第293話 修理なる治療

「ふぅ……抜け出たのは良いけれど、ここはどこだろう?」


「係官が言うには、共生宇宙軍の大工廠の中みたいね。私達ここで修理を受けさせてもらえるみたいだわ」


「メンテ、メンテ、メンテだぁ~~!」


 天躍の門の先は、連合首都星系大工廠奥深くに存在する秘密のエリアにつながっていました。長い戦いを経て相当の手傷を負ったデューク以下三隻は工廠でオーバーホールを受けることになるのです。


「まずは傷んだ外部器官を全部取り除けって指示を受けているわ。あちこちボロボロになったものねぇ」


「僕は器官をほとんど排除したけれど、確かにまだ残っているなぁ」


 デューク達の外部生体器官――アンテナやらマストやら砲塔やらは、手酷いダメージが入っていました。これは時間をかければそのままでも回復するのですが、一度バッサリと捨て去って新しい器官を生み出すほうが、性能的には高くなるのです。


「生体器官をパージぃぃぃ~~!」


 ペトラはカラダの外部に飛び出ているアンテナやら砲塔やらを残らず排出します。ナワリンは「カラダになじんでいたのにねぇ」とマストの根本をパキリとへし折りました。龍骨の民は服を脱いだり、爪を切るようにして外部器官を自由に取り除くことができました。


「僕はほとんどパージしてるから、こんなところかな」


 クレーンでカラダの各所を確かめていたデュークは、破壊された多目的格納庫をユニットごとポポン! と排出しました。


「それだけじゃだめよ」


「ふぇ?」


「応急工事をしたところをそのままにすると劣化するよぉ~~」


 激戦のさなか、デュークは砲塔やらなにやらの外部器官を破壊されてほとんど切り捨てた状態でしたが、器官がなくなった跡や装甲の隙間に金属やら強化コンクリやらの充填剤をしこたま詰め込んでいました。


「じゃぁ、工廠の人に取り除いてもら――」


「それだと時間がかかりすぎるわ。私たちで剥がすわよ」


「ペリペリペリィ~~!」


 ナワリンとペトラはクレーンを使ってデュークの充填剤を剥がし始めます。剥離させる方法としてはかなり時間的効率の良い方法ですが、装甲や内部器官に少しばかり食い込んでいるそれを剥がせば――


「いだだだだだだだだあっ!? もっと優しく取ってよ!」


「痛みを覚えるということは、生きている証拠なのじゃない?」


痛みなくして成長なしぃノーペインノーゲイン~~!」


 激痛とはいわないまでも、かさぶたを剥がすような痛みを感じるのは仕方がないことでしょう。


「お、ここ充填剤がものすんごく溜まってるわ。レーザーで焼き切らないと」


「痛いけれど、我慢してぇ~~!」


 ナワリンとペトラは溶断レーザーやら、クレーンの先に付いた超硬ドリルでデュークのカラダに張り付いた充填剤を強引に剥がし続けます。彼女たちは医療艦や工廠艦というフネではありませんが、生まれてこの方それなりの戦闘経験を経たことで、一種の応急処置スキルを得ているのでした。


「しかしあれね、デュークの中ってこうなっているのね」


「生生しいよぉ~~」


 デュークに詰まった充填剤を剥がすと、内部器官がある程度姿を見せるのです。そこには、重ガンマ線レーザーやら対消滅弾頭の直撃を受けてダメージを受けた器官がマザマザと姿を表していました。


「あら、この内部器官ボロボロよ、取れかかっているわ」


「デッカイ弾片が隔壁にぶっささってるよぉ~~!」


「この際、見えるところは全部とっちゃいましょ」


「工廠の人の手間が省けるね~~!」


 ナワリン達は崩壊した内部器官やら、直径10メートルもある重硬タングステンのレールガンの弾丸をメリメリと取り除きます。デュークが「いだだだだだぁ、やめて君たちお医者さんじゃないでしょ!?」と叫びますが、「ほれほれ、ここがええのんかぁ~~!」とか、「大丈夫、死にやしないわ」などと聞き入れません。


「あら、この先は縮退炉があるところかしら? 真っ黒な構造体が見えるわね」


「あ、もしかしてあれってデュークの龍骨かなぁ~~?」


「のぉぉぉぉぉ、そこはやめてぇぇぇぇぇっ?!」


 最も深い傷を負った場所はかなりの深さがあり、デュークの縮退炉を覆うブランケットルームや、龍骨の手前まで達していました。触れるには特殊な技術が必要なデリケート部分なものですから、デュークは「素人が心臓や脳を触らないでぇ――――!?」と絶叫しました。


「そらま、そうよね。危険すぎるもの」


「工廠の人に任せるよぉ~~」


 重要器官の辺りを触るのは、戦場で味方のカラダに入った弾丸を取り除くのとはわけが違います、流石に傷の扱いになれている彼女達もこれに触れることはありませんでした。代わりに工廠のスタッフ――作業艇やらパワードスーツに乗り込んだ彼らがデュークの傷に潜り込み、断片やら劣化した隔壁を注意深く観察しながら溶断してくれます。


 そんなこんで数時間が経つと必要な処置が全て終了、外側の器官は放熱板すらも切り落とされて、つんつるてんの丸裸となりました。


「いやしかし、なんていうか、これって幼生体に戻った気分だなぁ」


 デュークのカラダは真っ白な艦体を表し、コレだけは切り離すことの出来ない口と目をキョロキョロさせています。融解した推進器官は根本からバッサリと外されていますから、只のデッカイ幼生体にも見えなくもありません。


「ていうか、異種族にすれば、これって真っ裸ってやつになるのかしら?」


「装備や武装がないと寂しい感じもするけれど、変な開放感もあるよぉ~~!」


 基本的に龍骨の民に裸という概念はありませんが、外部器官を外された彼らは説明し難い開放感を味わい、ナワリンは「妙に自由な気分になるわね」ペトラなどは「ザ・裸族ぅ~~!」などと意味不明なセリフを吐いています。


「裸………………」


 ナワリンとペトラが生の装甲板だけになってそのシルエットを惜しげもなく晒す姿に、デュークはちょっとばかり気恥ずかしい思いを得ています。デュークの龍骨に潜む古い古いご先祖様の魂が「いやはや、眼福じゃわい」とか「股ぐらがいきり立つ」とか言っていますから、元々龍骨の民には裸という概念があったのかもしれません。


 さて、外部器官をパージした彼らはカラダの中の重力スラスタを応用して目方を図ります。


「私、全重量の8パーセント喪失してるわね。ペトラ、あんたはどれくらい減った?」


「ボクは6パーセントくらいだよぉ~~以外に痩せないものだね~~!」


 龍骨の民は不要となった外部器官と傷ついた内部器官を切り落とされたナワリン達はかなりの重量を失っているはずですが、メカロニア戦中の補給は潤沢なものが維持されており、彼女たちは小惑星をもりもり食べてもいたので体重はそれほど変わっていませんでした。


「で、デュークはどうなの~~? いろんなところを、ほじくり返したから相当減ってるんじゃない~~?」


「ええと………………いや、その……」


 目方を計測していたデュークが口ごもります。


「なによ、歯切れが悪いわね」


「前に測ったときよりも、目方が大きいんだ……」


 大量の外部器官と内部の不要質量を排出したはずのデュークですが、その重量はメカロニア戦の前よりも増えていたのです。


「あ、やっぱりそうなのね。お腹がデブましいものね」


「焼け太りして~~! 悩ましい程の腹回りになってるぅ~~!」


「こ、これは、成長しているんだよ!」


 ツルッとしたデュークのお腹をみるとやはりずいぶんと太ましいものになっているのがわかります。戦の間、旗艦となった彼は最大級の補給を受け続け、戦の後もモリモリご飯を食べていたから当然かもしれません。


 デュークは 「成長なんだ…………多分」と言い訳していますが、本当のところはどうなのかは誰にもわからないことでした。


「はいはい、さっさと次に行くわよ」


「次は温浴だよぉ~~! 温泉だぁ~~!」


「ああ、医療用の温かいプールだね」


 共生宇宙軍大工廠には巨大なプールが存在します。これは龍骨の民やナノマシン製の機関や装甲を持つような生体的宇宙船の治療に使うものでした。デューク達はこれに漬かって戦争で負った傷を癒やすのです。

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