第294話 死せる英雄
「ひぃぃぃぃぃぃ」
カラダにあちこち開いた穴ぼこから温水がドドド! と入り込み、叩き割れた隔壁の隙間や肋殻にできたひび割れに染み込むと、デュークは情けない声を上げてしまいます。
「しみるぅ――――」
龍骨の民は痛覚を軽減したり遮断する機能を持っていますが、デュークの傷は大小無数にあって、痛みの電気信号があちこちから入り、感覚をサポートする副脳が処理しきれていないのですから悲鳴をあげるのも仕方がありません。
「うわっちちち……」
彼の艦体に出来た破口は龍骨にまで達しっていますから、温水がジャブジャブと直接かかり熱を脳みそで直接感じたデュークは「くぅぅぅ」と悲鳴を押し殺しました。生きている宇宙船の龍骨は脳であり背骨でもあり厳重なシーリングがなされているものですが、頭で熱を直接感じればそうなるでしょう。
とはいえ共生宇宙軍の温水はただの水ではありません。それには特製のナノマシンが入り込んでおり、爆発で生じた穴や金属疲労でできたクラックなどを見つけるとシュワシュワと修理を始めるのです。
「今度は、むず痒くなってきたよ……」
ナノマシンは劣化した部分を溶かす機能も持っており、これまでの作業で取り切れていなかったところも時間が経てばあらかたなくなることでしょう。
「…………ふぅ、やっと落ちついてきた」
数分ほどでデュークの痛みも落ち着いて、じんわりとした温水の暖かさが心地よくなってきました。
「はぁ、極楽だわぁ」
「気持ちいいね~~!」
デュークと違って、比較的被害の少ないナワリン達は、最初から気持ちの良い温泉状態でした。彼女たちは「「気持ちE―――!」」などご満悦で、「ババンババン~~!」とか「いい湯だわ、ははん!」とかどこかで聞いたような鼻歌を歌っています。
さて、デューク達が湯船に浸かって30分程すると、工廠指揮官であるドクトル・グラヴィティから通信が入ります。
「お久しぶりです、ドクトル・グラビティ」
「久しぶりだなデューク。派手にやられたな?」
傍から見ていると好々爺な感じのドクトル・グラビティ――科学に魂を売ったマッドなサイエンティストが笑みを浮かべながら、「治療のついでに、魔改造してやろうか?」と決して承諾してはいけない提案をしてきました。
「いえ……それは勘弁してください」
「それは残念だな」
ドクトルは苦笑いしながら「ときにお前さん、巷で随分と話題になっとるなぁ」と言いました。
「ふぇ、一体何のことですか?」
「ん、当の本人が知らんのか?」
そう言ったドクトルは手元の端末でデュークの航海記録をたしかめ「ああ、戦地からここまで、情報機密状態で航行しておったか」と頷きます。
「これは連合内のニュース・トピックをデータ化したものだ。ここ一ヶ月ほどのものをまとめておる」
ドクトルは手持ちのデータをデュークに流し込みます。
「ええと、ニュースとかそういうもののトレンドかぁ。なになに、メカロニアの侵攻、大量の難民発生――」
情報は共生知性体連合に存在する情報ネットワーク上のニュースの傾向を分析したものでした。
「ゴルモア星系の戦い――へぇ、あそこでの戦いってニュースになっていたんですねぇ」
共生宇宙軍は戦時中において高度な情報秘匿措置を取っていますが、民間に公開できる情報は逆に手厚く公開するという事もしています。共生知性体連動では情報統制と情報公開のバランスが絶妙な感じなっていました。
「ほんでもって、とある時点で、あるワードが随分と評判になっとる」
デュークがデータを確かめるとゴルモアの戦いの後から、”デューク・オブ・スノー”とか”白い大戦艦”というような単語がいくつもトレンド入りしているのが分かり
ました。
「ふぇ……これってまさか……」
「お前さんのことだな。よっ、有名人」
ドクトルは口の端を上げて笑うのですが、張本人であるデュークは「ふぇ? Feぇぇぇぇぇ?!」と動揺するのです。
「ま、軍情報から見ても、お前さんはよくやったよ――で、軍がそいつを活用したってわけさね。こいつはあれだ、おまえさん連合英雄を狙えるぞ!」
「連合英雄って、凄いものなのかしら?」
「年金とかついてくるぅ~~?」
連合英雄というキーワードに対してナワリン達は「なにそれ?」とか「それって美味しいの?」とか言うのですが、連合英雄とは共生知性体連合において多大なる貢献をした人物に対して贈られるものであり、軍人においては共生宇宙軍英雄大勲章という形になるものです。
「年金もついてくるし、相当なレベルの勲章だぞ」
「へぇ……連合英雄か……って、ボクがそれをもらえるというのですか?!」
「うん、世論がそれを推しておるからなぁ」
ドクトルはデュークが連合英雄になることは間違いないと言うのです。
「ふぇぇぇ……」
「驚かんでも良い、お前の戦績を見ると、それもそうだなとしか思えなくなる。相当な指揮官の指導があったとしても――お前さん、やはり規格外だな」
連合きってのマッドな――もとい、最も技術的に軍艦というものに詳しいグラヴィティは太鼓判を押しました。でも、彼はこのようなことも言うのです。
「死せる英雄――それがお前さんの役割ということになる」、と。
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