少年期の始まり

第43話 少年戦艦行進曲(マーチ)

 氏族テストベッツのネスト上空に大小様々なフネ達が遊弋しています。それは工作艦、巡航客船、駆逐艦、商船、油槽船、給食艦、救難船、高速輸送艦、伝令艦、哨戒船、軽巡洋艦、病院船、揚陸艦といった老骨船たちでした。


 舳先を揃えて綺麗な円周を描いている彼らの中心で、とても大きな白いフネがカラダに括り付けられた装備を点検しています。少年期を迎えたデュークが旅立ちの準備を進めているのです。


「お弁当箱は持ったかしら? 水筒忘れてない?」


 給食艦タターリアがデュークの横腹を見つめながら「持ち物揃ってる?」と、心配そうな声で尋ねました。


「大丈夫、ちゃんと持ってるよ!」


 デュークは、長距離航行用の飲み物である複合推進剤がたくさん詰まったプロペラントタンク水筒や、タターリアが丹精込めた料理が収まるコンテナお弁当箱を確かめ、「全部持ってる」と答えます。


「進路はわかっているでしょうな?」


「うん! まずは星系外縁部の集結ポイントに行くんだよね」


 ベッカリアが「寄り道は駄目ですぞ」と言ってきたので、デュークは「大丈夫だよ、寄り道なんてしないよ」と答えました。


「デューク……えぐっ……こ、航行中の注意は……確認した……か?」


 高速輸送艦アーレイが嗚咽を漏らしながら問いかけています。彼は始めて子どもを送り出すので、大変感傷的になっていました。


「フネの掟だよね。右舷にフネが見えたらこっちが舵を切らないといけないし、順番を守って無駄な動きはしちゃいけない――何度も確かめたよ!」


「えぐっえぐっ…………大切な事を忘れていない、か……?」


「大丈夫、分かってるって! フネの挨拶だよね!」


 デュークはクレーンの指先を折って航海中のルールを一つ一つ確認してから、「汽笛の調子もいいし、マストに掲げる旗も持ったし、敬礼のやり方も覚えたから」と胸を張りました。アーレイは「そうか、ならばもう言うことは無い、な……くくく……」などと、おいおいと泣き崩れるのです。

 

「おい、デュークよ、コイツを持ってゆけい!」


 オライオは懐から、白く塗装された金属板に金色のいかりが描かれた物を取り出します。


「餞別代わりの錨絵馬じゃ。昔ある女のフネから貰ったもんじゃが、お前にくれてやるわい。こいつを持っておると敵の弾が逸れてゆくという、軍艦にとっては有り難いものなんじゃ」


 絵馬には、航中安全、縮退臨界、龍骨伸長、乱数回避、常在戦場、見敵必殺、恋愛成就などといった軍艦にとって有り難みがある言葉が、小さな文字でたくさん書かれていました。


「へぇ、ご利益がありそうだね。ありがとう!」


「しっかりやるのじゃぞ!」


 オライオは、絵馬を大事に押し頂き格納庫に収めるデュークの背中をバンバンと叩きました。


「縮退炉の調子は良さそうだな。推進器官も落ち着いてきたか」


「うん、定格出力維持してるよ! それに、もう暴走することはないと思うよ」


 工作船ゴルゴンが、デュークのカラダから漏れ出る重力波を確認しながら、「若いからな、多少のことなら大丈夫だろう。だが、無理や無茶はするよ」と言いました。


「分かってる。僕はカラダが大きいし縮退炉が12個もあるから、安全運転を心がけないとね」


「ふむ、お前よりも大きなフネは早々おらんだろうから、相手の方から避けてくれるとは思うが――まぁ、お前の言う通り安全運転に越したことは無いな」


 ゴルゴンはデュークを見つめながら「よしよし良い子だ」と微笑みました。


「おにーちゃん、行っちゃうの? 星の世界ってすごく広いんでしょ? また会えるかなぁ……?」


 宇宙に出始めた幼生体のメーネもデュークの旅立ちに立ち会っていました。


「飛び続けていれば、きっとまた出会えるよ」


 デュークは妹の舳先を軽く撫でながらそう告げました。


 フネの進路は無数にありました。でも、前に進み続ければ、航路はいずれ何処かで交差するのです。デュークは莞爾にっこりと笑って「必ずね」と笑いました。


「皆への挨拶は終わったかな?」


 ゴルゴンが「そろそろ時間だぞ」と言いながら、デュークに尋ねました。


「えっと一通り……でも、ドクじいちゃんがいないよね」


「ああ、着底の間で寝ているからな。今は誰にも会おうとはせん」


 死期を悟った医療船は星に還る準備をしていました。そして彼は「夢は一隻で見る主義でな。邪魔せんでくれ」と言って他のフネを避けています。デュークが声を掛けても「ここはお前が来る所ではないぞ」と連れない言葉を吐いただけでした。


「あそこに居るってことは…………もう出会えないんだね」


 デュークは着底の間で老骨船が横たわるという意味についてぼんやりとではありますが理解し始めていました。彼が龍骨星系に離れた頃には、ドクは星に還っているのです。


「ふむ、それはどうかな……あのフネは別れ際にこう言っていたのだ。龍骨の民が星に還れば、それは先祖の一隻となり、また蘇ることもある――とな」


「それって、龍骨伝承言い伝えってやつ? 本当のことなのかなぁ?」


「私にも分からんよ。だが、お前を見ているとな……古い昔に失われた大きな戦艦が蘇ったと思いたくなるのだ」


鉄の公爵アイアン・デュークの二つ名を持っていた戦艦のことだね。そんなに僕に似ている?」


「ふむ、戦艦とはいえ姿形は全く違うのだが……何故かそう思うのだ。もしかしたら、お前の龍骨には彼の記憶が刻まれているのかもしれん」


 ゴルゴンは「それを知るのはマザーのみだ」と呟きます。デュークは「何も言わない母星だものね」と龍骨の民に伝わる成句のもじりを口にしました。


 そうした会話を続けていると、オライオが「おらおら、皆並べ――――! 並ぶのじゃぁ――――!」と騒ぎ始めます。

 

「時間が押しておるぞ――! 整列、整列じゃぁ!」


 すると、老骨船達はデュークに少し離れたところで、舳先を並べ始めました。ゴルゴンも「では、しっかりやってくるんだぞ」とデュークの背中を軽くたたいて、スルスルと離れていきます。


「よっしゃ揃ったのじゃ! では――――龍骨行進曲ドラゴン・マーチ始めっ!」


 オライオが現役時代を思わせる凛とした声で号令を掛けると、老骨船達はクレーンを打ち鳴らしながら、電波の声を使って歌い始めます。


まもるもべるも大船おおぶねの、戦場いくさばはな頼みなる、金剛ふどうのそのしろ共生きょうせいの、世界せかい全周めぐりまもるべし。熱血あつきそのふね同胞はらからに、あだなすてきを撃ち放て”


 それは龍骨の民に伝わる勇壮な行進曲マーチでした。老骨船たちはしわがれた声を張り上げ、熱を込めて歌い続けます。


航跡ウェーキなびかいくさぶね不折ふせつ龍骨キール宇宙おおぞらへ、星辰ほし狭間はざま跳躍ジャンプして、母星マザー吾子達わこたちよ。燦然さんぜん世界にかじを取り、共生きょうせいの光かがやかせ”


 軍艦となった龍骨の民は、戦いのフネとなるのが宿命でした。


宇宙うみ陽光ひかりに焼かれても、難所なんしょを望んでしずんでも、龍骨伸ばして振り向くな!”


 老いぼれてはいるけれども、大変力強い歌声がデュークの龍骨こころを震わせました。


「振り向くな!」


 その声の通りに、デュークは龍骨を真っ直ぐに伸ばして進み始めます。


ヴォォォォォォォォォォォォォォォォォンいってくるね――――――


 故郷と老骨船に別れを告げた、デュークは新たな世界に進み始めました。老骨船達はそれを涙ながらに送り出します。そのようなフネの送り出し――新しいフネの船出は、マザーのどこかで毎日のように行われている光景です。


 そして物言わぬ母星は、そのことについて何も言うことはありません。デュークも龍骨の民ですからその事は十分理解していました。でも、彼はこの時、懐かしい匂いがする優しげで暖かな声が聞こえたような気がしたのです。


「行ってらっしゃい、必ず還ってくるのよ」――と。

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