第82話 講話

「いやはや、訓練はキッツいなぁ」


「そうね、でも次の講話が終われば明日は休日よ。デュークもお友達に会えるわね」


「うん、そうだね」


「ところで、今日の講話の時間は、なぜここに集合なのでしょうか?」


 パシスが毛の生えた前脚を上げて、講話が行われる部屋を示しました。いつもであればホワイトボードが置かれた教室で、一種の講義的な事が行われているのですが、

本日は”視聴覚室”が集合場所なのです。


「映画でも見るのではないかな?」

「戦争映画とかか? ありえるな」

「駆逐艦スノーウインドの冒険みたいなやつかしらね?」

「あ、それ僕も知ってる」

「エピソード8:雷撃100万光年は名作でしたね」


 などと言いながらデューク達は気楽な調子で視聴覚室に入りました。部屋の中を見ると、いくつものブースが置かれているのがわかります。


「101号班だな、お前たちはそこのブースだ」


 ルームメイトと一緒に小部屋に入れとゴローロ軍曹が指示をだしてきたので、デューク達はおとなしくそこに入ります。


「ふぇ、何にもないよ?」


 デュークがブースの中をみると、そこにはただ白い壁面があるだけです。


「あら、これは全感覚――」


「うわっ⁈」


 と、マナカが何かを言いかけた瞬間――デュークたちのカラダが光りはじめ、目の前がフラッシュしました。


「ふぇぇぇ、なにこれ、龍骨がグラグラして、カラダが何処か別のところに移動するような感じ――――」


 しばらくして龍骨のグラグラが収まったデュークはキョロキョロと周囲を眺めて驚きます。


「あれれ、ブースの中にいたはずなのに……」


 視覚素子に映るのは荒涼たる赤い大地でした。空を見上げると、そこにはいつも見えているリングがありません。


「あっ、ここは惑星カムランじゃないぞ。一体どこだろう?」


「ここは別の惑星よ。全感覚没入型仮想現実装置が作り出した仮想空間だけど」


 いつのまにかデュークの脇に立っていたマナカが答えます。


「視聴覚だけじゃなくて、嗅覚や触感まで完全に再現されているわね。味覚まで再現されているわ。これは思念波タイプだわ。それも相当レベルの高いもの」


「仮想空間って?」


 マナカは手を開閉させながら、仮想空間について説明を続けます。


「デュークは初めてなのね。ここは現実世界ではなく、私たちの頭が生み出しているシミュレーション空間なの」


 マナカは頭をポンと叩きながらそう言いました。彼女が言うには「部屋の中に入った知性体に思念波を送信して、仮想的な空間を同じように見せているのよ」ということでした。


「へぇ……なるほどなぁ」


「こういうのが得意なサイキックが必要だけど、軍にはそういう人が沢山いるのでしょうね」


 共生知性体連合のこの時代における映写スタッフは、サイキックであることが求められます。その思念波が、デュークの龍骨に五感を投入しているのです。


「ところで他のみんなは?」


「思念波を同調させるのに種族による差があるから、ラグが生じているのよ。そろそろその辺りに、ひょっこりと実体化するわ」


 マナカがそう言うと、何もないところからぼんやりとした姿が現れてきました。


「これは……スイキーかな?」


 飛べないトリのカラダが次第にはっきりとしてきます。少しするとスイキーは眼を開けて、首をフリフリ振りながらこのように言うのです。


「かぁ――頭がクラクラするぜ! これって本人同意がない強制同調じゃねーか。違法じゃねーのか?」


「軍の施設だから問題ないわよ。あ、次の誰かが来るわ」


 マナカがそう言うと、地面が盛り上がりって影絵のようなものがニョキリと生えるのです。スルスルと伸びあがったそれはがハラリと反転すると、植物型種族のキーターの姿になりました。


「ホォ……随分とはっきりと見えるものだの。良い腕前の思念波使いと見える」


 はっきりとしたカタチを取ったキーターが、木のウロのような眼で、自分の枝の葉先をしげしげと眺めると、葉脈の筋が見えるほどの高画質なのです。「ほんとうよねぇ」と、マナカが同じようにして手の平を眺めると、そこには薄っすらとした血管まで再現されていていました。


「ふぅん、指先の部品の一つ一つが極めて精緻に描かれているなぁ」


 デュークの視覚素子はかなり高度な分解能を持っていますが、今見ているものは、実際のそれと同じレベルなのです。


「これって、すごいことなの?」


「そうね。共生知性体連合大図書館の仮想現実映写室に匹敵するわ」


「ああ、簡単に心の中に入り込んで、その上俺たちに連結していやがる――これは特A級のサイキックだぜ。育成するのに、めちゃくちゃ金がかかるんだ。訓練のためには、軍は金に糸目をつけないと言って本当だな」


「おっ、パシスが来るぞい」


 キーターが木の節をパキリとさせて示したところに、砂のような細かい粒が現れました。それはサラサラと集まってうず高く積み重なりアリのパシスが現れました。


「皆さん、お待たせしました」


 彼はあたりを確かめるように触角を動かしながら、複眼をキョロキョロとさせ「精度高いですね――」と声を漏らしたのです。


「ねぇ、一体なにが始まるんだろうね?」


「多分なにかのシミュレーションを見せるんだろうな」


「あっ! あれを見てください。何かが始まるようですよ」


 パシスが空中の一点を示しています。


 クエスチョン大佐Colonel Quescheon――という文字が空中に浮かび”全員繋がったようだな?”と、どこからともなくクエスチョン大佐の声が響いてきました。


”では、諸君、楽しい講話の始まりだ! 今日はお話だけではなく、歴史的な出来事を実際にカラダで感じ取ってもらいたい”


「ははぁ、仮想空間で体験学習ってこったな」


”これからこの惑星で起こったある出来事を再現して、それを君たちに味わってもらうのだが、それはとても大変に興奮するものさ!”


「へぇ、大変に興奮する出来事かぁ……どんなものだろう?」


 デュークはクエスチョン大佐が嬉し気にそう言うので、なにが始まるのだろうと、龍骨の中でワクワクと期待しました。


”これを味わうと、アドレナリンがドバドバ出ちゃって、とってもハイになるんだ。下手なアクション映画なんかよりもメチャクチャスリリングで、身悶えしちゃうほどなんだ! 私なんかは始めて見た時、卒倒しかかったぞ!”


「ほぉ、なんじゃろうなぁ?」

「ちょっと期待しているワタクシがいます。はい」

「興奮するってことは、楽しいものよね?」

「楽しめるものならなんでもいいぜ!」


 他の四名もなんとなく「楽しい物が始まるんだろうなぁ」程度の認識で、大佐の次の言葉を待ちました。


”オーケィ、オーケィ! 楽しんでくれたまえ、うふふふ――”


 そこで言葉を区切った大佐は――


”そして良く学んで欲しい。軍人ならば良く知っておくべき事だからね!”


 と何故か軍人という言葉を強調しました。


「ふぇぇ?」

「なんだよ、軍人がって?」

「軍人が知っておかねばならないものって――あっ!」

「嫌な予感が――」

「むぅ……」


”100年前、惑星カチンで行われた三つ巴の殲滅戦――その追体験をお届けするぞ! さぁ、戦争というこの世の地獄を堪能してくれ給え! では行ってみよ――!”


 大佐は新兵たちの期待を裏切り、彼らを戦場体験ツアーに叩き込んだのです。

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