第四艦隊への臨時派遣

第141話 キノコ野郎?

 デュークが繭化してから数週間が経った頃、数百から数千光年の単位で測られる共生知性体連合の勢力圏――その端の方では、共生宇宙軍の各艦隊が、今日も元気に外敵としのぎを削っています。


 銀河の中心から延びるパーシアス腕、共生知性体連合から見て根本に当たる方向を守備する第四艦隊もその例外ではありませんでした。この艦隊は3万隻もの艦艇で構成されており、いくつかの分艦隊、任務部隊に別れた運用がなされています。


 1000隻ほどで構成される第15任務部隊もその一つでした。部隊の旗艦を務めるケーニッヒティゲルの艦橋では、ひさしのついた軍帽を阿弥陀にかぶり、片目だけを覗かせる一人の男が指揮官席に座っています。


「ぐるぅ……」


 たくましい両腕を腕組みさせ、鼻面から垂れた白いひげをうごめかして唸るのは、ネコ科の猛獣から進化した種族ティグリスです。


 彼の目は黒く縁取られ、そこから丸い青い目が光ります。全身を覆う毛皮は白と黒のストライプをなしているところから、彼がティグリスの中でも珍しい白虎であることがわかります。


 指揮官の名は、ブランキシマ――ブランキシマ・ザ・フラー恐るべき白面の二つ名で呼ばれているティグリスの老将でした。彼はネコ科特有の盲目の集中力で、艦橋に設置されている大型立体スクリーンに顔を向けています。


 そのスクリーン上では、いくつかのプリップ輝点が現れます。


「”対象”が現れました」


 ブランキシマの横には、これもまたトラの頭を持った副官が背筋良く控えています。指揮官よりも小柄なこと、声音が高いことからメスのティグリスのようです。彼女は現れたスクリーン上の光点を突っつき、識別記号がふりました。


「やりおる……予想より早いとはな。それに中央の”対象”はこれまでにないサイズだな……諸元はでているか?」


 白面のブランキシマは、スクリーン上の”デルタ”の記号を振られたフリップを指差しながら、副官に尋ねました。それを受けた女性副官はスッと宙で手を振ります。すると、スクリーン上で”⊿”の記号を振られた”対象”がクローズアップされました。

 

「前哨艦のデータによると、2キロ以上はあるようです」


「以上? ようです、とは?」


 指揮官に伝える情報というものは、正確に――それが副官や参謀の仕事でした。ブランキシマは、自分の副官が無能だとは思っていませんから、咎めるでもない口調で尋ねました。


「電磁波および赤外線探査、前哨艦の測距レーザーを試しましたが、外装の吸収率が高いため、100メートル単位で誤差がでています」


「ふむん……どちらにせよ規格外というやつか」


 軽く鼻息を漏らしたブランキシマが、阿弥陀にかぶった軍帽をかぶり直します。そして、彼が、副官に向けてなにかを指示しようとしたその時です――


「”対象”より入電っ!」


「スピーカーに繋げ……」


 る……


 ル……


  それは歌声にも聞こえましたし、祝詞のようでもあり、呪詛の類にも聞こえるいびつなメッセージでした。


「解析急げっ!」


「今、出ます」


 副官がピッという音とともに、艦橋内に明確な意図を持った音声が流れます。


 増える……


 増える……蔓延る…… 殖える……

 

 満ちる…… 交わる……受精する……


 交配する……受粉する……寄生する……


 食べる……


 それはおぞましい、生への渇望、欲望の現れ――第四艦隊が対峙している、”対象”からのメッセージでした。


「知性を失い、欲望に塗れた生命の末路は悲惨ね」


 副官が、嘆息するように唸り声を上げました。それを横目にしたブランキシマは、なんの感慨も持てないほどに、首を振るのです。


「すでに仕掛けは終わっているのだ。結論は変わらんぞ」


 スクリーン上では、”対象”が列をなして、オレンジ色の警戒色に彩られた空間に侵入する光景が映っています。


「はい、今から減速ないしは回避を行ったとしても、キルゾーンにはまり込むしかありません。前哨艦は退避しています――いつでもいけます」


 副官の言葉を受けたブランキシマの口の端が上がり、剣呑な牙が顕になりました――そう、彼は嗤っているのです。

 

「”対象”が12番戦域に到達します! 10・9・8・7――」


 AIのオペレーターがカウントダウンをコールします。


ガオォォォォォォン点火!」


 ブランキシマがアギトを全開にして、強烈な咆哮を放つのと同時に――

 

 ポッ!

 

 ――と、宇宙に一輪の鮮やかな華が咲くのです。


 開花は二輪三輪、ポポポッ……と、立て続きます。宙域のそこかしこで、激しく、色とりどりに、10、100、1000続きます。


 ボボボボボッ! 連続するそれらはすでに1万を超え、10万のオーダーを超えながらも、いよいよ勢いを増していきました。


「キルゾーンの効率120%を超えています」


 宇宙に咲いた華――第15任務部隊が入念に設置した種まいた自動兵器群です。副官は、目のくらむような光の塊を見据えながら、冷静な報告を行いました。


「典型的な核爆雷はもとより、使い捨ての爆縮レーザー砲、星間ミサイルといったところですが、効果は十分です」


「ふむ、パチパチとよく弾けるものだ――鳳仙花、宇宙そらを燃やして、核の華、といったところだな……よし、足止めはあれで十分だろう、艦隊を――」


 ぐるぅと唸りながら物騒な句を述べたブランキシマでした。対象が減速したところを、隷下の部隊で叩く――それがブランキシマの目論見だったのです。


 彼が、部隊を集結させる指示を出そうとした時でした。副官がやや焦燥を帯びた声で報告します。

 

「ッ――! 対象は加速を続行しています。中央の一番大きなヤツが先頭に立って、突っ切る気です!」


「なにぃ?」


「星系外縁部、突破されました。対象は外惑星に進路を変更、止められません!」


「なんってこった――!」


 と、ブロンキシマが怒りとも驚愕ともつかない、咆哮を上げました。そして――


 る……る……る……る……増える……蔓延る…… 殖える……満ちる…… 交わる……受精する……交配する……受粉する……寄生する……


 食べる……!


 ――と、おぞましい声がケーニッヒティゲルの艦橋を支配するのでした。


 対象と呼ばれた存在たちは、外惑星――その軌道を回る氷の衛星に近づきます。表面近くまで硬化すると、そのカラダから伸びる触手を伸ばして衛星に触れました。


 もぞもぞと蠢くそれは、衛星の表面をえぐり凄まじい勢いで穴を穿ってゆくのです。衛星の表面は、氷の大地になっていましたが、数百メートル下には、液体状の物質が貯まり、圧力に負けて地上にふきあがりました。


 周囲の存在達に数倍する巨大な白きもの、続いて赤い表層を見せるまた大きなもの、そして機敏な動きを見せる青き存在――それらは、衛星の表面を手当たりしだいにゴリゴリと侵食しています。


 侵食――それは比喩表現ではありません。衛星を打ち砕きながら、頭を突っ込み、また打ち砕いては氷の大地を食べ、吹き上がった液体を飲み込んでいるのです。

 

 宇宙を渡って来た”対象”とは、知性を失ったキノコ型寄生繁殖生命体――天体に落着して養分を吸収し、星を食い尽くすまで自己複製を繰り返す生き物です。


 第一種危険生物に指定され、共生知性体連合が手を尽くして排除を試みる知性体にあらざるモノでした。


 それが、星に取り付いたということは――



「――って、設定というか、シチュエーションなんだよね?」


 大型で白い肌を持つ”対象⊿デューク”が、艦首をかしげました。


「そうそう、すっごく危険なんだって~~! よぉ~し、ふっえる~~はびこる~~~~ご飯を食べるぞ~~♪」


「ゴクゴクゴク――くぅぅぅぅぅ、仕事の後の一杯はたまらないわぁ」


 ペトラが、楽しげに歌いながら、嬉しそうに氷を頬張っています。ナワリンは、仕事の後にキンキンに冷えたビールを飲むがごとく、メタンやら硫黄が含まれた水を飲み干していました。


 そう――第四艦隊に派遣されたデュークらは演習に参加していたのです。そしてキノコ型種族の代役として見事に防衛戦を突破――私達はキノコ型生命体なんだぞ! と、衛星にかじりついていたのです。


「でも、勝手に食べちゃっていいのかなぁ……」


 デュークの龍骨には、「この衛星は第四艦隊の資産です」というコードが浮かんでいます。彼は「つまみ食いしてもいいものだろうか?」と悩みました。


「キノコ野郎の真似してるだけだもん~~!」


「無問題よ、突破されるのが悪いのよ」


 ナワリンたちは悪びれもしていません。たしかに状況停止の命令はでていませんから、そういうことをしてもOKなのです。


「これも経験ということか……」


 なんとなく納得したデュークは、「久しぶりの天然物か……キンキンに冷えてるぅ……おお、滋味があふれるよ!」などと、やはり嬉しそうに氷をかじるのでした。


 演習終了の合図を贈り忘れたブロンキシマ指揮官は、衛星の表面に空いた穴ぼこを眺め、「にゃーんしまった」と言ったということです。

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