第291話 天躍の門

「扉が開くぞ」


 円形の扉は幾重にも折り重なった厚さが100メートルもある超硬金属のシールドで覆われていました。それがゴゴゴとした音を立ててながら12のパーツに分かれ扉の紋様の隙間を通るように外側に抜けてゆきます。


「あれは並の戦艦を軽く超えるだけの装甲板でできている」


「へぇ、あれも遺産なのですか?」


 デュークの問にノルチラス少将は「いや、あれは我々が設置したものだ。一種の封印ということだな」と答えてから、こう続けます。


「あ、扉の中は真っ暗だ……全く光を反射していない……ということは」

 

「扉の内部、つまり球体の中は全て件の黒体で占められていると考えられている」


 緩やかに引き抜かれた装甲板の奥には、完全黒体――光電磁波の類を完全に吸収うするという物体が存在していました。となれば、これは古代人が残した遺産なのでしょう。


「でも、中があの黒体で一杯ってことは、扉の中には入れませんよ」


「そうだな」


 そう言ったノルチラスは「大佐、稼働開始」と命じます。すると扉の周囲を遊弋している一隻の軍艦がブン! と唸りを上げ始めます。


「縮退炉を全力稼働させていますね」


「電力を送り込んで、あの紋章――レリーフとも呼ばれる超構造体に干渉しているのだ。あれは完全常温超伝導体でもあるからいくらでも電気を吸い込む」


 紋様にはチューブ状のエネルギーラインが取り付けられており、周囲の軍艦がフルパワーで発生させている電力――惑星一つを賄えるほどの大電力が惜しげもなく投入されていました。


「レリーフが発光しているわね」


 ナワリンの視覚素子は、10メートルはある大きな紋様の一つが光り始めるのを捉えています。


「あ、宇宙船の形が変わってきたよぉ~~!」


「なにかの生き物のように見えるね。ネズミのように見えるなぁ」


 しばらくすると、宇宙船の形をしたレリーフはグニャリと溶けてある種の生き物のようなものに変化しました。


「あれらの紋様は電力を投入すると宇宙船に乗っていた種族の姿に変化するらしい」


 続けて次の軍艦がパワーを上げ始め、「レリーフ2・3・4番へ電力送信」とシーダ大佐が命じると、ほどなくして2つの紋様が激しく光りはじめ、最初の一つと同じようになにかの生き物のようなものに変化しました。それを確認した大佐は「続けて5番投入」と命じます。


「あ、あれは僕たちみたいな宇宙船のレリーフだけど……」


「ええ、光ってるけれども、形が変わらないわ」


「やっぱり、このレリーフは龍骨の民なのかな~~?」


「かもしらん」


 ノルチラス少将は「144個あるこれの内の12個揃えると扉が起動すると言う仕組みのようでな。一種のダイヤルのようなモノと考えられている。正しい組み合わせを選択しないと目的地につながることはできないのだ」と教えました。


「へぇ~~凝った仕組みぃ~~!」


「ダイヤル式とはアナログねぇ」


「確かにアナログだけど……あれ? この組み合わせってもしかして……」


 デュークははそこで演算用副脳を起動させて、144個の中から12個の順列の総数を引き出し「49,633,807,532,904,960,000,000,000?」という大変に大きな数字を引き出しました。


「頭痛くなってくるわね……」


 実のところ、龍骨の民は面倒な計算はカラダの中に仕込まれている副脳で処理しています。そして本当の脳である龍骨には曖昧なところがあるため大きな数字は苦手でした。


「さらにエネルギーを投入する順番もキーとなる。12個の順列の総数をもとの数字に掛け合わせるから、おおよそ24×10の32乗になる」


「ふぇ……それはすごいですね」


 ノルチラス少将は諸元を副脳に入れて、ざっくりとした数字を口にするのですが、桁が多すぎてデュークは「ど、どれくらいの数なんだろ?」と龍骨をねじり、ナワリンは「すごく多いとしかわからないわ」とため息をつき、ペトラは「あはは、まったくわかんない~~!」と


 ノルチラス少将はそんなデューク達に「つまり1000トン分の水に含まれる水素分子の数に近い」と何となく分かるような言葉で説明を加えました。彼は近衛艦隊の指揮官を務めるくらいですから、数字には強いほうなのでしょう。


「ああ、それなら分かります!」


「なんだ、全然少ないね~~!」


「私達なら、一飲みだものね!」


 確かに1000万トンを軽く超えるデューク達にとって1000トン分の水素などタンクの底に残った残滓程度にしか過ぎないのです。


「でも、それだけの組み合わせの中から正しい選択をしなければ起動しないのですよね?」


 24×10の32乗という凄まじい組み合わせの数をどうやって見つけたのかとデュークはいぶかしがります。


「ああ、あちらのゲートに答えが書いてあったのだ。誰が付けたかわからんが、首都星系側の門に連合共通語で順番が記されておる」


 少将は「それをもとに科学者が推論を重ね――ああ、次が最後の船のレリーフだぞ」


 扉を見ると、11個めの踊る宇宙船のレリーフが発光しイヌのような生き物に変化します。


「あとは最後のレリーフですね」


「最後のはワシがエネルギーを送るとしよう」


 そう言った少将はパシュッ! と外部エネルギーラインを飛ばして12個めの紋様に電力を送り始めます。


「最後のは――ブタかしら?」


「牙が生えているから~~イノシシじゃない~~?」


 最後のレリーフがイノシシのような生き物に変化すると、扉の中心にある完全な黒さをもつ物質が波打つような空間のゆらぎを見せ始めました。


「うん? 黒体が歪んでいるな。ということは、見えてるのか」


「うむ、超限回廊が形成されておるのだ」


 しばらくすると歪みを見せた黒体に薄らぼんやりとした白さが現れ、だんだんと黒から灰色そして白いものに変容してゆきます。


「あれは?」


「あちら側の装甲板だ。セキュリティの問題で両方についているのだよ」


「ということは、もう繋がったの? おもったより地味ねぇ」


「そうそう、天翼の門って言うから~~、なんかすっごい風が吹いて~~、光のエフェクトがシュババッ! とかなるかと思ったのに~~、地味ぃ~~!」


 ナワリンとペトラは身も蓋もない感想を漏らすのですが、500メートルもある空間跳躍通路が開口すれば、相当な重力震が発生するはずでした。それが全くと無いということは相当な科学力がこの門には使用されているのです。


「あちらの装甲板が閉じていますけれど、どうすればいいのですか?」


「ワシは手が離せんから、君たちで開けなさい。念視能力者が待機しておるから、扉を叩けば開けてくれる」


 ノルチラス少将は「叩け、されば開かれん」と装甲板をノックするように言うものですから、デュークは「変にアナログだなぁ……」と思いながらも、クレーンを伸ばして装甲板をドンドンドン! と叩く他ありませんでした。

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