第47話 艦たち

「これから超空間航路への準備を行う。ただし、船と艦とでは進むべき最初の目的地が違うため、別行動となる、商船などの船はここへ残って整列! 艦の連中は、あちらの宙域へ向かえ!」


 駆逐艦の先達が、若いフネ達に艦船別に分かれるように指示を出しました。


「僕らはあっちだね。さぁ行こうよ」


「ふんっ!」


 デュークが指示された方角を示して同じ軍艦である少女に声をかけるのですが、彼女は「あんたに指図されたくないわ!」とばかりにそっぽを向きました。デュークは龍骨の中で「ツンツンしてるなぁ」と思います。


「じゃぁ、先に行くよ!」


 彼はヴォン! と、重力波の汽笛を上げると航行を始めました。到着したばかりで暖気の済んでいる推進器官がババッ! と煌めくと、巨体が緩やかに加速してゆくのです。


「ま、待ちなさいよ!」


 デュークに無視された形の少女戦艦が、慌てて加速を掛けました。


 加速性能では少女の方に分があるらしく、彼女はデュークにさらりと追い付き、バシバシバシと追い越しの発光信号を炊きながら、追い越しを掛けます。デュークは「気の強そうな女の子だなぁ」と思いました。


 そのようにして艦たちが離れていくなか、”船”達が整列を始めます。


「そうだ商船はそちらに、貨客船はもう少し先に並んで……ん?」


 整列を指示していた船の先達があることに気づきます。


「おぃぃぃ、そこの巡洋艦! お前、軍艦だろ、さっさとあっちに行け!」


 彼の目には蒼銀の装甲板をもったフネの姿が映っていました。


「ボクは”船”だもん~~!」


 巡洋艦は、語尾を揺らしながら船だと言い張ります。


「何を言っている……お前は巡洋艦じゃないか!」


「ボクは商船なんです~~!」


 巡洋艦は自分の事を船だと言い張るのです。でも、その背中にはズドンとした大砲が――実に強そうな連装砲塔がついています。カラダの各所にはミサイルが詰まったVLSもたくさん付いている紛れもない重巡洋艦なのです。


「お前なぁ……。明らかさまに軍艦なヤツを、船と同じにはできんのだ」


 巡洋艦は航宙と速度に優れた推力を持ち、しなやかで硬い装甲を備え、十分な火力を持っている軍艦なのです。それは、どう表現しても、船ではありません。


「ボクはメルチャント出身なんだもん!」


「ああ、お前メルチャントの出身か」


 氏族メルチャントは”商船”を多く産み出す氏族として知られています。


「だからボクは船なの~~!」


 蒼い巡洋艦は、ネストにいる老骨船に「お前は船になるのだ」と教えられていたと言うのです。「そう育てられたか……」船の先達は、蒼銀の巡洋艦が口答えする理由を理解しました。


「メルチャントに軍艦が産まれる確率は100に一つだったかな? だが……」


 船の先達は「我ら龍骨の民はその種別に従って生きねばならんのだ。軍艦になってしまったら仕方がないのだ」と諭しました。


「でも、それでもボクは船なんだもん~~!」


「ぬぐぅ……口答えだけはいっちょ前だ。ならば――――」


 船の先達は「おいそこの作業船、こいつの砲塔を切断するのを手伝ってくれ。起重機船はミサイルを格納庫ごと引っこ抜け!」と叫んだのです!


 龍骨の民の生きている武装はカラダの一部ですから、そう簡単には切り離すことはできないのですが、多少の荒療治をすればそれも可能ではあります。


「武装解除すれば、船になれるぞ。ああん? お前、近接防御火器が充実しているじゃないか。こいつも、全部剥がしてやる!」


「えええ、それは嫌だよぉ~~!」


 巡洋艦は砲塔をグルグルと回して拒みました。自分のことを船だと言い張っても、やはり自前のカラダをバラされるのは嫌なのです。そんなところに、巡洋艦の姿が見えないことに気づいた駆逐艦の先達がやってきます。


「どうした、何故巡洋艦がここにいるのだ」


「ああ、このメルチャント出身の軍艦が、自分は船だと言って聞かないんだ……武装を外すのも嫌がってな……軍艦の受け持ちはあんたの役割だろ。早く引き取ってくれ!」


「それはすまんな」


 駆逐艦は事態を察すると、蒼い巡洋艦に向けて特殊なコードを放ち始めました。


「うわぁ、副脳に強制アクセス~~?!」 


 生きている宇宙船の龍骨は、外部からは簡単には制御できるものではありませんが、副脳にはある程度の干渉が可能です。そしてこの駆逐艦はベテランであり、電子戦の経験も相当持っています。


「いいか、お前の目的地はあっちだぞ……」


 駆逐艦の言葉は巡洋艦の副脳にある電子防壁を軽々と抜いて、「お前のいる場所は、あ、そ、こ、だ」と航路情報を書き換えました。


「さっさと行け――――!」


「カラダが勝手に~~!? きゃぁ~~~?!」


 駆逐艦の命令によって推進器官が反応し、軽快な加速が始まります。蒼銀の巡洋艦は自分がいるべきところへ向けて、甲高い叫びを漏らしながら飛び出して行ったのです。


 そんな混乱が有ることも知らない戦艦達は、すでに指示された宙域に到着していました。暇になったデュークは、並行する少女に向けて大きな笑みを浮かべながら挨拶をします。


「挨拶を忘れてたね。僕はデューク、テストベッツの戦艦だよ!」


「ちっ……私はナワリン、アームドフラウの戦艦よ!」


 ナワリンは舌打ちをしながら答えます。挨拶をされれば挨拶をする――それは生きている宇宙船にとっての最低限の礼儀でした。


「同じ戦艦だね! 同じ艦種同士、よろしくね!」


「なれなれしくしないで!」


 ナワリンは自分より大変大きいデュークの存在が気に入らないのです。その上

「こいつ、男の子だわ」などと、始めて見る男の子に警戒していました。


 デュークはその辺りの事情をなんとなくしかわかりません。でも、同じ戦艦同士が喧嘩腰のままというのも何なので、気軽におしゃべりを続けます。彼は異種族とも気兼ねなくコミュニケーションが出来るフネでした。


「あ、君の装甲板ってさ、薄赤で、綺麗な色だね!」


「き、綺麗って――――」


 ナワリンの装甲板は、白銀を基調として薄い赤が乗る透き通った肌でした。それは硬質さを持ちながらも、それでいて瑞々しさを感じるものなのです。


「へぇ、君には砲塔があるんだね! いいなぁ、単装高出力レーザー砲が二本もあるんだなぁ」


「じ、ジロジロ見ないでよ」


 デュークはナワリンの砲塔を見つめて羨ましげに言いました。そんな彼の視線を受けてナワリンは、ちょっとばかり恥ずかしい気持ちになります。


「羨ましいな。僕には固定式のものしか無いんだ」


 デュークはパシャリと脇腹を開けて、12連装粒子砲を開きます。それらはデュークの巨体に見合った化け物じみた口径を持っていましたが、射角はそれほど大きくないものでした。


「ふん……あんたそんな射角の小さい砲しか持ってないのね! はんっ、図体がでかいだけね! フネとしては私の方が上なのよ!」


「ふえぇ……まぁ、そうなのかもね」


 ナワリンが強い口調でそう言うので、デュークはとりあえずウンウンと首肯しながら「よし、何とか会話が成立してるぞ」などと思いました。


 二隻の戦艦がそんな会話をしていると、彼らのレーダーに急接近する物体が映ります。それはプォン――! とした警笛を鳴らしていました。


「ん、あれは?」


「巡洋艦がこっちにくるわ」


 蒼い装甲をもった巡洋艦がデューク達の視界に飛び込んできました。それは「どいてどいて~~! カラダの自由が効かないんだ~~!」と叫んでいます。


「おっと――――むん!」


「そりゃ!」


 巡洋艦はデューク達の脇を掠める様にして、飛び去ろうとするのですが―—クレーンを伸ばした二隻の戦艦はグワシッ! と、巡洋艦を軽々と確保したのです。


「助かったよぉ~~! ひどいんだ、勝手に副脳にアクセスされたんだ~~!」


 巡洋艦は「じゃぁ、帰るから離して~~!」と言いました。


「待ちなさいよ。あんた、どこ行くつもり?」


「ネストに戻って、船になるまで寝ているつもりだよ~~!」


 ナワリンのクレーンに捕まえられた巡洋艦はじたばたと動きながら、そんな事を言いました。


「あんた、おバカ? カラダは完全に巡洋艦になりきってるじゃない……蒼銀の装甲板を持った武装するフネが、いまさら船に戻れるわけがないじゃない!」


「ううう、それでもボクは船なんだい~~!」


 立派な蒼銀の装甲板や、巧妙に配置された砲塔を持つ巡洋艦は、なおも自分のことを船だと言い張ります。


「ははは、面白い船だねぇ、あ、僕はデューク、こちらはナワリンさ。よろしくね」

 

 デュークは大きな目に笑みを浮かべながら、優しげな口調で「ねぇ、君の名前は? どこのネストから来たのかな?」と尋ねます。


「えっとボクの名前は…………ペーテルだよぉ。メルチャントのフネなんだ。よ、よろしく」


 とんでもなく大きなフネが、真ん丸な目を輝かせながら優しげに尋ねてくるので、巡洋艦ペーテルは、「わぁ、大きな戦艦だぁ」と咄嗟に挨拶を返したのです。


「メルチャントってば、たしか、”船”ばかりの氏族だったわね」


「そうだよ、艦なんてほとんどいないんだ。だからボクも船になるとばかり思ってたんだよ! なのに、巡洋艦だなんて酷いと思わない~~~~~~?!」


 そう言ったペーテルは、クレーンを視覚素子に当てて、さめざめと泣くのです。すぐに大粒の潤滑油が溢れんばかりに溢れてきました。


「軍艦が泣くなっ!」


「そうか、君みたいなフネもいるんだねぇ……でもさ」


 デュークは、咽び泣くペーテルの背中を「よしよし」と撫でながら、「あっちを見てご覧よ」と言いました。


「グスン……星がたくさん見えるよぉ~~」


「そうだね。そして僕はこれからあそこに向かうんだよ」


 満点の星々が軍艦達の目を満たしました。デュークはクレーンを伸ばして「あれをつかみ取れ……僕の龍骨はそれ言っている」と言いました。カラダが出来上がったフネは、本能的な何かを感じて、恒星間に飛び出してゆく生き物なのです。


「君もそうだから、ここに来たんだろう?」


「う…………」


 僅かに泣き止んだペーテルに向けて、デュークは「僕らはフネなんだ、艦でも船でも良いじゃないか!」と、大きな目に溢れんばかりの笑みを浮かべながら、こう告げます。


「なら、同じフネとして一緒に行こうじゃない」


「で、でも……軍艦のことなんて分からないことばかりだし~~! 恒星間宇宙って、怖いところだって言われたんだよぉ~~!」


 ペーテルが居たところは、船ばかりが占めるネストなので、軍艦の事などあまり知らないのです。その上、恒星間宇宙は様々な危険があるとも教えられています。


「僕は少しばかりそれを知ってるよ。それにこの図体だからさ、なにかあった僕の影に隠れればいいさ」


「え、いいの……」


 ペーテルの不安を解消するような言葉を放ったデュークは、こうも続けます。


「だから、僕についてきてよ!」


「えっと…………わ、わかったよ~~」


 朗らかな笑みとともに巨大な戦艦であるデュークが「ワレニツヅケ」と言う程の言葉を放ったのです。それは今だ定まらぬところがあるペーテルの龍骨をジワリと後押しするだけの力があったのです。

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