第46話 レクチャー

「1キロを超える戦艦だぜ! なんてデカイんだ!」


「白くてフワッとしているけれど、凄い厚みの装甲板だぞ!」


 周囲の少年少女たちの視線がデュークにくぎ付けとなっています。


「うわぁ~~~~!」


 お家に帰りたいと泣いていた巡洋艦もシンプルな電波の声を放って、ただ感心するばかりでした。


 しかしながら、周囲の少年少女がはしゃぐたび、少女戦艦ナワリンの矜持プライドがゴリゴリと削れてゆきます。


「わたしが一番大きなフネだって……ネストの誰もがそう言ってたのにぃ……」


「え、えっと…………」


 ナアワリンの横についたデュークは、涙する少女をどうしたものかと悩みました。彼女の思いはなんとなく分かるですが、声を掛けたらまた怒声を浴びせられそうな雰囲気なのです。


「ふむ、あの少女戦艦、カラダは大きいが、龍骨メンタルは駄目だな」


「まぁ、1キロ超えの戦艦と比べられたらなぁ……しかしあのベッツの少年、笑えるほどデカいねぇ。なにを食べたらあそこまで大きく成るのかね?」


 フネの先達たちは「食い物だけじゃないぞ」「ああ、設計図か。それで決まるからなぁ。だが、年々大型化が進んでいないか?」などといった会話を漏らしていました。


 ヴォン傾注! ヴォン傾注! ヴォン傾注

 

 艦の方の先達――するどい切っ先を持った駆逐艦が電波の指令を投げかけました。龍骨を独特の周波数で響かせるピシャリとした軍艦の声に、若いフネ達が静まるのです。


「これより恒星間航行を行うにあたり講習会を始める。総員傾聴!」


「「「はーい!」」」


 若いフネたちは、とても元気な電波で応えました。


「まず、現在位置を確認しろ」


 彼らがこれまで進んできた距離、主星の位置情報を確かめて現在位置を確かめると―—母なる星から60億キロほどのところだとわかります。星系外縁部――ここは主星の光も弱く、母星の姿は影も形も無いところでした。


「母星を離れて60億キロ。良く飛んできたものだと、誉めてやるべきかな?」


 若いフネたちはこれまでマザーの公転軌道や近くの内惑星へ遠足したことはありますが、ここまで遠いところに来たのは初めてです。幼生体から少年期へと一皮むけこれだけの船旅をこなしたことは、彼らの自信にもつながっています。


「だが、ここはまだ、ネストお家の庭のようなものだ」


「「「えええ――⁈」」」」


 泣き虫の巡洋艦が「そんなの嘘だよ~~おうちが遠いよ~~」などと電波をこぼします。商船の少年は「相当な距離を飛んできたのにな」とぼやきました。ですが艦の先達は、それらを無視して話を続けます。


「我らが行くのは星の世界――つまりは恒星間宇宙! 星々の間は、光の速さで飛んでも数年もかかるんだ。おい、そこの巡洋艦、光の速度で1年”飛んだら”何km進むことになる?」


「えっ! ええと9兆4600億km位かな~~?」


「ほぉ、正解だ」


 講師役の駆逐艦の先達は「龍骨星系から一番近い恒星まで約5光年ある」と続けました。


「ここまでの距離の何倍だろうか? おい、そこ商船の坊主、答えろ」


「ええと……ここまでの距離の8000倍位かな?」


「うむ、微妙に誤差があるが、正解だ。恒星間宇宙というものは、それだけに距離があるものなのだ」


 周りのフネたちは「そんなに離れているのか!」と騒ぎます。数日かけてずいぶんと遠くまで飛んだと思っていのですが、恒星と恒星の間には、まさに天文学的な距離が横たわっていたのです。


「そんな長い距離は飛べないよ」「無理無理」という声が聞こえる中、船の先達が口を開きます。


「そう、飛ぶことはできない。だから我らは星の世界を”跳ぶ”んだ」


 彼はクルリとお尻を向けると、クレーンを伸ばして推進器官をポンと叩き、その中心にある星系内航行用のノズルとは違う器官を示しました。


「皆、これが生えているだろう? 恒星間を跳ぶための足、すなわち超光速推進器官だ。これを使って”跳ぶ”のだよ」


 彼は「使い方を知っているフネはいるか?」と尋ねます。少年少女達はお互いに目を見合わせます。


「恒星間航行のコードは持ってるけれど、使い方はしらないなぁ。お前教えて貰ったか?」


「ううん、教えてもらってない。”飛び方”は知ってるけど、”跳び方”は知らないよ」


 少年少女らがワイワイと電波を発していると、艦の先達からまた一つヴォン《傾注》! と重力波の注意が放たれます。


「それをこれから教えてやろうというのだ!」


 駆逐艦はビシっとした態度を示して、レクチャーを再開しました。


「恒星間を飛ぶための方法はいくつかある。恒星間の量子的つながりを利用したスターライン航法、空間曲率を捻じ曲げてショートカットする次元跳躍などだ。だが、これらの航法は、最適な方法と比べて速度とコストに劣る」


 そう言い切った講師役の駆逐艦は、こう言い切ります。


「超空間航法――それが最適解である。そして、それを使うためには、超空間航路のことを知らなければならない。これは通常の宇宙空間とは違うのだ!」


 彼は、超空間とは別の空間に存在するショートカットのようなもので、それが存在する星系と、そうではない星系があるというのです。


「幸い、龍骨星系には、複数の超空間航路が確認されている。これを見よ!」


 駆逐艦が電波の声で大量のデジタル情報を発振すると、少年少女たちの頭の中に、随分と離れた点と点を繋ぐトンネルのようなイメージが浮かびました。


「超空間航路の海図データだ」


 共生知性体連合が作成している宇宙の海図データが、龍骨に流れ込んで格納メモリされていきます。航路図には、星々の名前とそれらを結ぶ航路が描かれていました。全体を眺めると航路は複雑に絡みあいながら広大なネットワークを作っているのがわかります。


「星の世界はこうやって繋がっているんだ!」


「なんだか、随分と長い航路もあるなぁ」


 航路図を確かめていた少年商船たちが、超空間航路のネットワークを確かめ、そのいくつかはかなりの長い距離だと気付きます。


「航路の多くは10光年程度の恒星間を繋ぐものだが、かなり長い距離の航路もある。さて、ここまでのところで質問はあるか?」


「えっと、航路には他の種族の宇宙船もいるのですか?」


 貨物船型の少女がクレーンを上げて、尋ねました。


「いるぞ! 宇宙にはたくさんの異種族がいて、彼らもこの航路を利用しているのだ。彼らに出会ったら、ちゃんと挨拶するのだ!」


 駆逐艦は、ヴォンやぁ! と重力波の挨拶を飛ばして艦首を軽く下げ、挨拶の見本を示しました。


「でも、共生知性体連合に属さないフネもいるんでしょ~~? 海賊とかいうハグレものがいるとも聞いたよ~~!」


 巡洋艦が怯えたようにそう言いました。背中には強力なレーザー砲塔がついているのですが、それがなんともクタっとした感じにうなだれています。


「これから進む航路に敵対勢力はいない。共生宇宙軍の巡察艦隊だっているから、そんな危険は気にするな。他に質問は? そこの大きいの!」


 デュークが手を挙げていました。


「超空間航路は誰が作ったのでしょうか?」


「良い質問だ! しかし、実のところ答えは”わからない”、だ。超古代の銀河支配種族が作った遺産だと言う話や、単なる自然現象であると言う説もある」


「へぇ、でも何故そんな良く分からないものを使えるように、僕らは出来ているのですか?」


「ばっかじゃない! そんなこと気にしてどうすんのよ! マザーがそういう風に作ったからでしょ!」


 デュークが素朴な疑問を放ち、駆逐艦がそれに答えようとしたところに、ナワリンが横やりをいれました。


「マザーが、そう、作ったからか……ふむ、それは間違ってはいないな」


 駆逐艦は鋭い舳先をなで擦りながら、ナワリンの言葉に同意しました。だからデュークは、「へぇ」と感心し、大きな笑みを浮かべてナワリンへ目を向けます。


「君は物知りなんだね!」


 デュークが率直な賛辞を伝えると、ナワリンはちょっと一瞬だけ目を合わせるのですが、「ふんだ!」と艦首をプイっと背けました。


「ふむ、理由は分からんが、確かに我らはマザーが恒星間を征くように作った存在だ。であれば、我らはそこを進むのだ……」


 駆逐艦は「我らは星を渡るフネだからな」と続けました。デュークはその言葉を聞いて龍骨が少し震えるのを感じます。目の前には星の世界――恒星間宇宙が待ち受けていたのです。

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