第49話 超空間へ

 三隻の若い龍骨の民がお腹を満たしていると、重力波のシグナルを響かせフネが一隻近づいてきます。


「腹ごしらえはすんだかな? 私は共生宇宙軍所属の嚮導駆逐艦フユツキ中佐だ」


 それは軍艦の先達――スマートなシルエットを持った駆逐艦です。フユツキ中佐と名乗った彼は大きさ200メートルほどの初老の龍骨の民で、渋味を帯びた声は大変力強いものでした。


「フユツキ……中佐?」


「中佐とは軍の階級名だ。なお、君たちは正式にはまだ軍の所属ではないから、私の事は――そうだなフユツキさんとでも、なんでも好きに呼んでくれ」


「フユツキさんね。ところで嚮導ってなんのことかしら? 初めて聞くのだけれど」


「嚮導とは、先頭に立って導くと言ったほどの意味を持っていてな。軍で長いこと駆逐戦隊の指揮官をやっていた。最近は、君たちのような若いフネを星の世界に送り届ける仕事をしている」


 駆逐艦フユツキは「これから軍の訓練所まで君たちを引率することになる。よろしく!」と言うと、デューク達に対して、クレーンの先を握りしめてグッ! と押し出すような仕草をしました。


「これは共生宇宙軍――いずれ君たちが入隊することになる組織の敬礼だ」


「こ、こうでしたっけ?」


「こうだったかしら?」


 デュークとナワリンがフユツキと同じような敬礼を返しています。


「ほぉ、老骨船達に習っていたか」


「はい、ネストのじいちゃん達が教えてくれました」


「ウチのおばあちゃん達ってば、みんな軍艦なのよ!」


 戦艦二隻は、老骨船たちから軍人に対しての返礼方法を教えられていたのです。フユツキは、デュークとナワリンの敬礼を認めて少しばかり感心する風を見せました。


「ふむ、アームド氏族はさもありなんか。ベッツは、ゴルゴン閣下をはじめとして、軍艦がそれなりにいるだろうからな」


「ふぇ、おじいちゃんのこと知っているのですか?」


 デュークがそう尋ねるとフユツキは「知っているも何も……まぁいい」と呟き、今度はペーテルの方を眺め、眉根を上げます。


「おい、それは船の敬礼だぞ!」


「ボ、ボクは、船なんです~~」


 ペーテルが行った敬礼は手のひらを前に向ける民間方式でした。軍艦が稀な氏族出身なので、それだけを教えられていたのです。


「まぁ、メルチャントは船ばかりだから仕方がない……などと言うと思ったか?」


 フユツキはクレーンを伸ばして「君は軍艦なのだ!」と、ペーテルの指先をグっと握り込みました。彼の指先は大変強いものでしたから、ペーテルは「痛たぁ~~!」と、強制的に軍方式の敬礼をすることになります。


「メルチャントの老骨船からメッセージを託されている――”その子、船だと言いはるんじゃが、どう見ても艦なのじゃよ。軍に入るまでに徹底的に根性を叩き直してくだされ!”とのことだ」


「えっ、酷い~~~~!」


 ペーテルは非難の声を上げるのですが、フユツキは鋭い視覚素子でペーテルをジロリと睨んで「黙れ、若造!」と一喝しました。


「フネの先達とは、若造に教育を施すのが役目なのだ! これから龍骨の髄までビシバシ叩き込んでやるから、覚悟しておけぇ!」


 彼はピシャリと言い放ちます。ペーテルは「ひぃん~~!」と、甲高い泣き声を上げました。


「こ、怖いフネだなぁ……」


「逆らわないほうが良さそうねぇ」


 その光景を横から眺めていた二隻の戦艦は、このフネには逆らってはいけないと思うのです。


「さて、君たちには色々と教えることがあるが――まずは、超空間航路への入り方を教えることにしよう」


「わぁ! 是非、教えてくださいフユツキさん!」


「超光速航行の一つね! そういうことはどんどん教えて、フユツキ先生!」


 フユツキが超空間に入る方法を教えてくれるというので、デュークとナワリンは期待に龍骨を震わせて教えを乞うのです。


「あ、それはボクも知りたいよぉ。フユツキのおっちゃん、教えて教えて~~!」


 泣き声を上げていたペーテルも艦首を上げました。


「おっちゃんだと? むむむ……」


 ペーテルに「おっさん」呼ばわりされたフユツキですが、デューク達から見ればかなりな艦齢としなので、口を閉ざしました。彼は厳格な軍人でしたが、何でもかんでも厳しいフネというわけではないのです。


「好きに呼べと言ったしな……」と気を取り直した彼は、このようなことを話し始めます。


 超空間に入るには、入り口となる空間のほつれを探し、カラダに備わった超光速器官でそれをこじ開けて入る必要があります。ほつれは主に星系外縁部に存在し、龍骨星系には5つほどの入り口が確認されていました。


「この近くにもそれがあるから、重力子レーダと量子レーダを使って、辺りを探ってみるのだ」


 フユツキが辺りを探索するように命じたので、デューク達はカラダに備わる特殊なレーダーを用いて、空間を走査しました。


「ええと……あ、なんだか、あの辺の空間が変な感じだ」


「それに嗅いだことのない、うっすらとした香りを感じるわ」


「空間曲率が薄いってコードが龍骨に浮かぶよぉ。何このコード~~?!」


「そこが空間のほつれだ――匂いは超空間にあるエーテル成分が漏れ出ているのだ。そうしたら舳先をそこに向けて、龍骨に色を浮かべるのだ。なんでもかまわん、まぁ、普通は自分の肌の色を使うがな」


 フユツキは龍骨の中に色を浮かべろと言いました。


「僕は白、かなぁ?」


「私は赤ね!」


「ボクは青だよ~~」


 デューク達は、それぞれ自分のカラダの肌色を龍骨に思い浮かべます。


「よろしい、その色を龍骨に持ったまま、素数を数えよ!」


 素数とは、数字の1と自分自身でしか割り切れない数のことです。龍骨の民は数学の勉強などはしていませんが、龍骨のコードと副脳にある数値からそれを引き出すことができました。


「素数を数えって……えっと、1、2、3、5、7、11、13、17……」


「19、23、29、31、37、41、43、47、53、59、61♪」


「67? 71? 73? 79だっけ? 83だよね?」


 デュークは、龍骨の中に素数のコードを展開します。ナワリンは「これは得意なの!」と歌い上げるようにして数えました。ペーテルは、「ええと~~」と艦首をひねりながら素数を数えます。


「89、97、101、103、107、109…………あっ!?」


 そうしていると、龍骨に浮かんだ色が鮮やかなものになり、推進器官がいつもとは違った暖かさを持ち始めます。


「こ、これは――?!」


「色と素数が、我らが持つハイパードライブ推進器官を起動させているのだ。続けて数えよ、113、127、131、137、139、149、151。よし、次は500の位から! 503、509、521! はい、次は1000の位、1009、1013、1019、1021、1031、1033!」


 フユツキがヒョイヒョイと桁を上げて数え上げるので、デューク達はその声に導かれるように色を浮かべて素数を念じ続けます。


「りゅ、龍骨に振動が…………」


「しゅ、縮退炉が唸りをあげているわぁ!」


「あ、足が熱いよぉ~~」


 龍骨がガタガタと鳴り始め、縮退炉が全力運動を始め、ハイパードライブ推進器官に続々とエネルギーが注入されているのです。


「うわっ!? 空間が開いてゆく――――」


「か、カラダが伸びるわ――――!」


「吸い込まれてるよぉ~~!」


 突然、デュークは目の前の空間のほつれがブワリと大きく開くのを感じ、ナワリンは、自分の艦体が引き延ばされるような感覚を持ち、ペーテルはカラダが空間の解れに向けて吸い込まれる様な感触を得ています。


「推進機関が空間のほつれをこじ開けているのだ。よし今だ、突っ込め!」


 フユツキが号令を掛けると、ナワリンの肌が赤色を増して真紅の炎華と燃え上がり、ペーテルの装甲に蒼い恒星の如き光が煌めき、大きなデュークのカラダは天を駆ける白き羽ばたきとなって――



「あっ、ここは――――?」


「かっ、カラダが揺れるわっ!」


「抵抗があるよぉ、ここは真空じゃないよぉ~~!」


 デューク達はいつもとは違う空間に入っていることに気づきました。そこには気体のような液体のような不思議なものが充満しており、カラダを揺さぶり艦体に纏わりつくのです。


「ようこそ、超空間へ! 君たちは、液体でもあり気体でもある摩訶不思議な粒子――エーテルが織りなす”海”に浮かんでいるのだ!」


 エーテルとは、光が波動として伝搬するために必要な媒質と仮説されたものであり、通常空間には存在しないものですが、ここ超空間では厳然と存在しているのです。


「ホントだ! カラダが浮かんでる気がする……うわっ、揺れるっ!?」


「か、カラダが回転しそうだわ!?」


「カラダのバランスを取るのが難しいよぉ~~!」


「ここでは重力スラスタが使えるから、うまいことカラダのバランスを確保せよ」


 フユツキの声は実に落ち着いたもので、揺ら揺らとした空間の中で、カラダのバランスがピタリと決めていました。


「えっと、こうかな……少しずつ揺れが収まってきたぞ」


「む……難しいわ……」


 デュークは重力スラスタを用いて姿勢制御を行い、ナワリンも同じようにして揺れ動くエーテルの中で微調整を続けます。


「目、目が回るぅ!? すっごく気持ちが悪いよ~~!」


 横ではペーテルがバランスを維持できずに、グルグルとカラダを回していました。そうすると龍骨が揺さぶられて、気持ちが悪くなってくるのです。


「助けてフユツキのおっちゃん~~!」


「ほら手を伸ばせ! 龍骨をシャンとさせろ!」


 クレーンを伸ばしたフユツキが、ペーテルの手を取って回転を止めました。そのおかげもあり、ペーテルは龍骨を伸ばしてなんとかバランスを取り戻します。


「よし、こうか……重力スラスタを干渉させ続けるんだな」


「慣れれば、逆に安定するのね!」


 小一時間もすると三隻は超空間に少しは慣れて来ました。エーテルに重力スラスタを使うと、上下左右360度の方向に向けて制御が可能で、相当の安定性を生むのです。


「では、今度は前に進んでみよう。私についてきなさい」


 フユツキが重力スラスタを吹かしてスルスルと進み始めました。エーテルの満ちる超空間では、プラズマジェットの効率が悪く、重力制御が主な航行の手段となるのです。


「な、何かが邪魔して中々進めません。これってなんですか?」


「抵抗というやつだ。エーテルは惑星の海のように抵抗を生むのだ。舳先で押し切きりながら進むと良い」


 超空間を満たすエーテルは液体のようなものであり、フネを進ませるには強い力が必要でした。


「この、ヒュゥ――! って、吹き付けてくるのはなにかしら?」


「それはエーテル風だ」


 ナワリンの肌を吹き付けているのはエーテルの風でした。気体のような性質を合わせ持つエーテルは、風のような現象も引き起こすのです。


「おっちゃん、ザブザブ当たってくるこれは何~~?」


「それはエーテルの波だ。気をつけろ、下手すると転覆するぞ」


 粒子であり波動でもあるエーテルが、前に進むデューク達に、様々な波となって押し寄せてくるのです。カラダには、ドーン! とした波濤はとうがぶつかったりもするのです。


「超空間では、これらの風や波を読んで進むのだ」


 フユツキは波打つエーテルを切り裂きながら、風と波を読んで帆船時代のフネがゆくような見事な操艦を見せています。


「へぇ、向かい波に追い波、横波かぁ」


「私たちのカラダも波を作るのね、引き波というのねぇ」


 デュークたちは惑星上の海というものを知りませんが、それに近い感覚を感じながら前に進みます。


「波にうまく乗ると~~楽チンだね~~!」


「気をつけろ!」


 上手く波を捉えたペーテルが乗りあがるようにしていました。超空間酔いも治まり、龍骨が少し調子に乗っているのですが――――そんなところに一際大きな波が押し寄せてきます。


「うひゃぁ!?」


 フユツキの注意喚起もむなしく、ペーテルの横腹に大波がドーン! と、ぶつかり、巡洋艦はズデンとカラダを転覆させました。


「ああもう! 早く手を出しなさい!」


 波に飲まれ、またまたクルクルと回転するペーテルに向けて、ナワリンが手を伸ばし、カラダの制動を助けます。


「た、助かったよぉ~~! ……う、うぷ?!」


「え……まさか……」


 ナワリンの近くで口元を抑えたペーテルは「ご、ごめん我慢できそうもない~~!」と涙目になって先に謝罪の言葉を漏らします。そして――


「うぷぉ~~~~!」


 ペーテルの口から未消化の物資が吹きこぼれました。それは異種族たちから龍骨の息吹ドラゴン・ブレスと揶揄される事がある生理的現象です。龍骨の民は、船酔いにもなる生き物でした。


 ナワリンの艦首に、生理的現象の結果が、バシャリと掛かります。


「だぁぁぁぁ! き、汚いわね!」


「ご、ごめんよぉ~~」


 彼女はゴシゴシと艦首をぬぐいます。すると、キラキラとした鉱石の残骸がパラパラとこぼれ落ちました。


「これって、私が上げたお弁当の花崗岩ね……くっ、なんてこと……」


「あ、下の方に落ちてゆくよぉ~~!」


 ナワリンの艦首から落ちた鉱物片が、波間に流れ落ちて沈んで行きました。エーテルの海には上下のようなものがあるのです。


「基本的に色が濃いところが海の底だ。沈んだアレは、海の藻屑ということだな」


 エーテルの波風漂う超空間とは、そのようなところだったのです。

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