第48話 弁当を食べる三隻
ペーテルの龍骨が落ち着いたのを確かめたナワリンは、クレーンの力を抜きながらこう言います。
「あんたフネたらしの才能があるわねぇ。そんな台詞どこで覚えてきたのよ」
「ふぇぇぇ、ただ一緒に行こうよと言っただけなんだけど……」
デュークは騒ぎ立てるペーテルの龍骨をただの言葉だけで沈めたのです。ナワリンは「我に続けってことかぁ…………」と呟きました。彼の言葉はナワリンの龍骨にも届いていたようです。
「どうかした?」
「ふんっ、なんでもないわ!」
ナワリンがクレーンをフリフリさせて、龍骨に浮かんだ思いを振り払いました。
「それにしてもお腹が減ったわね――」
「あ、そうだね。まだ、先導役のフネが来ないから、それまでお弁当にしよう!」
デューク達はこれまで経験したことも無い道のりを歩んできました。適時栄養補給はしているのですが、定期的にお腹がグゥとしてしまうのです。
「ご飯~~!」
ご飯と聞いたペーテルも、それまでのことを忘れるかのように、嬉しげな言葉をもらしました。少年期になった彼らのカラダはまだ成長する余地があり、かなりのエネルギーを取る必要がありました。
「モグモグモグ~~美味しい~~!」
ペーテルは、格納庫から小惑星の岩塊を取り出してモグモグと齧りました。生きている宇宙船にとっては、生の林檎を齧るのと同じ様な感覚です。
「お弁当、お弁当と……」
デュークはカラダに括り付けていたコンテナを漁り、合成樹脂のコードで巻き固めた20メートルほどの鋼材を取り出します。
「ポリポリ……この鋼材、良く漬かってるぞ! さすがはタターリアおばあちゃんのお手製だ!」
デュークは鋼材をヒョイヒョイとつまみ上げ、端の方から大きな口に放り込んで、ポリポリと食べました。
「あらら、岩呉に鋼材? あんたら、貧しいものを喰ってるわねぇ。私のお弁当はそんなものとは違う、特別なものよ!」
ナワリンが、デューク達に向かって「これを見なさいよ!」と言いました。
「
デュークは、彼女が掲げる物体に対して、電波を放って計測を行い、それがどこかの惑星上から切り出された複雑な組成をもつ岩石の岩盤だと分析しました。
「ただの花崗岩じゃないのよ!」
ナワリンは、手にしてた岩石を鉱石を振り回しました。
「この石英の中には、
黄金と言うものは、自然の中に様々な形で現れます。花崗岩を構成する石英に粒状に析出するものもその一つでした。
「そして、トン当たり100グラムも含有しているのよ! 自然の金だから、と~~~~っても甘いのよ!」
「うわぁ、それは凄いな。僕は採算の合わなくなった金鉱脈の残滓しか食べたことないよ。電子機器に含まれているヤツは味気ないし」
龍骨の民が金を口にすると、チョコレートのような味わいが広がるのです。そして加工されたものは微妙な雑味が入るのです。だから自然の金というものは、龍骨の民にとっては、ちょっとしたご馳走でした。
「少しでいいから、齧らせてぇ~~!」
「あげないわよ!」
「じゃぁ、これと交換でどう~~?」
「ただの岩くれと、交換しろですって――!」
ペーテルがただの小惑星の岩塊を差し出しますが、ナワリンは「駄目よ!」と拒絶しました。
「じゃぁ、僕の鋼材も上げるから、少しわけてあげてよ」
デュークは「僕のお弁当を上げるから、ちょっと分けられない?」と提案するのです。
「何言ってるの、それはただの鉄じゃない。金とは価値が違うわ!」
「いやいや、ただのこれはただの鉄じゃないよ。ネストのおばあちゃんが、丁寧に水素に漬け込んだ水素浸透鋼材なんだ。酸味が効いて、とっても美味しいんだよ!」
「あ、美味しそうだね! ねぇ、デューク少し頂戴よぉ~~!」
「うん、いいよ」
ペーテルが物欲しげに手を伸ばすので、デュークは鋼材を引き抜いて一本渡してあげました。
「おいしいねぇ! この鉄、おばあちゃんの味がする~~」
「ウチのお婆ちゃんは名シェフだからね」
鋼材を口にしたペーテルに笑顔が浮かびます。背中に付いた砲塔がヒョコヒョコと上下に動くところを見ると、かなりお気に召したようです。デュークもまた一つ取り出し口に放り込むと目を細めました。
「もう一本食べる?」
「うん、ちょうだい~~!」
デュークとペーテルは、仲良く鋼材をポリポリと齧りました。
「すごく美味しいね! これって、どうやって作るのかな~~?」
「水素が浸透した鋼材は脆くなるんだけど、さらに電磁加工することで、分子間構造が変化して、ポリっとした口触りになるんだってさ」
「へぇ~~! そうだ。ボクの小惑星のカケラ食べる?」
「ありがとう! あ、随分と新鮮で瑞々しいな!」
デュークとペーテルは、仲良くお弁当を交換して、美味しい美味しいと言い合いました。
「なによ……でも、水素鋼材って美味しそう……」
その脇では、ナワリンがその光景をジッと見つめていました。彼女は、手にした花崗岩を口にもせずに、もじもじとしています。
「なに? どうしかしたの?」
「えっと、あの、その……」
鋼材をさらにもう一本取り出してポリポリ食べながらデュークが尋ねます。ナワリンは何かを言い出そうとするのですが、躊躇するように押し黙りました。
「あ、もう最後の一本だぞ……」
かなりの勢いで鋼材を食べていたデュークは、持っていた鋼材が最後となってしまった事に気づきます。
「もうないの? とても美味しかったのに残念だよぅ」
「ん――――じゃぁ、これペーテルにあげるね。とても、美味しそうに食べてくれたからね。タターリアおばあちゃんも喜ぶだろうし――」
と、デュークが最後の一本をペーテルに手渡そうとしたその時でした。ナワリンはデュークの手の中のものを見つめて、思い切った声で伝えるのです。
「そ、それ、私にも貰えないかしら!」
「うん? 別にいいけれど。あ、ペーテルが良いっていうのならね」
「駄目だよ、それはボクのだよぉ~~!」
ペーテルが抗議をしようと艦首を上げたところに、ナワリンは花崗岩の塊をゴキリと割って突き出します。
「ほら、これ食べなさいよ。食べたかったんでしょ?」
「え、いいのぉ? やったぁ~~!」
ペーテルは、思わぬご馳走に喜びました。代わりにナワリンは、デュークから鋼材を受け取って口にするのです。
「あ、美味しい…………」
「ははは、お口に合ってよかったね」
水素で味付けされた鋼鉄を齧ったナワリンが率直な感想を漏らしました。瞬く間に鋼材を食べきったナワリンは、少し考えるようにしてから、花崗岩の岩盤をさらに割って、デュークに向かって差し出します。
「ん……これ、いるかしら…………」
「いいの?」
デュークは、意外そうに思いながらもナワリンが差し出す花崗岩を受け取ります。
「貰っただけじゃ借りになってしまうわ。それが嫌なだけよ」
「ふぅん。じゃぁ、いただくね……うわぁ! 甘くて美味しいなぁ――――!」
ゴールドの入った岩盤を口にしたデュークは、とろけるような甘さが龍骨に染み渡るのを感じました。
「とても美味しいよ! ナワリン、ありがとね!」
デュークは、大きな舳先に満面の笑みを浮かべて、感謝の言葉を漏らしました。
ナワリンの視覚素子にはデュークの無邪気な笑みが真正面から飛び込んできます。それを正面から受け止めた彼女の龍骨に何かの感情が浮かびました。
その事を感じたナワリンは「感謝なんて別にいらないわよ!」と言ってから、艦首をそらしました。彼女の淡赤の頬は、さらに赤みを増していたのです。
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