第45話 故郷の端で哀(かなしみ)を叫んだ少女

 ベテランの艦が何かを感じ取っていたとき、凛然とした立ち振る舞いを見せる少女戦艦の龍骨にはこんな言葉が流れています。


「ふむ、艦は……泣き虫の巡洋艦が一隻だけぇ? 大きさは重巡洋艦というところね。私の露払いにはなるかしら」


 ナワリンは巡洋艦を眺めて、こんなことを思っていました。


「戦艦はいないわねぇ。艦が少ないタイミングがあると聞いたけれど、まぁいいわ」


 彼女は蒼き巡洋艦を切れ長の眼で、チロリと眺めます。その視線に気づいた巡洋艦は、慌てて眼を逸らしました。


「なんで眼をそらすのよ?」


「ひぃぃ、なんでもないよぉ~~」


「あらら、怖がらせたかしら」


 シルエットは随分と――結構綺麗で強そうなカタチをしているのに、龍骨が弱いのねと、ナワリンは思いました。


「私はナワリン、アームドフラウの戦艦よ。あなたは?」


「ボ、ボクはメルチャントの……ぺ、ペーテルだよ~~」


 そう答えた巡洋艦の声色はいささか甲高く、ふわふわとした感じがしました。自分の名前もしっかりと言えない上に、間延びした語尾には芯の強さが見えないのです。


「あんたホントに軍艦なの? 見たところ300メートル級というところね」


「えっと、ボクは――――」


 と、ペーテルが答える前にナワリンは「私は600メートル級なのよ。あんたの二倍ね!」と、艦首をそらしました。


「ボ、ボクの2倍かぁ。凄いね~~!」


 フネの価値は大きさで決まらないのですが、気の弱そうなペーテルは気圧されて追従してしまいます。だからナワリンは、龍骨の中で「ク……クフフ、やはりおばあ様たちが言っていたように、戦艦は軍艦の中でも別格なのね」などと自分の大きさに酔ったようなセリフを吐いたのです。


 他のフネがいなければ、「オーホッホッホ、私はマジェスティック級2番艦、大きくて当然よぉ! 大きいことは良い事よぉぉぉ!」などと大笑いしたかも知れません。


 とまれ彼女のサイズは相当の大きさであり、特別な存在なのだと思っています。産まれた時から80メートルを超えるカラダを持つ幼生体で、彼女を育てた老女達がそのように教えていたので仕方がありません。


(私が一番なの、クフフフフフ)


「笑いの思念波が聞こえるよ~~?」


 彼女は龍骨の中世界の中心で笑います。微弱な思念波を検知したペーテルが不思議そうに尋ねますが、ナワリンはすでに自分の世界に入って、クフフと笑うばかりでした。外からみると、とても悠然として落ち着いた感じがしますけれど、中身は――――ちょっと微妙な娘なのです。


 そしてその様子をベテランの艦が確かに見ていたのです。


「あれは、中身はちと残念な娘かもしれんな。自分のカラダに酔っている。アームドの婆さんども育て方を間違えたな? ふむ、まぁいい、教育のし甲斐があるというものだ」


「そういうものなのか? さて、あと一隻、ベッツのフネがこないんだが」


「ああ、あそこのフネが産まれたのは久しぶりだから準備に手間取っているのやもしれん。しかし遅いな」


 先達らは目を見合わせて、体内時計を確かめました。すでに予定時刻を1時間ほども過ぎています。舳先を並べる若いフネたちもじれったくなってきました。


「まだはじまらないの?」


「一隻到着していないんだってさ」


「まだっすか――! 早く飛びたいんすけど――!」


 ザワザワし始めた彼らを見た先達らが「もう切り上げるか?」「いや、もう少しだけ待とう」「しかしなぁ」「ではあと15分だけ」などと、講習会の開始を検討し始めた時です。


 ヴォン!


 今向かってます! という、ちょっと焦った感じの重力波の汽笛が、随分と遠くから聞こえてきました。


「おや、随分と距離があるのに、よく届く大きな重力波だな」


「推進剤を盛大に吹かして、凄い逆噴射をしているなぁ。おい、しかし速度がなかなか落ちないぞ」


 白い軍艦は大出力でプラズマを吹かして最終制動をかけていますが、中々スピードが落ちません。


 ヴォォォォォォォォォォォンカラダが重いよぉ


「速度を殺しきれんのか?」


「危ないなぁ……」


 ヴォオオオオオオオオオオオオオオオンど~い~て~く~だ~さ~い~! 遅れてやってきたフネが重力波を鳴らして退避勧告を伝えてきました。


「いかんな、退避、退避、退避! 皆少し下がれ!」


 艦の方の先達が指示を出すと、若いフネ達は一斉に距離を取り始めます。


「光学識別―—ああん? なんだ白いフネだぞ」


 優れた光学識別能力を持つ船の先達がつぶやいて「ありゃ幼生体なのか?」と、龍骨をひねります。


「それはない。幼生体では星系外縁部に到達するだけのパワーはないからな。時々いるのだ、珍しい色の軍艦がな。あれがベッツの少年だろう」


 艦の先達の目にもそのフネの姿がはっきりと映り始めます。そして白い装甲を持ったフネは間近に迫り、さらに大きな重力波を放って警告するのです。


 |ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン《どぉぉぉぉぉいぃぃいぃっぃてぇぇぇぇぇぇっ》!


「あわてるな! 進路は開けてあるから、落ち着くのだ!」


「ああ、あそこに場所を開けておいたからな……うむ? って……あ、開いてないぞ。なんでフネが残っているのだ⁈」


 若いフネ達はすでに退避しているから、その先の進路はクリアのはずでした。でも、その先には自分の殻の中でほくそ笑み続けていたナワリンがのんびりと佇んでいます。彼女の目には近づいてくる白いフネが見えていません。


「ば、馬鹿モン。退避しろと言った!」


「お前、早く動け!」


 フネの先達達が泡を食って再度の退避勧告を出すのですが――


「は? 一番大きな私が退避ですって、ありえないわ!」


 ようやく自分の龍骨から出てきたナワリンが、そのように嘯き、チロッと左舷に迫る物体を眺めた時にはすでに遅いのです。


「えっ⁈ ブツカル?」


 ナワリンは、本能的に目を閉じ、艦外障壁を広げました。そして、白いフネが彼女の艦首へむけて斜めに飛び込み―—


 グワァァァァァァァン! ギャリギャリギャリ――! 舳先がぶつかり、バリア同士が火花を上げて盛大に相殺する光景が展開されるのです。


「な、何よ――――っ?!」


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ⁈」


 最終制動と、艦外障壁の効果により、フネ達は軽くコツンと鉢合わせするだけで済みましたが、龍骨には火花が散るような痛みが巻き起こります。


「いたたた……いきなりぶつかって来るなんて!」


「ご、ごめんね。でも、警告はしてたから」


 ナワリンは、痛みを堪えてバシャリと瞼と上げると、目の前に居るフネを視認します。彼女の視覚素子に白く艶々とした肌が写りました。


「白いフネ? 幼生体? ここは子どもが来るところじゃないわよ!」


「ボクはもう幼生体じゃないよ。ほら――」


 艦首を正対させていた白いフネがカラダの向きを変えて行きます。するとナワリンの目に少しずつそのフネの全容が見えてくるのです。


「300メートル級。ふん、平均サイズか、いやまだあるのね400メートルか、まぁまぁのサイズじゃない。あら? まだ全部見えてないは500メートル級ね、私にはかなわないけど……え、600メートル!? ち、違う……まだ推進器官が見えない――700メートル、800メートル、900メェタァ!?」


 白いフネが向きを変えるにつれて、全容がナワリンの視覚素子に飛び込み、龍骨がきしみます。


「1000メートル! 1キロ超えた――――、キィロォォォ――――っ?!」


 全容を確かめたナワリンは、単位系が一桁上のサイズになったところで、言語コードがゲシュタルト崩壊を起こして奇声を放ちました。顎がガコン! と開いて、龍骨は放心状態ストップ・モードに移行するのです。


「……」


「おや、黙ってしまったぞ……大丈夫? 外殻には異常ないみたいだけど」


 デュークは心配そうに、放心状態のナワリンを見つめるのですが、切れ長の眼には虚ろな色しか見えませんでした。その眼を見たデュークは本能的に「あ、このフネ、女の子だ」と気づくのです。


「ねぇ大丈夫?」


「えない…………」


 問いかけ対して、どこか虚ろな回答が帰ってきます。


「も、もしかして、お、怒ってるの? ごめん! ごめん! ごめんなさいっ!」


「りえない……」


 デュークは、電磁波やら光信号やら思念波を使いながら艦首を下げてあやまりました。ナワリンは、どこか感情の載らぬ声で、意味不明な言葉を漏らしています。


「ありえない……」


「ありえないって、衝突したことかな? えっと、ずっと退避勧告のシグナルは出してたんだけど……」


 実のところデュークは適切な航行手段を用いていました。長距離星系内航行における推進器官の取り扱いにて手間取って最終加速が不足し、最後は急制動を掛けていましたが、前方に対して適切な警告を行っていたのです。


 そして共生知性体連合の航宙法では、基本的に大きなフネの進路が優先されるのです。だからデュークは「間違ってないよなぁ」と呟きを漏らしました。


「間違ってるわぁ――――――――っ!」


「ふぇ…………」


 デュークよりも小さなナワリンが退くべきなのですが、彼女は「間違っている!」と罵りました。その勢いに、デュークは思わず「ふぇ」と驚いていまいました。


 ナワリンはそんなデュークを睨みつけ、涙目になりながら、クレーンを振り上げ、指を突きつけると、このような大絶叫を放ちます。


「私より大きいフネなんてありえない! 在りえないぃぃ――――――――っ‼ ばかぁぁぁぁ――――――!」


 自分が一番大きいと思っていた少女が、自分より大きな少年を眼にして、哀しみの咆哮を上げたのです。

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