第50話 フネの教育
「右舷波近づく、艦首を縦にして押し切れ!」
「はいっ!」
デュークがその巨体をエーテルの大波に正対させて、舳先を立てながら乗り上げてゆきます。
「左舷のエーテル流を掴め、速度が上がるぞ!」
「「「了解!」」」
フユツキの的確な指示の下、ナワリンもペーテル達もスルスルとエーテルの海を泳ぎきっています。
「よしよしかなり習熟してきたな……むっ、前方警戒! 速度落とせ! フネが対向してくるぞ!」
デュークたちが超空間に習熟する様子を眺めていた駆逐艦フユツキが、不意にヴォン! とした重力波の警告を放ちます。左前方からフネが進み出てきて、デューク達の左舷方向を横切ろうとしていたのです。
「あ、この識別信号は龍骨の民じゃない……異種族のものですね!」
デュークが捉えたフネの識別符号は異種族のものでした。超空間というものは、龍骨の民だけがいるわけではないのです。
「あれは輸送船だ、龍骨星系に食料となる金属を運ぶ定期便だな」
「食料…………ご飯を運ぶフネだ~~!」
「ご飯の多くが外の世界からのモノって聞いたけれど。ああやって、運ばれてくるのねぇ。でも、なんで外の世界から運んでくるのかしら?」
「ああ、龍骨星系にはマザーの他にいくつかの天体があるが、長年食料として使用されてきたのでな。優良な資源が減少しているのだ」
フユツキは「そのため、十世代くらい前に、ネストの有識者達が集まり――」と、こんな会話があったのだと言います。
「なんでウチの星系は惑星が少ないかのぉ?」
「大昔に、マザーが喰っちまったんじゃないのか?」
「飢えた龍じゃ有るまいし……いや、あり得るのか?」
「それはそうとして、小惑星帯もほとんど取り尽くしてしまったのだ」
「うまそうなところは、もうほとんど残って無いからのぉ」
「じゃぁ別の星系から資源になる小惑星でも買ってくるか?」
「ああいうものは税金が高く付くから、ワシラの年金を集めても中々買えないよ。それに運搬費が高いし」
「くそっ、執政府め! 税金泥棒の執政官どもめ!」
「その一人は龍骨の民なんだが」
「あのくそババァ――――!」
「まぁそれを言っても始まらん。それに精錬合金やら炭素繊維は、ワシラが作るより、他の種族のブツの方が質が良いからのぉ。輸入する他あるまいて」
「そうねぇ、植物性の食べ物も同じよぉ。最近、キャベツが高くて困るわぁ」
――というような会話がなされ、今は定期的に資源を輸入することで落ち着いていました。龍骨ミルクなど、異種族と龍骨の民の合弁会社が他の星系で作っていたりするものも多いのです。
「君たちのご飯は、そうして輸入された物が多いのだ」
「そ、そうだったのか。てっきり龍骨星系のどこかに工場があるかと思ってましたよ……」
「
老骨船は幼生体の世話と昼寝がお仕事なので、モノづくりをしているのは極々僅かなフネだけだと、フユツキは説明しました。
「でも、現役船がいるじゃない。私達も、その一隻になるのだけど……」
「我々は共生知性体連合の各所で働き、故郷へむけた輸入にお金を回すのだ」
フユツキは給料――という概念を説明した上で、龍骨星系は出稼ぎ経済と年金で保っているのだと説明しました。なお、龍骨の民は経済観念が微妙な生き物なので、企業活動は一部のフネしか行っていないのです。
「へぇ……僕達が働かないと、幼生体が飢えるってことですか?」
「まぁ、飢えまではないだろうが、美味しいご飯が食べられないと、フネの質が落ちるかもしれんな」
「あ、それは嫌ねぇ。妹達が可哀相だわ!」
「美味しいご飯が食べたいよぉ~~!」
デューク達は、美味しいご飯を食べて成長してきたのは、そういう背景があるのだと知りました。「宇宙を飛ぶのは楽しいなぁ」などと言って、呑気に生きているイメージのある龍骨の民ですが、実のところしっかりと働いて、ご飯代を稼がないといけないのです。
「しかも税金は高いしな。ふっ、世知辛い宇宙だ……」
フユツキは、年経たフネだけが見せる乾いた笑みを浮かべました。
「は、はぁ……そうなんですね……」
「な、なんてニヒルな笑い方……」
「おっちゃん、背中が煤けてる~~!」
デュークは「そうか、頑張ってご飯代稼ぐぞぉ」と思い、ナワリンは「大人になるってこういう事なのかしら」と苦笑し、ペーテルは「背中磨いてあげるね~~!」と分かったような様な、分かってないような言葉を吐いたのです。
「それはそれとして――――あの輸送船をよく見てみろ」
気を取り直したフユツキは龍骨星系に向かう輸送船を指差します。
「えーと、識別信号はシンビオシス・トランスポート所属ですね。民間船ということですよね」
シンビオシス・トランスポートは、共生知性体連合の運輸系大企業でした。そこが保有する100万トン級の輸送船が、龍骨星系を目指して進んでいるのです。
「そうだ、民間船――紛れもない船というやつだな。そこで質問だ。船というものは、一体どういう意味を持っているのか、わかるかね?」
「えっ……そう言われると……うーん、なんだろう?」
「軍艦じゃないフネってことはわかるけど……」
フユツキが突然、意図が曖昧な質問を投げかけてきたのです。デュークとナワリンは龍骨を絞るのですが、なかなか答えは出てきません。
「はーい! おっちゃんおっちゃん、ボクわかる~~!」
ペーテルがクレーンを上げて、発言の許可を求めました。
「ほぉ、わかるか。では、言ってみろ」
「あれはね、ご飯を運ぶ偉い船なんだ~~! 船は大事なんだよぉ~~! それでね、船っていうものは軍艦に護られるものだって、おばぁちゃんが言ってたよぉ~~!」
ペーテルはそう言うと、「ずっと護られる側にいたかったのに~~!」と、またぞろ船の方が良かったとピィピィ泣き始めます。
「お前はまたそれか……いい加減にせい! と言いたいところだが――」
フユツキは「――それで正解だ。メルチャントらしい言い草だが、正鵠を得ている」と言いました。
するとペーテルが「わーい、じゃぁ、やっぱりボク、船になっていい?」言うので、彼は「うるさい、お前は軍艦だ!」とピシャリと叱ってから、デュークに尋ねます。
「では、デューク、その事を踏まえて考えてみろ。我々軍艦とは何者だ?」
「ええと……軍艦は……船を守るための存在なんですね」
デュークは反対解釈を行い、「軍艦とは船を守るもの」という結論に達しました。
「ええっ――?! 軍艦ってば、戦争のための道具でしょう?」
その結論にナワリンが反論するのですが、フユツキはきっぱりとこう言います。
「デュークの言うとおりだ! まったく、アームド・フラウ氏族は、脳みそが筋肉で出来ているとは本当の事らしいな……」
その後、フユツキは軍艦と船の違い、その役割などについて、小一時間ほども教育という名のお説教を行いました。
「ふぅ、教えることがあり過ぎるな。まぁいい……目的地に着くまでは時間がたっぷりあるのだ。キッチリ仕込んでやる! 私は教導艦、フネの先生なのだ!」
フユツキは高らかに宣言したのです。
このようにして、生きている宇宙船というものは、フネの先達から自分たちのこと、世界のあり方などを少しずつ学んでゆくのです。
そして、超空間を進んで半日が過ぎた頃です。
「またフネがやってくるよぉ! あれは軍艦だぁ~~」
彼らが幾隻かの民間船をとすれ違う中、いつもとは違うフネがやってきます。ペーテルは、光学識別が得意らしく、それが軍艦だとすぐに気が付きました。
「共生宇宙軍の艦艇が、超空間航路のパトロールをしているのだ。時に、皆、共生宇宙軍について知っていることはあるか?」
いつものごとくフユツキが、唐突に質問を投げかけてきます。
「ええと、共生宇宙軍は、共生知性体連合の軍隊で、連合を守るための組織だって教えられています。僕らもその一員になるのが、当然とも」
「いいえ、守るだけじゃなくって、共生宇宙軍は、連合の敵をぶっ叩くためのものなのよ。その戦艦っていったら、戦うための道具なのよ!」
「え――それはどうかなぁ。別に戦艦だからと言って、無闇な戦いをするのは良くないって、おじいちゃんたちが言ってたよ!」
「馬鹿ねぇ、そんな甘い事言ってたら、連合の敵に舐められるじゃない! 先手必勝なの!」
「それって、脳筋すぎやしない?」
「脳筋っていうな――――!」
デューク達が喧嘩を始めためので、フユツキは「喧嘩はやめろ!」と言いました。そしてこのような説明をするのです。
「たしかに連合の周囲にいる恒星間勢力は友好的なものばかりではない。ナワリンの言うように、時に敵を懲らしめるような振る舞いも必要だ。だが、この30年ほどの間は、共生宇宙軍が先に何かを行った事はないのだ」
フユツキは、先の大戦時に、拡大政策と取っていた連合が多くの敵を抱え込んだ事の反省なのだと説明しました。
「まぁ、その辺りは、歴史と政治の話だからな……実のところ、私も苦手でな……その辺は政治家という人種に任せて置くとしよう」
龍骨の民と言うものは、政治的な問題になると逃げ出す傾向が強いのです。
「さて、どちらにせよ、我ら軍艦は、共生宇宙軍で働くことになる。そうすれば、三食必ず食えるのだ。おなかがいっぱいになるまでな!」
フユツキは「軍のメシはうまいぞ!」と笑いました。
彼ら龍骨の民が連合の構成員となったときには、「僕ら宇宙を飛びたいだけなんです! あとご飯たくさん食べたい!」「タダ飯食わせるわけにはいかん! 仕事してくれ!」「ええと、何をやればいいんですか?」「あんたは艦なんだから、軍に入ってくれ!」「ご飯は三食つきますかぁ?」などという交渉があったのです。
「それだけではない、昼寝まで出来るのだ! 対して、民間船だとブラックな企業に勤めた場合ロクに眠ることも出来ないとも聞く……全く世知辛い……」
軍における龍骨の民の待遇は結構良いのです。なお、船舶の龍骨の民などは、給料制で民間企業で働くため、ご飯は自弁しなければなりません。
「おじいちゃんもそう言ってたなぁ。軍に入れば三食昼寝付きだって!」
「えっ、宇宙軍って三食昼寝付きなのぉ~~~~!?」
ペーテルが艦首を上げてびっくりしています。フユツキは「仕事はしなければならんが……まぁ、整備のときなど暇な時は寝ているな」と肯定しました。
「ぐっ、軍艦は……三食、昼寝付きなんだ~~!」
「そうよ、あんたもいつまでも船になりたいなんて言ってないで、諦めてこっち側にきなさいよ。三食昼寝つきなのよ!」
三食昼寝付きの言葉にペーテルが龍骨を揺らしました。
「ペーテルも、軍艦なのだから、三食昼寝付きの資格があるんだね!」
「資格が……ボクに……」
食欲と睡眠欲に負けたペーテルはこの日を境に、少しずつ軍艦としての自覚を持ち始めるのです。
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