第81話 数日間の訓練

 訓練が始まってから数日が経った早朝――


「朝だ!」


 パッパラッパパパパ――パッパッパパパラ――! と、起床ラッパが鳴り響くと同時にデュークは、被っていた毛布を引っぺがします。


 まだ大変早い時刻で眠気が残っていますが、そのように飛び起きる習慣をデュークは身につけることが出来ていました。


 彼が部屋を見回すと、天井から惑星カムランの太陽と同じ組成の光が漏れ出し、その下で、彼のルームメイト達も起き出していることに気づきます。


「おはよ!」


「おはよう!」


 デュークが朝の挨拶をすると、部屋の隅にある洗面台の方から応答がありました。マナカは口に歯ブラシを入れてシャカシャカと歯を磨きながら、少し伸びた金髪を器用に片手で縛ってまとめはじめています。


「おっす、良く寝られたか?」


 スイキーは首を巡らせながらペロペロと毛づくろいしていました。ときおり尾っぽの根本を押してにじみ出る脂を舐め、羽毛をコーテイングしてもいます。


「おはようございます」


 アリのパシスが触角をフルフルと振りながら、関節をゴキリゴキリと鳴らして床に立ち上がり、背中の羽根をバシャリと広げてから、綺麗に畳むという朝の体操をしていました。


「陽光に良水は清き空気を作り出す~~♪」

 

 キーターは出身星の言葉で鼻歌を歌っています。彼はゆっくりとした動きで、しなやかな枝を持ち上げ、青々と茂ったハッパで光を浴びながら光合成を続けます。


 彼らは朝の日課を終えると、すぐに身支度を始めます。デュークも腹巻のような装具をテキパキと装着しました。


 ”0500マルゴーマルマルに宿舎の前に集合、急げボンクラども!”


 そうこうしているうちに、ゴローロの大きな声が館内放送を通じて聞こえてきました。太陽が昇っただけの早朝ですが、今日もデュークたちの訓練がはじまります。



「1・2・3・4! スターミー宇宙軍!」

「1・2・3・4! スターミー宇宙軍!」


「5・6・7・8! スターミー宇宙軍!」

「5・6・7・8! スターミー宇宙軍!」


 惑星カムランの朝日が、訓練所を照らし始めたころ、新兵たちは日課の早朝ランニングに取り組んでいます。


 ゴローロ軍曹が並走しながら独特の調子で「1・2・3・4」とリズムを取れば、新兵は「スターミー宇宙軍!」と応えながら歩調を揃え、ミリタリーケイデンスを熱唱します。


「俺たち無敵の宇宙軍! 毎日毎日敵を撃つ!」

「俺たち無敵の宇宙軍! 毎日毎日敵を撃つ!」


「俺がお前が宇宙軍! 宇宙軍は諦めない! 宇宙軍は見捨てない!」

「俺がお前が宇宙軍! 宇宙軍は諦めない! 宇宙軍は見捨てない!」


 デュークはこの数日間で、歌詞に合わせて歩調を整えることで気分が盛り上がり、一緒に謡いながら走る仲間たちと心が同調するということを学んでいます。


「アッハ!」

「アッハ!」


「オゥイェ!」

「オゥイェ!」


 そのような特に意味のない言葉を間に挟みながら、ケイデンスはその歌い手を変えてゆきます。


「左、左、右。右、左! お家に帰っても寝床はない、ニンゲンどもに燃やされた。おやじもおかんも逃げ出して、キノコに故郷が奪われた。リズムにあわせて、敵を撃て! イチニーサンシー、号令合わせて、敵を撃て!」


 助教であるまずはイノシシ面のボンゾ教官は、重低音を響かせブヒブヒ吠えながら、”敵”についての掛け声ケイデンスを上げるのです。デュークは訓示のときに知った”敵”について思い出しました。


 護るべき星を燃やしたり、侵略したりする奴らを撃て! ケイデンスを歌っていると、龍骨に”敵”――撃ってヨシ! というコードが滲み出てきます。


 お次は、毛並みの揃った美猫のメルル教官が高い鳴き声でミャァミャァと、可愛らしい猫なで声を出しながら、このような歌を歌います。


「男と女、男と女、ベッドで転がり、こう言った。お願い欲しいの! どっちが言った! どっちが上だ! どっちが下だ!」


 彼女の口から洩れる歌は、その美しい顔立ちからは想像もできないような卑猥なモノでした。ミリタリーケイデンスには、羞恥心やモラルというものを、どこかに捨てきたような物もあるのです。


 メルル教官は「歌え、歌え! 恥ずかしいだなんて言葉はどのへんのドブに捨てろ!」と命じます。マナカは顔を赤らめながら、パシスは触覚をヒクヒクさせながら恥ずかしそうに歌います。


 そのカラダの太さに合わせた図太さを持つキーターは「雌しべと雄しべがくっついて~~♪」などと歌い、アッケラカァな正確のスイキーは「不倫は文化だ欲望だ~~! カーチャン達には内緒だぞ!」などと歌いました。


 デュークといえば、「上とか下とか何の事だろう?」と考えながら、メルル教官の歌声に合わせて「放送禁止用語~~!」と大声で歌います。種族的にそのへんの文化が薄いのに加え、あまりそういう事について考えたことも無いから歌えますが、あとで意味を教えられて、白い肌が真っ赤になるかもしれません。


「スパ――――トッ!」


 ランニングの歩調が段々と上がりはじめます。ゴローロの声もどんどん調子が良くなりました。


根性ガッツ見せろ! 挑戦チャレンジしろ! 創意工夫だイマジネイト!」

根性みせろガッツ! 挑戦チャレンジしろ! 創意工夫だイマジネイト!」


 最後は、共生知性体宇宙軍のモットーの一つで締めくくられたのです。


 早朝ランニングの後、朝食を摂った新兵たちは様々な器具が置かれた練兵場に入ります。


「行け! 行け! 地面に足を付けたらやり直しだ!」


 木で作られた高い台の上、4メートルほどの高さにロープが張られ、その前で教官が叫んでいます。高所にあるロープを伝う訓練なのでしょう。


「うんしょ、うんしょ」


 デュークは頭の上にクレーンを伸ばしてロープを掴みます。彼はまるで吊り下げ型のロープウェイを見ているようにスルスルと進みます。


 マナカは腕と足をロープに絡め、パシスは前腕を使って器用にロープを伝います。腕の力は十分なキーターは、捕まることよりも垂れた根っこが地面に着かないように、慎重に進みます。


「ううう、これは無理だぜ」


 皆がロープを渡り始るなか、スイキーは中々ロープに捕まることができません。彼のフリッパーは多少の重さの物は掴むことが出来るのですが、自分のカラダを支えることは難しく、自重は50キロを軽く超えているのです。


「なにをしているトリ頭、早くお前も行け! 焼き鳥にするぞ!」


「ええい、ままよ!」


 ゴローロに脅されたスイキーは、意を決して綱に掴まろうとするのですが、案の定ロープに捕まることが出来ずにズデンと落ちてしまいます。台の上ですから大丈夫なものの、少し進んでから落ちたら大変なことになるでしょう。


「やり直し! トリ頭! 根性みせろ! なんどでも、挑戦しろ!」


 ゴローロが喝を入れるので、スイキーはジタバタとロープに掴まろうとするのですが、やはりボトリと落ちるのです。何度も何度もチャレンジしても、結局彼はロープに掴まれません。


「「「スイキー、頑張れ!」」」


「頑張れったってなぁ……掴まれないんだ」


 先に渡りきったデューク達から叱咤激励の掛け声が掛かりますが、スイキーは弱気な声を漏らして、ぺたりと地面に座り込んでしまいました。ゴローロ軍曹に怒鳴られたとしても無理な物は無理なのです。


 そんな彼にゴローロ軍曹が近づきます。スイキーは「出来ないものは、できないんです!」と叫びました。最早ゴローロの怒声が鳴り響いても、彼は動くこともできないでしょう。


「お前本当に、渡りたくはないのか? 諦めたら、そこで終了だぞ」


「わ、渡りたいです……でも駄目なんだ」


「考えろ、お前がご先祖から受け継いだのは、その薄ら軽い脳みそとブサイクな翼だけなのか?!」


「くっ……ご先祖様、恨むぜ」


 スイキーは罵りの言葉を吐いてから、自分の翼を眺めて涙目になりました。海の中であれば、自在に泳ぐことができる優れたフリッパーですが、地上では非力なのです。


「では、もう一度だけ聞くが、ご先祖から貰ったものは、本当にそれだけなのか?」


 ゴローロ軍曹はそう言いながら、ゴム製のムチで羽毛に覆われたスイキーの足元をペシペシと叩きました。


「お前の脚はただの棒か? 使えるものは何でも使え、先祖から受け継いだ物を活用しろっ、創意工夫だっ!」


「脚………………創意工夫……」


 ゴローロは、脚を使ってなんとかしろと言うのです。スイキーはうーんと腕組みをしてから、一しきり考え込みます。目を開けた彼の目には、ロープを固定している木の柱が見えていました。


「翼がダメなら脚がある、か」


 そう言うと彼は軍靴を脱ぎ捨て嘴に咥えると、逞しい鉤爪を持った脚を柱に絡ませて登り始めます。そして、てっぺんまで登ったところで、ロープにむかって大ジャンプしました。


 そしてロープに足が届いた瞬間、彼の鉤爪がグワシッ! とロープを握ります。すぐにバランスを崩して、頭が下になってしまうのですが、カラダは確実に掴まった状態になりました。


「おお、これなら、行ける! クワワ!」


「「「やった、頑張れスイキー!」」」


 スイキーは仲間の声援が聞こえる方に向かって、1・2・1・2と足を交互に動かしロープを伝ってゆきます。逆さ吊りになったその姿はまるで蝙蝠のようですが、彼はなんとか無事に渡り切ることができたのです。


 そのようにして、教官達の愛のムチや助言が飛ぶ中、様々な種族の特性や長所短所を見据えた厳しい基礎訓練が数日ほど続いています。


 デュークはただそれを必死にクリアすることだけを龍骨に念じながら、駆け抜けるように毎日を過ごしていたのです。でも、その生活にもある程度慣れてくると、彼は二隻の仲間が気になってきます。


「ナワリン達はどうしているかなぁ……?」


「フネのお仲間か? 無線でお話してみたらどうだ?」


「まだ、電波制限されているから、会話もできないんだ……」


 訓練所の通信制限は、まだ他の宿舎に電波を届けることを許していません。その上、訓練は宿舎ごとに行われているため、デュークは二隻と離れ離れになっているのです。


「明日の訓練が終わったら、次の日はおやすみよ。直に会えばいいじゃない」


「あ、そうか――」


 マナカが手帳を眺めて、週の終わりにある休日について話しました。


「そういや、やっとで休日だなぁ。海や湖でも近くにあれば泳ぎに行くんだがなぁ」


 残念なことに訓練所は山岳地帯にあるうえ、湖などはありませんでした。


「ワシはのんびり大地に根を張って休むことにするよ」


 キーターがペシペシと根っこの脚を叩きながら笑いました。


「ワタクシは、地面に巣穴を掘ってヌクヌクと過ごしますよ」


 パシスがうれし気に、触角を揺らしました。


「私はどうしようかしら――あ、そうだデューク。一緒に行っていい? フネの友達を紹介してよ」


「お、そうだな。俺も一緒に行くぜ」


「うん、いいよ!」 


 初めての休日は、フネの仲間と新しくできた仲間たちとの交流で始まることが決まったのです。

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