第80話 ルームメイト 後編

「ところで、残りの二人はどこだ?」


「まだ来てないわ」


「あ、扉を叩く音がしたよ」


 デューク達が装具を固めたところで、トントントンと部屋の扉が叩かれます。「入っていいよ――!」「うむ、オッパイ丸出しのメスはおらんからな」「これってセクハラ?」とデューク達が答えると、扉がスルッと開きました。


 「失礼します」という丁寧な言葉とともに、長い二本の触角がニュっと部屋の中に入ってきます。続けて、黒光りする硬い殻を持つガッチリとした生き物が入って来ました。


「ど、どうも」


 体高2メートルほどもあるアリ型種族は、真ん丸な複眼をキョロキョロさせながら、強靭そうなものでガチガチと音を鳴らせながら挨拶しているのです。デュークは走り込みの際にその姿を見ていましたが「部屋の中でみるともっと大きく見えるなぁ」と思いました。


「随分と遅かったじゃねーか?」


「そのぉ……反対側の宿舎に向かってしまったのです。ワタクシたちの種族は、ゾロゾロとした流れに弱くて、つい……」


 アリ型種族はどうやら間違った方向へ向かってしまったようです。彼はカリカリと大きな触角を掻きながら俯いて、恥ずかしがりました。


「へぇ、そういう習性があるんだ。あ、僕は龍骨の民のデューク。よろしくね」


「ワタクシはパシス・モナーク、惑星アリヅカの出身です。以後お見知りおきを」


「ほんで、後ろにいるのは最後のルームメイトかい?」


 スイキーがパシスの後ろにいた異種族に気づきます。


「よっこらせっと」


 パシスとは違った大きなカラダを持つ生き物が部屋に入ってきました。そいつは太くたくましい体幹をズドンと伸ばし、頭の方にはいくつもの腕を付け、先には青々とした緑を無数に茂らせています。


「ワシら樹木型の種族は足が遅くてね。普通に歩いてやっとこたどりついたのさ。ああ、ワシの名前はキーター・オルクロイアル」


 キーターの表面はゴツゴツとした硬そうな外皮に覆われ、2つのうろのようなところから淡い光を放つ目を覗かせていました。彼の足元を見ると、ゴワゴワとした根っこが10本ほども伸び、脚の役割を果たしているのがわかります。


「私はマナカっていうわ、あなたのような種族は歩行補助具の使用が認められて居るはずだけど」


「おお、反重力浮揚装置を付けておるが、最低限のパワーにしとるんだ。少しでも脚を鍛えようと思ってなぁ」


 キーターが「軍隊はカラダを鍛えるところだからのぉ」と重々しい声で説明するので、デュークは「真面目な木なんだなぁ」と思いました。


 最後のルームメイトがやってきたので「よろしく」「よろしくね」「よろしくお願いたします」「よろしゅうに」と挨拶を交わした部屋番号101組は、後からきた二人を受け入れ、装具の装着を手伝います。


「おし、背中にリュックを付けたぜ」


「どうも、ありがとうございます」


 パシスの装具を確認したスイキーは「ははっ、他人行儀なのはやめろよ」というと、「はぁ、共生知性体連合共通語は丁寧語しかしらないもので」とパシスは答えました。


「靴は何個余ってるかしら?」


「えっと、あと4つだよ」


「手伝って貰ってすまんのぉ」

 

 デュークはマナカと協力して、キーターの軍靴をつける作業をしています。


「しかしあれねぇ、”木”を歩かせるだなんて」


 作業を続けるマナカは「共生宇宙軍って本当に厳しいところねぇ。強制宇宙軍だわ」と呟きました。


「まぁ、ワシらも共生知性体だからのぉ、同じ様にして訓練せねばな」


 キーターは「多少足が遅くとも、自分達の種族だけが例外的に軍役を逃れる事はできんのだ」と言いました。


「真面目ねぇ。まぁ、あなたも志願したんだから、当然といえば当然だけど」


「うむ、志願は名誉なことだものな」


 共生知性体連合は各種族に税金を徴収して運用される組織です。税はお金や資源の他、人的資源や戦力の形でも徴収するのですが、その中でも共生宇宙軍への志願は大きなポイントとなります。


「龍骨の民などは、その際たるものだな」


「えっと、僕みたいな軍艦タイプは全て共生宇宙軍に志願するから? でも、それって当たり前なんだけれどね、良し最後の靴を付けたよ」


「紐は私が縛るわね――――警備会社とか傭兵っていう手もあるけれど? 資源探査企業なんて凄い高給貰えるわよデューク」


「軍の兵役が終わらないと駄目なんだって。それに軍艦は軍隊にいるのが自然だと思う」


 などと装具を固める作業を行いながら、デューク達はおしゃべりを続けました。


「おーい、マナカ。パシスの背中にある抑制器を調整してやってくれ」


「すいません、手が届かなくて。ずり落ちそうなんです」


「あら、パシスは羽アリなのね」


 パシスは背中の甲殻をバシャリと開けて、薄い羽を見せながら「飛んで逃げないようにと付けられました。逃げるはずがないのに……」と呟きました。


「へぇ、僕と同じかぁ。おや……なんだ?」


 おおよそ作業を終えた事を確認したデュークが扉の外を見ると「ゴロロロロ」とした鳴き声が聞こえ――


「準備は良いか蛆虫どもっ! 整列、整列、せいれーつ!」


「ふぇぇぇ?!」


 ゴローロ軍曹が突如現れて、デューク達に整列するように命じたのです。


「装具改めだっ! まずはそこのクソ虫――」


 軍曹はパシスの前に立ち、装具がしっかりと装着されて居るかどうかを確かめながらこう続けます。


「お前、C中隊の宿舎に間違えって入ったと報告があったぞ。あそこの教官から文句がついとるっ!」


 パシスはなんとも答えることができませんが、答えを求めるでもないゴローロ軍曹は「まぁいい、俺様はC宿舎のあいつが大嫌いだからな――点検良しっ!」と言って、次に進みます。


「次、ウドの大木――――! む? 装具が全部ついとるじゃないか。お前トロトロしとるから、終わっておらんと思っておったぞ……」


 そう言ったゴローロはキーター以外の面々を睨みつけながら「ふん、仲間に助けられたか」と鼻息を漏らしました。


「次、トリ頭――ゴロロ、お前のようなやつでも、制服を着ればそれなりに見えるものだな!」


 ゴローロ軍曹はゴロロロと満足げな鳴き声を上げました。不思議なことに、スイキーの制服姿にはどこか貫禄のようなものがあるのです。


「次、そこのオッパイのデッカイニンゲン――」


 マナカは「気にしているのに……」と思いましたが、軍曹がギロリと睨みつけてくるので、ビシッとした姿勢で耐えるのです。


「靴良しっ、ズボン良しっ、ベルト良しっ、上着良しっ――」


 そう言ったゴローロは「このブサイクな面はいただけんが、まぁいいだろう、良しっ!」と冗談めいた口調で言ったのです。


「最後、ボロブネ――泥舟だったか? とにかく装具は……うむ、良しっ!」


 ゴローロ軍曹はデュークの点検を簡単に済ませると「総員装具点検良しっ! 明朝は4時半起床だ、早く寝ろ! 特に、子供は早く寝ろ! これは命令だ!」と言って去っていきました。


「やけにあっさり終わったぜ。もっとボロクソに言われると思ったんだがなぁ」


 点検後、装具を外していたスイキーが頭を捻りながら「油断させておいて、夜中に叩き起こされるんじゃねーか」と呟きます。


「共生宇宙軍は訓練時間以外にはそういう事しないって聞いたわ。過度なストレスは知性を摩耗させるもの」


「何千年にも渡って洗練され続けた科学的な軍隊教練というものですな」


「ふぅむ、型は教えるが、それに無理やりはめ込むことはしないということじゃな」


「連合正式加盟種族は1000を越えているからな。まぁ無理はできんよなぁ。教官の言葉が汚ねーのは、どうにもならんが」


「それは伝統らしいわ」


「軍の伝統というものは、無くなるものではありませんからね。これはどの種族、どの星でも同じですぞ」


 デュークを覗く四名は、共生宇宙軍はトレーニング理論やストレスマネジメントという点でかなり優れた管理を行っているだろうと結論付けました。


「ふぇぇぇ、皆、なんだか難しい言葉をいっぱい知ってるね」


 デュークはそのような言葉をコードの形で龍骨に収めているのですが、それを理解しているわけではないので、そう言った言葉を皆が理解して使う姿にびっくりしてしまいます。


 彼は「どこでそう言うことを覚えるの?」と尋ねます。


「学校だな」

 

「へぇ、みんな、学校っていうものを出てるんだぁ」


 出ているどころか、皆かなりの高学歴で、スイキーとマナカは地元の軍事系大学、キーターは共生知性体連合大学の分校、パシスなどはドクターコースを終えているほどでした。実のところ、共生宇宙軍における志願兵というものは、一部の例外を除いてそれが当然なのです。


 それを聞いたデュークは「龍骨の民は例外なんだなぁ」と、なんだかちょっと悲しそうな顔をするのです。


「何言ってるんだ、龍骨の民は軍隊ここが学校なんだろ?」


 そう言ったスイキーは「俺たちが知ってることなら、何でも教えてやれるぜ」とデュークの背中を叩いたのです。龍骨の民というものは、このようにして軍に入隊し仲間達と一緒に軍隊生活をすることで、成長してゆくものでした。

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