第78話 同じ釜の飯
「つ、疲れたぁ……」
「カラダがめちゃくちゃだぜ……」
限界まで走り込んでズタボロの状態になったデューク達が這うようにして食堂に向かっています。訓練教官のゴローロが「起きることができたやつから、食堂へ迎え」と言ったきり姿を消していました。
「食堂か……メシだろうな。メシの時間だものな」
「ご、ごはんか」
「飯の前に、シャワーだぜ」
「ドロを落とさないと……」
食堂がある建物――宿舎と呼ばれるもの前で息を整えた彼らは、室外シャワー施設でドロを落として建物に入ります。
「い、いい匂いがするぜ」
「ホントだ、お腹へってるから、たまらないや」
食堂の前に来ると、なにやら良い匂いがして食欲が湧いてくるのがわかります。デュークとスイキーのお腹がギュウと鳴りました。本来であれば、あれだけ動けば食欲など出てこなさそうですが、実のところ訓練教官達のシゴキは、そのギリギリのラインを見極めたものだったのでしょう。
「ふぅん、あそこにカフェテリア形式って書いてあるけど、どういうことかな?」
「いくつかある料理を選択して、自分の好きなものを食べることが出来るんだ」
食堂に入った彼らは好きなものを好きなだけ取れるカフェテリアがあるのに気づき、プラスチックプレートを受け取ってカウンターとなっているところに並びました。
カウンターでは食堂のスタッフが「主食以外は、すべて合成食だから種族や宗教とかは気にしないで! サラダ、スープ、主食、メイン、デザートと順番に受け取って」と声かけをしています。
カウンターには、多種多様な料理がおいてあり、デュークは「見たこともない料理がたくさんあるぞ!」と声を上げるほどでした。
「サラダは好きな物をまぜこぜできるタイプだ。海藻に、レタスに、トマトに、こいつはポテサラだな――100種類位有るじゃないか……気合入ってんなぁ!」
「あ、トマトだ! 僕、アムレタトマトというのを食べたことがあるんだ! でも、全然形が違うねぇ」
「それってかなりの高級食材だぞ。あれは高いんだぜ」
サラダを取った彼れらは、スープコーナーにまわり、スイキーはコンソメわかめを選択し、デュークはイモのスープを選択しました。そしてメインの料理があるカウンターに来るのです。
「魚と肉のどちらかを選択することが出来る……ええと、僕はお肉にしよっと。あ、これ美味しそう! あ、でも、これ、トリ団子だって書いてある……」
「はっ、俺がトリだからって気にすんな。どうせ合成食の材料は別モンなんだ――お、魚のテリーヌじゃんか、こいつはいいや! 大好物なんだ」
料理の多くが合成食――どの種族が口にしてもエネルギ―に変わるような、特殊な素材で出来ていますから、トリがトリ団子を食べたとしても全く問題ないのです。スイキーに促されたデュークはテラっとした色味の肉団子を沢山取り、スイキーは魚類をすり潰したものに赤いソースを掛けたテリーヌを取りました。
「次は主食だ。パンと……なんだこれ? イモか? 見たことがないな――ちょいと喰ってみるか」
スイキーは誰でも食べられますというコーナーから、パンを一つ取り上げ、なんだかへんてこりんな形をしたイモのような物体を取りました。
「ここには種族専用料理というのもあるんだね。あ、液体水素のミルクだ!」
合成食だけでは完全な栄養補給は難しいので、主食には各種族専用の素材がパック詰めにされたものも置いてあるのです。デュークは龍骨の民専用と書かれた液体水素のパックを見つけて「やったね!」と喜ぶのです。
「でも、金属とか岩石は無いんだな。主食っていったら、ホントはそういうものなんだけど」
「へぇ、龍骨の民の主食はそういうものなのか。だが、食堂が金臭くなったりする我慢してよ。ほれ、これでも食っとけ――!」
スイキーがデュークのプレートに何やらドロリとした穀物のペーストをどっさりと突っ込みました。
「うわぁ、なんだか、いい匂いがするね」
「お粥だ! お粥はカラダにいいのだ!」
デュークはスンスンスンとペーストを嗅ぎました。龍骨の民は何でも食べる種族ですから、穀物だってご飯になるのです。
「へぇ、果物だけは天然物なんだね」
「樹木系の種族もいるけどさ、アイツラの感覚からすると、果実ってのは喰われてなんぼのものだから問題ないんだ」
果物を取りに来たデューク達は、そこに天然物の食物を見つけます。共生内生体連合にはりんご星人のような果実系の種族は存在するのですが、むしろ倫理的にOKなので天然物をだしてもセーフなのでした。
そして最後にジュースのような物が缶を受け取れば、プレートは山盛りの盛りだくさんとなるのです。
「わーい、ご飯がたくさんだァ――!」
「へへへ、メシってのはこうでなくっちゃな。お、あそこ空いてる。あそこ座ろうぜ」
スイキーが指した食堂の机には、フレキシブルな形状の可動式椅子が置いてあります。それは形状を変化させることで、多種多様な種族が座れる様になっているものです。デュークが「よっこいしょっと」と乗りあがると、それはネストのレストランにあった長椅子のようなググっと変化しました。
「座り心地が良いね……あれ、地面に座ってる人もいるなぁ」
「ああ、地べたで座り込んでメシを喰うのが正式な奴らだな」
地面に腰かけている種族がいるのは、それが彼らにとって正式な食事作法だからでしょう。体格的にどうしても椅子に座れない種族もいるので仕方がない部分ではあります。
「さぁて、メシだ――――いきなり、メインの魚のテリーヌから――! もぐもぐ、お、合成食にしちゃあ、かなりレベルが高ぇぞ!」
スイキーが食べているのは、白身魚をすり潰したもの丁寧に練り込んでテラコッタ製の鍋で蒸しあげたものです。細かく刻んだ野菜と香辛料を入れ、バターとクリームで味を調えたソースが乗った濃マロな味を作り出していているのは、共生宇宙軍の調理機械が優秀だからです。
「ハフハフ……美味しいや!」
デュークは、麦や豆に似た穀物をじっくりと煮込んだ”おかゆ”を口にして、美味しい美味しいと声をあげました。彼が食べているものは、脂とミルクで味を調えてあるモノで、質実とした味わいの中にグッと来るような素朴な味わいがあるものです。
「肉団子もおいしいな、肉、ご飯、肉、ご飯! 混ぜちゃえ!」
「はっ、肉団子の粥とは豪勢だな! さて、次に俺は……なんだか分からないけど持ってきたイモみたいないだ、こいつを食すとしよう」
スイキーは、主食のコーナーから持ってきた丸っこい野菜のようなものフォークでブスリと突き刺し、そしてクパッと嘴を開けるとそれを丸のみにするのです。
「ふむ……やはり芋だな……芋だ……悪くはないが……」
スイキーは微妙な表情を見せて手を止めました。
「パサパサしとって俺の舌にはちょっと合わん……」
「パサパサ? ふぅん? 貰っていい?」
「すまん、貰ってくれ」
デュークは「ありがとう――!」と言いながら伸ばしたクレーンを先で持ったフォークで、イモをヒョイと拾いました。
「あ、美味しい! 塩気が利いて、そしてパサパサしてる! なんだが、小惑星の塊を食べているみたいだよ!」
「なんと、パサパサな食感でも美味しく感じるのか」
「僕らは何でも食べるからね!」
デュークは快活に笑うと、芋とミートボールの入ったお粥をサラサラと飲み込み、サラダを流し込み、パック詰めの液体水素を取り込みました。
「う、もう少しだけ何か食べたいなぁ」
「おかわりできるぜ、貰ってきたらどうだ?」
「いや、あとほんの少しでいいんだよ――」
デュークのプレートは綺麗サッパリ空になったのですが、微妙に何かが物たりません。そんな彼は手にした金属製のフォークを見つめ――
「パクン!」と口に入れるのです。キュルキュルゴリゴリとした音が鳴ると、スプーンがきれいに無くなります。
「おいおい、それって鉄かなんかの金属だろ? どんな味がするんだ? 旨いのか?」
「うーん、精錬されて無いから味は普通だけど……鉄分がたっぷりだよ!」
「鉄分たっぷりか。確かにそうだろうな。クワックワックワッ!」
そのようにして食事をとるデューク達の周りでは、他の知性体も同じようにして食事をとっています。
「ウシがミートボール食べてる………BSEになっちまうぞ」
「合成食なんだからいいんだよ。というかお前、魚が魚喰ってっていいのか?」
「大きな魚は中くらいの魚を喰うんだよ。中くらいの魚は小さな魚を食うんだ。小さな魚はもっと小さな魚を食ってな、もっと小さいやつはプランクトンを食うんだ!」
などと、ウシ型種族と魚人族が仲良くご飯を食べていたり――
「果物は美味しいけれど……血の滴るお肉とかは食べられないのかしら?」
「お、俺の方を見ながら、そういう目で見ないでくれよ……」
「冗談よ、私は菜食主義のクマだもの」
可愛らしい顔をしたクマ型種族の女性が、オレンジに似た果物の皮を鋭い爪でムリムリッと剥いて丸ごとほおばっていたり、ヘラジカのような角を持った種族はがブドウのような果実の粒を摘まんでいたりしています。
「モシャリモシャリ……美味しいですね」
「ジュルルル、うむ、口に合うのぉ」
デューク達と一緒に走っていたアリ種族と樹木型種族も仲良く食事をしていました。アリ型種族は丸っこいものが好きなようで、団子にした合成肉のボールを黙々と口にし、樹木型種族は窒素とリンをたっぷりと含んだ液体をパックからズルルと吸い込んでいます。
他では、眼鏡を掛けた細っこいヒューマノイドが涙を流しながら、コメを炊いたものをかきこんでは、鼻水をすすり、またメシをかっ込んでは、鼻水をすすっています。
「泣きながら、メシを喰うなよ」
「だって、銀シャリだべ! 故郷じゃめったに食えねぇのに、こんなに山盛りに……ハグハグハグハグハグハグハグハグハグハグ、グスン……く、国のおっかぁにも食べさせてやりてぇ……おらの星系はこないだ連合に加盟にはいったばかりで。まんだ、貧しいんだべ」
「そうか、とにかく落ち着いて喰えよ。いくらでもおかわりできるんだからな」
「ありがてぇ……ハグハグハグハグ」
デュークは自分を含めた様々な種族が一同に介してご飯を食べる光景を眺め、艦首をウンウンと振りました。
「これが同じ釜の飯を食うってこと、なんだね」
「ああ、仲間と一緒にメシを喰うってーのは、いいもんだ」
スイキーは嘴を爪楊枝でせせりながら安心しきった感じで言葉を漏らしました。デュークも「こうやって段々と友達になるんだな」などと思うのですが――
「あ、仲間といえば……ナワリンとペーテルの事すっかり忘れてたよ!」
講堂からに入って訓示を聞いた後に、バタバタと動き出しこれまで走らされ続け、デュークは二隻のことを考える余裕が無かったのです。
「ああ、確かにあのフネの嬢ちゃんたちがいねぇな。うーむ、これは別の訓練グループに入ったな。まぁ、休日にでも会いにいけよ。訓練所の中にいるんだから、逃げたりはしないだろ?」
スイキーが訓練所の中にいればすぐに会えるさと言うので、デュークは「ううん……今は仕方がないか」と諦める他なかったのです。
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