第292話 門は開かれた……
「分厚い装甲だなぁ」
デュークが天翼の門を閉じている装甲板を叩きながらぼやきます。それは連合の技術力を惜しげもなくつぎ込んだ超硬圧延無限ハニカム式超純鉄というものであり、デュークの装甲の何倍もあるものでした。
「あら、なんだか叩きがいがある手応えがあって、私は好きよ。ドンドン、カカカッ! ドンドコド――ン! ってな感じだわ」
デュークと一緒になって装甲板を叩くナワリンはクレーンにかかる反動が気に入ったのか、薄い膜を中空の型に張って手やバチでたたいて音を出す打楽器の達人の如くクレーンを振り回します。実のところ、龍骨の民の軍艦というものは分厚い装甲板というものを本能的に好む生き物でした。
「開けろ~~! そこにいるのはわかってるぞぉ~~!」
根っこのところで商船な気質が残っているペトラは、装甲板を叩いているうちに借金とりのご先祖さまの魂が復活したのか「貸した金返せよ~~! はした金なんでしょ~~!」などと、意味不明なセリフを吐き始めています。
とにもかくにも、三隻の龍骨の民が激しく金属を打っているのですから――
「あ、開き始めた」
装甲板の反対側に念視能力者がいたとしても「うるさいなぁ……」とその能力を使わずとも、何がやってきたかはわかるでしょう。だから、すぐに装甲板のロックが解除されて、こちら側と同じようにいくつかのパーツに分離して解放されるのです。
「よしよし、そのまま扉をくぐるのだ。エネルギー消費が馬鹿にならん、早く行くのだ」
手ずからエネルギー供給を行っているノルチラス少将がそう言いました。縮退炉をオーバーヒートさせるほどではありませんが、ブワリとした汗――液体水素が蒸発したものが湧き上がっていますから、かなりの電力を作っています。
「じゃぁ、行ってくるわ。ノルチラスさん、おやつごちそうさまでした!」
「おっちゃん、ありがとね~~! そんじゃレッツラゴー!」
気の早いナワリンとペトラは開口部に潜り込むと、スルッと首都星系側にぬけてゆきます。彼女たちの体高は200メートル程ですから、500メートルの直径を持つ扉を潜るにはなんの問題もありません。
「…………ふぇ」
「ん? なにをしておるデュークよ。サッサとあちらに向かわんか」
二隻が扉をくぐっても、デュークは何かを躊躇うように留まっています。
「いや、よくよく考えたら、この扉……僕には小さいかなって……」
「何を言うとる、お前さんの体高ならギリギリいけるだろうて。戦で装甲板が薄くなったと聞いとるぞ」
共生宇宙軍に所属する艦は、その諸元を正確に把握されています。これは艦政面のことから当然のことであり、龍骨の民といえども例外はありません。
デュークの体高は元々600メートルほどでしたが、連戦の中疲弊して装甲が薄くなっており、パージした砲塔などの外部器官はいまだ回復していませんから、現在のところ体高470メートルほどになっているはずでした。
「でも、補給を受けたから、装甲が戻りつつあるんですよ」
「んん? 確かに少しばかり太ましい気もするがの……」
ノルチラス少将は視覚素子を伸ばすとデュークの体高を正確に探査します。すると――
「おお、なんということだ。装甲厚が回復しとるのか」
「ああ、やっぱり……」
メカロニア戦の後、傷ついたデュークには手厚い補給が施されていました。共生宇宙軍のロジスティクスは十分すぎる以上に優秀なものですから、デュークは潤沢なマテリアルを好きなだけ食べていたのです。
「だが、お前さんの装甲は流体的な装甲だと聞く。テストベッツネストのゴルゴンの叔父さんからだが」
氏族の長老的存在となっているゴルゴンは、テストベッツの400隻ほど現役船に対して定期的に連絡を流しています。デュークの特殊な装甲板のことは、軍が把握しなくとも氏族の中では有名なことだったのです。
「それがその、なんだか、カチコチになっているんですよ。流動性がなくなって、カラダが固くなった感じで……」
「ううむ、大損害をうけた後遺症かもしれんな」
そんなこんなな会話をしていると、潜宙艦カイバットの艦長シーエダ大佐から「あと数分――そろそろエネルギーが枯渇します。扉を維持できません」と報告が入りました。
「ふぇっ、扉がしまるのですか」
「うむ、それにいつまでもエネルギーを注入し続けるわけにもいかん」
未知の遺跡の機能はまだ未解明な部分が多く、必要以上にエネルギーを投入することは危険が伴うのです。
「とりあえず、くぐってみろい。ギリギリいけそうじゃからな」
「そうですか? お腹を引っ込めれば通れる……かなぁ?」
デュークは艦首を突き出して扉の中心をくぐります。そして、お腹に比べて比較的小さくなっている頭はスルッと入り、続けて可能な限り固くなったカラダを動かしてお腹を引っ込めながら扉を潜ろうとするのですが――
「ふぇ……やっぱり……お腹がつっかえました!」
デュークのお腹は天翼の門の直径よりも大きく、見事なまでにガチッとそれにはまり込むのです。
「まったく、なんと太ましい腹をしとるのだ……」
体高500メートルという超巨大戦艦の横綱サイズのポンポンを眺めてノルチラス少将は呆れた思いを口にしました。
普段であればそれは立派な艦体の現れであり、デュークは重武装艦でもありますから、褒められることはあっても恥ずかしいことではありません。でも、ゲイトを通れるか否かという面に置いては、彼のお腹はいささか太すぎるものでした。
「おい、デューク。門が開いているのはあと320秒だぞ、それ以上はエネルギーが保たん。もし無理なら戻れ!」
ノルチラス少将は開口部が形成しているのはのこり数分だと告げ、場合によっては諦めろと言いました。
「それが……その、身動きが……」
「な、なんじゃと?」
扉に食い込むようになっているデュークのカラダは二進も三進も後進も出来ないようです。彼は重力スラスタをフルパワーにしてなんとかカラダを潜り込ませようとするのですが、全く身動きが取れなくなりました。
「通常推進のバーニアと重力スラスタでなんとか、ならんのか?」
「もう使ってます。あちら側からも、引っ張ってもらっているんです!」
先に通路をくぐり抜けたナワリンたちは「なにひっかかってんのよ」とか「いやぁ~~いつもながら見事なお腹だね~~」などと言いながら、クレーンを使って引っ張り上げてくれているのですが、デュークのカラダはやはり身動きが取れませんでした。
「こ、こうなったら、推進器官を使って……」
「こらこら待てい! それはネストの中でプラズマを使うようなものだ」
龍骨の民の推進器官はQプラズマ推進となっており、これを使うと量子的な意味で光速を超えるという速度をもたらす強力なプラズマが発生します。現在デュークがいるのは小惑星の中でもかなり大きなものですが、この内部でプラズマ推進などつかったら、お家の中でマシンガンを撃ちまくるよりも酷いことになるでしょう。
「こ、このままじゃ……」
「扉が閉まったら、前と後ろが泣き別れ、ということになるのぉ」
使い方はともかく、よくわからない原理で空間を繋いでいる門が閉じれば、デュークのお腹は真っ二つになることでしょう。いかな強靭な装甲があるとはいえ、空間ごと切り裂かれたら龍骨だって泣き別れです。
「ふぇっ、ど、ど、どうしたらいいですか――――!」
「ううむ……」
ノルチラス少将の見立てでは、パワーさえあればデュークのカラダは門を潜ることが可能でした。門自体は絶対的な強度を誇る超構造体で出来ていますが、デュークの装甲はそれよりも強度が低いため、
「だが、それは要塞内部に破滅的な被害を及ぼすから司令官としては看過できんの。いや困ったもんじゃなぁ」
「そんな――――?!」
そもそも「ギリいけるだろ」とかなんとか言っていたのは少将なのですから、デュークが「ノルチラスおじさん、なんとかしてくださいよ――!」と叫ぶのも仕方がないことでした。
「ま、
「ふぇ?」
デュークの視覚素子は艦首側にありますが、龍骨の民というものは全身がセンサのようなものであり、装甲板に通電することで電磁波のたぐいは360度キャッチできるのです。
「耳を……」
耳を貸せと言われたデュークは、センサの類を寄せてノルチラス少将に耳を貸すという一種のパッシブ待機モードに入り――――
「さっさといげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「ふぇぇぇぇぇぇ―――――――――ッ!?」
という電波の声を捉えます。それは少将が最大出力で放った電波の声であり、ついでながら威圧感たっぷりの威厳こみの覇気に満ち溢れた、歴戦の勇者だけが放つことのできる脅しでした。
それは聞くものをして身をすくませるだけの圧迫感――デュークの肋殻がキュッとしぼみ、内部構造体がミシリと圧縮され、龍骨さえもヒュンッと縮み上がるほどのものです。
「ふぇっ……威圧の力って、本体にも影響するんだ……」
デュークのお腹がズオッと小さくなっていました。それは門の引っ掛かりが外れるに十分なものであり、デュークのカラダは自由を取り戻すのです。
「ほれ、元に戻る前に早う行け!」
そのようにしてデュークは「また遊びに来いよ――!」とノルチラス少将に送り出されたのです。
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