第79話 ルームメイト 前編

「よろこべ蛆虫どもマゲッツぉぉぉぉぉぉっっ! お前たちの寝床が決まったぞぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 バーン! と食堂の扉が開いて、勢いよく中に入ってきたゴローロ軍曹がいつもの徴して絶叫します。


「傾注ぅぅぅぅぅぅ! これがお前たちの部屋割りだぁぁぁぁぁ――!」


「ふぇぇ、部屋割りって?」


「俺たちの寝る場所が決まったんだよ」


 軍曹がバン! と掲示したのは、模造紙に101から始めるナンバーと新兵たちの名前がつらつらと記載された新兵達の宿舎割りでした。


「各自これを見て宿舎に入れ! 今日は訓練は終わりだが、1時間後――就寝前に装具点検を行う! 以上だぁぁああ!」


 そう告げたゴローロは、ドカーン! と、食堂の扉をけとばす勢いで軍靴の音を鳴らしながらドカドカと嵐のように去っていきました。


「お、これ見ろよ。俺とデュークは同じ部屋だぜ!」


「あ、ほんとだ!」


 デューク達が部屋割りを眺めると生きている宇宙船と飛べないトリの名前は一緒の部屋になっているのがわかります。


 他の新兵たちもワイワイガヤガヤとしながら「僕は203だぁ! あ、同じだね」「私達は108だ。末広がりで縁起が良い」などと言っています。


 部屋割はこれまでの行程の間に仲が良くなっていた者同士が同室になっているものでした。教官たちは新兵達の行動の様子から、相性などを検討して、組み合わせをしていたようです。


「なるほどなぁ。教官って、僕たちをよく見ているんだなぁ」


「異種族同士の扱いに慣れているんだろうな。まぁ、教官ってのは馬鹿には務まらない仕事だとも聞くから、当然のことなんだろ」


「でも、ナワリンとペーテルの名前が見当たらないなぁ」


「ああ、部屋の数から考えて、別の建物かもしらんな。ほれ、これを見ろよ、宿舎は10棟もあるようだぜ」


 スイキーは軍隊手帳を開いて、訓練所の見取り図を浮かべせてそう言いました。


「前にもいったが、軍だって休みはあるんだ。そのうち通信制限も解除されるだろうから、連絡入れて会いに行くんだな」


「うーん……仕方がないねぇ」


「気になるか? あれって、お前の彼女達なんだろ?」


 スイキーは「オスメスオスメス」とちょっと下品な口調でそう言うと、デュークは艦首を傾げながら「そういうのって、よくわからないんだけど」と応えました。


「それに、ペーテルは男の子なんだけど」


「ん? そうなのか……龍骨の民の性別はよくわからねぇなぁ。まぁいいや、とにかく、俺たちのねぐらに行こうぜ。時間がねぇ」


 デューク達はこうしてスルスルペタペタと宿舎に向うのです。


「101はここだな。玄関先の一等地で非常呼集があっても一番に出ていけるぜ! ツイてるな!」


 101と書かれたプレートが付いた扉は宿舎の出口近くにありました。


「あ、ボクの名前が書いてある」


 部屋の扉の脇には、共生知性体連合共通語で、このような文字が書かれています。


 デューク・テストベッツ

 スイカード・JE・アイスウォーカー

 キーター・オルクロイアル

 パシス・モナーク

 マナカ・エクスカリバー


「ほぉ、デュークの下の名前は、テストベッツって言うんだな」


「そうだね。産まれたところの名前だよ」

 

 龍骨の民には本来は”名”しかないのですが、”姓”として便宜上氏族の名前が使われています。


「名前が5つということは、この部屋は5人部屋なんだなぁ」


「お、一番下の名前が光ってるぞ。こいつは入室中ってことだな」


 ネームプレートの一番下にある名前が光っています。


「よし、とにかく中に――――おろ? 開かねぇぞ」


 スイキーが扉の前に立つのですが、扉はウンともスンとも動きません。共生知性体連合の一般的な扉というものは、その様にすれば自動で開くはずなのです。


「あ、これって電磁式の錠前が付いてるよ」


「パスワードロックされてんのか? そうか、これは軍隊手帳を使うんだな」


 そう言ったスイキーは軍隊手帳を取り出し部屋の鍵と検索すると、錠前の描かれた絵が飛び出し、横には鍵のシンボルが記されています。


「おし、これか――」


 スイキーが手帳の表面をなぞり鍵のシンボルを鍵穴に入れると、扉の錠前がガチャリと音をたて、パカリと開きました。


「よし開いた。入ろうぜ!」


 スイキーはフリッパーをバタバタさせながら「邪魔するぜぇ!」とズシズシと部屋に入り込みます。中はベッドやロッカーやらが並んだ、それなりの広さがあるところだと分かるとともに――――


「きゃっ!」


 甲高い叫び声がデューク達の耳を叩きます。その声の主は金髪碧眼を持つ随分と整った顔をしたニンゲンのうら若き女性で、上半身裸なものですから豊かな双丘が丸見えになっていました。


「ニンゲンの女の子? ふぅん、あれって胸部装甲――すごく立派だなぁ」


「おお、デッケェおっぱいが付いた女だな! でっけぇぞ!」


 袋ペンギンは普通のペンギンと違って、その袋の中におっぱいがあります。ですから、スイキーは「ぐへへへへ、眼福眼福」などと興奮しました。


「あ、あんたち、男ね――他人様の胸をジロジロ見るな――――!」


 スイキーの言葉聞いた女性はベッドの毛布を握りしめ、グワシッ! と投げつけます。するとそれはまるで生き物のように宙で広がりデューク達の頭をバサリと覆いました。


「うおっ?! 何だこの毛布、絡みつくぞ」


「ふぇぇぇぇぇっ、取れないよ!」


 何か見えない力によって毛布が絡みつき簡単には引き剥がせない状態です。それを確認した女性は、白い素肌にビスチェのような下着を付けて、タンクトップをシュルリと引き下ろしました。


「これでよしっと……」


 そう言った女性はデューク達にすっと手をのばします。すると彼らに絡みついていた毛布がバサリと地面に落ちました。


「ふぇ…………なにこの力」


「これはテレキネシス能力だぜ――お前、サイキックだな?! なんてことしやがる。共生知性体相手に能力を使うのはご法度だぞ!」


 デューク達に纏わりついた毛布は離れたところから物体を操作する思念波能力の一種によってコントロールされていたのです。


「着替えの途中なのに勝手に入って来てくるからよ!」


「でも、ここは僕達の部屋なんだけど」


「そうだそうだ!」


 デュークが「鍵なんかかけないでよ」と抗議し、スイキーはむくれた口調で「俺の部屋なんだ!」と言ってフリッパーをブンブンと振ります。


「だから着替え中だったって言ってるでしょ。ニンゲンの女は、裸を見られたくないものなのよ」


「へぇ、そうなんだ」


 デュークは「なるほどぉ、そうなんだね」と納得するのですが、スイキーは「「別に減るもんじゃねーし、いいじゃねーか! 共生宇宙軍は、オスもメスも平等だって教官が言ってたろ」となおも抗議するのです。


 龍骨の民であるデュークは裸なのがデフォルトな生き物なのですし、袋ペンギンのスイキーも基本的に真っ裸なのがスタンダードです。


「ふぅ……あんたらみたいに常に肌かんぼの種族だったらそうかも知れないけれど、ニンゲンは雌雄の別がそこそこ五月蠅いほうなのよ。種族の違いは尊重しろとも教わったでしょうに」


「ああ、種族的な感覚がかなり違うんだな。オスに胸をジロジロ見られると、恥ずかしいんだ。それに、人の事をジロジロ見るのは良くないね。ごめんよ」


「たしかにそうだな。すまんすまん、悪かったなデッカイオッパイのネーチャン」


 デュークは種族的な感覚の違いというものは、とても大事な事だと聞いていたので申し訳無さそうにお詫びをしました。スイキーの方は少しばかり軽い口調で詫びを入れたので、女性は「こ、このエロペンギンめ」と呟きまし。


「あなた達、ルームメイトなのね。私はマナカ・エクスカリバー。見ての通りニンゲン族よ」


「うん、僕は龍骨の民のデュークだよ。よろしく!」


「俺はフリッパード・エンペラ族のスイカード――スイキーって呼んでくれや。よろしくな!」

 

 デューク達はひとしきり挨拶をすると、脇ちょに自分の名前がついたベッドに向かいます。


「ここが僕のベッドか、何か置いてあるぞ?」


 デュークがベッドの上にある大きな袋を「なんだろ?」と眺めていると、スイキーも「俺のところにもあるぜ」と言ってきます。


「ああ、それね。軍からの支給品が入っているわ」


「支給品かぁ、何が入っているんだろう?」


 彼がクレーンを伸ばして、ゴソゴソと中のものを取り出すと、複合炭素繊維で出来た大変頑丈な作りの大きなベルトが現れます。ダークグリーンの色味を持ったそれのほかに、同じ素材できた丸っこい帽子も入っていました。


「おお、これは美味しそうな炭素繊維だねぇ。共生宇宙軍は3食昼寝付きの上に、おやつまでくれるんだ!」


 デュークが手にとったベルトと帽子を見つめ「わーい、美味しそうなおやつ!」と喜色を上げると、マナカが「待って待って」と制止し、スイキーは「炭素繊維がおやつと来たか!」と笑いました。


「おやつじゃないわ。それはあなたの軍服なのよ」


 マナカはそれが龍骨の民専用の制服なのだと教えます。デュークは「軍隊の制服……おやつじゃないんだ」と残念がりました。


「あきれた、龍骨の民はなんでも食べるって、本当なのね」


「ああ、金属でもなんでも食えるらしい。炭素繊維なんかもいけるんだな」


 スイキーはゴソゴソと着替えを始めながらそう言いました。袋ペンギンは基本真っ裸な種族ですが、なにかの仕事をするときには制服を着ることもあるのです。


「就寝前に装備を点検されるらしいから、早く着替えなさいな」


「ふぅん、これを装備するんだね。でも、どうやってつけるのかなぁ?」


 龍骨の民は服を身につける習慣がないので、デュークは「こうかな? こうかな?」などと戸惑いを見せました。見かねたマナカが「ほら、ちょっと、貸してみなさい」と手を差し伸べます。


 ベルトを取り上げたマナカはそれをバサリと広げ「ふむふむ、巻きつけるタイプね……この穴にクレーンを通して……」などと言いながら、デュークのカラダに軍服を着せて行きます。


「あはっ、可愛いじゃない」


 ベルト状の軍服がフネのミニチュアの背中とお腹をすっぽりと覆い、艦首にチョコンとベレー帽が乗っています。その様子は「お仕着せを着たイヌのような感じね」とマナカが呟くような可愛らしいものでした。


「可愛いか? 俺には、フネの簀巻きにしか見えんがな……ところで、これってなんだかわかるか?」


 ペンギン用のジャケット一式を着込んだスイキーですが、ガッチリとした装具を手に「服は知っとるが、これがわからん」と頭を傾げていました。


「それも軍服のパーツの一つかな? 僕の支給品の中にはないものだよ」


「デュークには歩行という意味での脚がないから、必要ないのよ。それは編み上げブーツタイプの軍靴ね。脚につけるて保護するためのものよ」


「脚にぃ? 俺たちはこういうものを付けなくても大丈夫なんだが」


 ペンギンの短い脚は自然環境をノシノシと歩くための丈夫な物ですから、本当は靴などいらないはずですが、マナカは「そんなこと言ってると、これからの訓練で泣くことになるわよ」と忠告しました。軍隊の訓練は大変厳しいので、やはり脚は保護した方が良いのです。


「だけど、こんなモン付けたことがねぇからなぁ」


 スイキーは「くぎゅ、くぎゅっ、上手く入らねぇ」と言いながら、靴を履こうとするのですが、なかなかうまく入らず「お手上げだ――!」と、翼をフリフリさせました。袋ペンギンの手泳ぐためのものであり、器用な作業が苦手なのです。


「ごめんよ。手を貸して上げたいけれど、僕はプロペラントタンクの付け方しかしらないんだ。手を貸してあげてよマナカ」


「仕方ないわねぇ」


 マナカがスッとスイキーの傍につき「ほら、足を上げて」と言い、彼の脚を靴の中に押し込むのを手伝い、スイキーの代わりにちょいちょいと紐を締めました。


「むぅ……微妙にフィットしないぜ。そうか、親父がいってた”軍隊じゃぁカラダに軍靴をあわせるんじゃなくて、カラダを軍靴に合わせる”ってこういう事なのか?」


 スイキーは足に付けた靴を嘴の先でツンツンと突きました。その靴はペンギン用ではありましたが、微妙な違和感があったのです。


「カラダに馴染ませるのよ。足踏みでもして慣らせばピッタリになるわ」


「そうか、よしっ――!」


 マナカのアドバイスにスイキーはピョーンピョーンと飛び始めました。彼のジャンプ力は凄く、ビョンビョンと1メートル程も飛んでいます。ペンギンの脚は短いものですが大変な力があるものでした。


「あら、すごいジャンプ力ねぇ」


 マナカは「あはは、飛べないトリでも、少しは空を飛べるのねぇ」と朗らかな笑みを見せました。


「よしよし、なんだかピッタリになってきたぜ。アドバイスありがとよ、マナカ」


「マナカ、僕もお礼を言わせてもらうね。助かったよ」


 着替えを手伝って貰ったスイキーとデュークは、ヒョコヒョコと艦首と嘴を上下させ、感謝の意を表明します。


「気にしないでいいわよ。私達ルームメイトじゃない――仲良くやりましょ」


「うん、改めてよろしくね!」


 デュークがミニチュアのクレーンを差し出すので、マナカは気持ちの良い笑みを浮かべながら「よろしく生きている宇宙船のデューク」と握手しました。


「俺も、よろしくな。ニンゲン族のマナカ」


「ええ、よろしく。フリッパード・エンペラ族のスイキー。だけど気をつけてね、また着替えを覗いたら、その頭の毛毟っちゃうわよ?」


「ひぃ、それじゃ”ハゲペンギン族”になっちまう。き、気をつけるぜマナカ」


 そうしてスイキーとマナカも握手を交わしたのです。

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