました。


 そして博士は「ふぅ――」と旨そうに煙を吹きだします。そして、ベロ~~ンと舌を出し、ウインクするのでした。


「冗談、冗談。まぁ、軍務中の怪我を治すための経費としておこう」


 グラヴィティ博士がまたパイプを振ると、立体映像に映った1億クレジットの表示がサッ! と消えるのです。小惑星の代金は無事軍の経費で落とせたようです。


「おお、やった~~!」


「博士ありがとう!」


「いや、いや、第五艦隊の経理に回しただけだから」


 博士がやけにリアルな言葉を吐きました。第五艦隊の経理部門は、「治療中の食事代――1億クレジット?!」とびっくり仰天するでしょう。


「さて、ワシとしては、費用よりもあの白い繭の中で起きていることのほうが、気になるのだ……掻っ捌いて中を見てみたいんだがなァ」


「やっぱり、この博士、マッドだわ………………ん?」


 またぞろ危険な博士のセリフにあきれたナワリンが、デュークの繭を映している立体映像に動きがあるのに気づきます。


「また、動き出したよぉ~~」


「小惑星に近づいてゆくわね…………」


「まだ不足なのか、こんな腹ペコさんは初めてだなァ」


 虚空にあるデュークの繭がまた移動を始め、また小惑星をかじり始めたのでした。

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