第44話 龍骨星系の端で

 龍骨星系システム・キールの中ほどから、銀色を基調とした輝かしい肌を持つ若きフネたちが飛び出してきます。それは真っ新まっさらな外殻を持った少年期のフネ達でした。


 彼らは縮退炉を燃やし、推進器官から推進剤を盛大に吐き出しながら、恒星間宇宙に飛び立つ為に龍骨星系外縁部を目指しています。


 星間外縁部に向かうのは、恒星間を渡るためのジャンプを行うためでした。若い船は跳躍ジャンプの経験がないので、龍骨星系の端で行われる”星の世界への講習会”に参加するのです。


 講習会が行われる宙域には、小惑星を使った管制ステーションが置かれていました。そこでは”早く集まれ”というほどのシグナルが発振され、若いフネたちはそこを目指してきます。


 若いフネ達がステーションの外周にあるホログラムのガイドが敷かれた空間に進むと、龍骨星系では数少ない現役船――フネの先達が待ち受けていました。


「到着した順に並べ、キリキリ動け、若造ども!」


「はーい」


「そこのコンテナ船の坊や、もう少し脇に寄ってくれ!」

 

「ほーい」


 集結した艦船は合計30隻ほどです。彼らは先達の指示にしたがって、大人しく列を作りました。そして定位置に着いたフネ達は、龍骨の民の習性である電波のおしゃべりを始めるのです。


「ウズウズするぜ! 早くジャンプしたいな!」


「うん、早く他の恒星に行きたいね!」


 商船の少年たちが、初めてのジャンプについて話しています。


「星の世界ってどんなところかな~~」


「面白いことが沢山あるといいね~~」

 

 のんびりとした口調で貨客船の女の子達が会話をしています。


「初めての跳躍ジャンプか、不安だよ」


「でも、僕たちは龍骨の民だからね……やるしかないよね!」


 その他の若いフネも、同じようにして龍骨こころを震わせながら、お互いを励ましています。若い船というものの多くは大体こんな感じで、星の世界への旅路を心待ちにするものなのです。でも、少しばかり気色けしきの違うフネもいるようです。


「ううう、行きたくないよぉ~~」


 情けない呻き声を上げているのは、蒼銀の装甲を持つ巡洋艦でした。300メートルを超えるカラダはとても硬そうなもので、剣呑な武装も備えた軍艦が、大変情けない声を上げているのです。


 その姿を見咎めた少年商船が「泣いているのか?」と声を掛けました。


「おネストに帰りたいよぉ~~」


「おいおい、お前それでも軍艦なのか! 気合いれろよ!」


 商船の少年は、巡洋艦にクレーンを伸ばして、外殻をバシバシと叩きます。


「ふぇーん」


 少年商船は励ましたつもりなのですが、蒼き巡洋艦はさらに涙を零すのです。軍艦にしては、いささか情けない姿にすぎました。


「こんなに立派な装甲を持ってる軍艦なのに、お前はガキだな!」


「子どものままで良いよぉ、ネストに戻りたい~~!」


 立派な姿をした巡洋艦は、お家に帰りたいと泣くばかりでした。


 龍骨の民は生きている宇宙船であり、星を飛ぶのが運命とはいえ、まだまだお家が恋しい、離れしたくないという甘えん坊さんもいるのです。まぁ、それは個性の範疇なのかも知れません。


 そんなやり取りを見ていた先達の一隻は、「自分が初めて星の世界に飛び立った時も、こんな感じだったかな? 武者震いで震えていたかも……さすがに泣いてはいなかったよなぁ」などと、昔を思い出して苦笑いを浮かべていました。


 そしてまた1隻、1隻とフネが集まってゆくのです。先達らはその隻数を数えて、そろそろ講習会を始める頃合いかと思いました。


「だが、まだ2隻来ていないぞ……”船”はそろってはいるが」


「そうだな……”艦”が2隻足らない。ベッツとアームドのフがな」


 先達らは各氏族が送ってきた艦船のリストを眺めながら、マザーの方角を眺めました。すると重力波の汽笛が一つ打ち鳴らされるのが聞こえます。


 ゴォォォォォォォォォン!


 大音量にして、大きく震える轟音――それは”遅参スマヌ、ワレ参着スル”というほどの挨拶でした。そして一際ひときわ大きいフネが現れます。それは600メートルを超える巨大なフネでした。


「うわぁ、でっかいぞ! 600メートル超えのフネだ!」


「わぁ、あれは戦艦だね~~!」


「どこのネストのフネだろう? あ、武装する乙女アームドフラウだ。じゃぁ、あれは軍艦の女の子だ!」


 アームド・フラウ武装する乙女のネストは、何故か女性のフネばかりが産まれ、その多くが艦になるという特徴を持っています。


 彼女は体長600メートルを超える巨体に、長砲身のレーザー砲塔を2つばかりを背中に乗せ、ツインテールのようになびかせ、軽やかな機動を見せると、停止位置にさらりとカラダを置きました。


「すっげぇ武装だ!」


 その少女戦艦は、巨大な二本の砲身のほか、多数の兵装がカラダの中に詰まっているのが見て取れます。それは正しく、武装する乙女というべきフネでした。


「大きいなぁ……」


「大きぃねぇ!」


 若いフネ達は、パシ! パシ! パシ! 光信号を焚いて、少女戦艦に挨拶を送りました。彼らの信号には、戦艦というフネに対しての讃辞の色が乗っています。


 そのようなシグナルを受けとった少女は―—


宜候よろしく


 ――大変古式ゆかしい言葉で光信号の返礼を行いました。その音色は実に落ち着いて、しっかりとしたものでした。


「へぇ~カラダが大きいとしっかりしてるんだなぁ」


 周囲からの賛辞を受けても、戦艦の少女は泰然と姿勢を崩しません。それは大型艦にしては実に軽やかで美しい挙動でした。龍骨の先達達もそれを眺めて、このような会話をするのです。


「艦名はナワリン。アームド・フラウの600メートル超級戦艦だな。マジェスティックの二番艦に当たるのだろう」


「ほぉ、それは船の私でも聞いたことがあるぞ」


「だろうな。20歳をちょっと超えたばかりの若造だが、コンスル・フリートに配属された相当のエリートだからな」


「おお、彼女はその年の離れた妹といったところだな。なんにせよ実に頼もしい戦艦だ。共生知体連合もこれで安泰だぞ。はっはっは!」


 船の先達が満面の笑みを浮かべるのですが、軍艦の先達は微妙な表情を浮かべてこう言います。


「さて、中身はどうだろうね?」


「おいおい、あんな大きなカラダを持つのだから、相当のものだろう?」


「ふむ。軍艦と言うやつはな、見た目どおりの奴もそうではない奴もいるんだ」

 

 艦の先達は目には見えないなにかを感じ取るように、艦首を傾げたのです。

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