第83話 連合の敵

 デューク達が仮想現実に入った頃です。惑星カムランから遠く離れたマザーでは、老骨船たちが何かの作業を行っていました。


 オライオが皺の目立つ自分の外殻をゴンゴンと叩いています。すると、萎びた装甲板に浮きあがる錆がボロボロと落ちていくのでした。


「すぐ肌が荒れる……年じゃのォ」


 龍骨の民の皮膚である装甲板は、宇宙線――強力なエネルギーを持つ微粒子に晒されたり、金属疲労で劣化します。本来であれば、傷んだ部分は自然と内部に沈んで、新しい装甲が盛り上がって回復するのですが、オライオのような年老いた龍骨の民は代謝機能が低下し、錆や皺のカタチで劣化が残ってゆくのでした。


「若いころはこんなもん必要なかったのに……はぁ」


 オライオは溜息を洩らしながらコンテナを取り上げます。中には、透明な錆止め塗料クリームが充填されていました。彼はそれをヌリヌリとカラダに摺り込んでゆきます。


「そのくらいで溜息をつくな、私に比べたらまだ若いんだ」


 オライオの隣ではゴルゴンが、自分の肌に超音波を当てながら、装甲板の中にある微細な亀裂クラックに目をしかめます。


「経年劣化を代謝しきれなくなっている所が多くなっている。いくつかの金属疲労は手の施しようがないほどだな――――ふふっ」


 相当の老齢になっているゴルゴンの代謝能力では、装甲板に入ったのようなそれを、最早消すことができません。でも、ゴルゴンはそんなカラダでありながら、どこか嬉し気に口元を上げました。


「老いを笑えるとはのぉ……ワシはできることなら、また新品に戻りたいと思う口じゃがな」


 オライオはそう言いながら、商船型に偽装されたカラダの装甲板をスライドさせました。出来上がった隙間から、黒光りする長10サンチ高密度粒子砲の砲身が伸び上がります。


「フハハ、ガタの来た身なれど、我が砲はいまだ健在なりじゃ!」


 オライオが嬉しそうに砲身を撫でさすります。ゴルゴンが大きな眼を向けると、その砲身は、いささかくたびれてはいましたが、いまだ発砲できるだけの力を残しているのがわかりました。


「お前、こないだのボランティア当番の時に、デブリを撃っただろう?」


「おおよ! 変な軌道を取っていたから、ぶっ放して進路を変えてやったのじゃ」


 30年前に行われた龍骨星系での戦闘の残滓が、時折マザーが周遊する内惑星軌道に降りて来ることがあります。マザーを護る親衛隊ボランティアの仕事の多くは、そのようなデブリの除去でした。


「あまり打ちすぎると、寿命が縮むぞ」


「わかっとるわい……じゃが、管制艦役の奴が、オールウェポンズフリー! レッツダンス! 連合の敵を撃て! なんて、現役時代を思い出させるノリノリな指示をしてきたもんでな。フハハ」


 老いたフネの中には、いまだ現役の時のノリで指示をするものがいるのでしょう。それに従って全力射撃をするほうもするほうですが、ボランティアの時にやたらと張り切るタイプは、ヒトでもフネでも間違いなく存在するのです。


「連合の敵を撃てか――懐かしいフレーズだ。新兵訓練所で学ぶスローガンでもあったな……ふむ、デュークは今頃どうしているかな?」


 工作艦ゴルゴンが大きな眼を広げ、デュークがいる第五艦隊根拠地、惑星カムランがある恒星系はあちらだったか? と見つめました。


「新兵訓練所で、地べたを走っているじゃろ。教官に追い回されながら、他の知性体たちと一緒に、泥の中を這いまわっているに違いないのじゃ」


「訓練所か、随分と昔のことだな。連合を護る戦士として、他の知性体と過ごした時間、か。多くを学んだものだ――歴史を強制的に追体験させられもしたな」


「『エンターテイメント』じゃな。あれは強烈だったのじゃ! 機械帝国の悪夢は忘れられないぞい。やつら、あとからあとから艦隊を出してきおって――宇宙が1で、敵が9――なんてシチュエーションもあったぞい」


「まぁ、奴らのフネは、低性能だったからな。それよりも、電子戦に優れた統合体インテグレイテッドの事が忘れられないものだ。副脳をハッキングされた電子偵察艦の話には怖気を感じたものだ」


「まったくじゃぁ、他にもいろいろな敵を見せられたものだのぉ」


「うむ、連合の歴史――この1000年だけでも、様々な敵がいたからな」


 ゴルゴンは指を折々、連合の敵を数えるのですが、途中で指が足らなくなりました。


 ◇


 デュークたちが仮想現実にログインしてから、1時間ほどが立っています。視聴覚室――思念波同調機の制御室では、クエスチョン大佐以下、教官たちあつまり仮想現実プログラムの進行状況を眺めていました。


「ゴローロ専任軍曹、新兵たちは大興奮の様子だね?」


「はい、大佐。彼らの”恐怖心”のレベルは最高潮に達しています。追い立てられて、殲滅される。そんな記録ばかり、追体験すればそうなります」


 大佐のどこかずれたような不思議な言い草に対して、ゴローロは新兵たちの置かれている状況を正確に伝えました。


「よろしい。では、次のシチュエーションは、惑星カーディアス襲撃。襲撃者はニンゲン、対象はゲッシ型ネズミ族――というよりオリオン腕から亡命したニンゲンの集団が主対象――ネズミはただの巻き添えだ」


 大佐は仮想現実を上空からの視点で眺めています。大気圏内では人類至上主義連盟リーグの航空機が飛び交い、地表ではいくつもの爆発が起こりました。


「あ、悪名高い宇宙海兵隊も投入されているぞ。熱核ジェットを更かしながら、鬼畜な銃弾をばらまいているなァ! うわぁ、人っ子一人逃さないとはこのことだ」


 人類至上主義連盟の機動歩兵が熱核ジェットを吹かして、集落を丹念に攻撃する様子が見えました。


「ああ、また一つ集落が焼けたね。あれは気化爆弾かなにかかな?」


「ゴロロロ………………」


 ゴローロが苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、同じようにして地表で起きている惨劇を眺めています。過去の映像とは言え、星を護る軍隊の兵士として忸怩たる思いが捲きあがっているのでしょう。


「しかし、大佐。ゲッシ族は大佐の一族なのに、よく冷静でいられますな?」


「この惑星カーディアスは私の故郷だよ。このときは、いなかったけれど。頃私は共生宇宙大学の学生だったんだ。飛び級で入学したから、15歳だったな」


 そう言った大佐の顔には、故郷を喪った悲しみや、人類至上主義連盟に対する怒りのようなものは一切見えません。そこには、薄らとした笑みがあったのです。


「随分と、落ち着いていらっしゃいますな」


「そりゃ、僕はS級のサイキック思念能力者だからね、感情を抑制するのはお手の物さ」

 

 大佐は、スパリと手を振ってから頭を指さすと、指をクルクルと回してなにかをチューニングするかのような仕草をします。


「怒り、憎しみ、恐怖心、不安、そんな負の感情は抑制してしまえば良い。思念波を使えば、簡単だろう?」


「いえ、普通はなかなか出来ません……」


 満面の笑みを浮かべながら大佐は、当然のことのように告げました。共生知性体というものの多くは思念波能力に長けていますが、ゴローロのような平均的な知性体と比べると、大佐の能力は天と地ほどの差がありました。


「まぁ、ゲッシ族の中でも我らは異端――我々のようなサイキック能力を持つのは少ないのだ。そうであればこそ、ニンゲン達――サイキックの集団の亡命先に選ばれたのだがね」


「思念波能力が理由で、人類領域で迫害され、こちらに来たのですな」


「必死で逃げて、連合に居場所を見つけたのに、燃えちゃったなァ。文字通りの惑星丸ごとの殲滅戦だよ。いやぁまいったね。私の一族も巻き添えだよ。ゲッシ族は他にもいるけれど、カーディアスの生き残りはほとんどいないんだ」


 そして制御室のモニターには”状況終了”という文字が表示されました。


「惑星カ―ディアスの地表は強い放射能で覆われ、共生地知性体連合の支配下に戻っても、誰も住むことができない。生き残りなんて1000名にも満たなかったんだ」


 生まれ故郷が殲滅されるという光景を見ながらあくまでも冷静な表情を崩さぬクエスチョン大佐にゴローロ軍曹は口を開いて「大佐――」に尋ねようとするのですが――


「何故、私が軍に入ったかって? あはは、分かるだろ。連合の敵から共生世界を護るため。ただ、それだけだよ。二度と、こんなことを起こさせる物かってね」


 ゴローロ軍曹の思考を先読みした大佐が笑みを浮かべながら答える姿に、軍曹は「悲しい笑み、とはこのことだな」と同情するのでした。


 ◇


 思念波の同調がフッと止まり、デュークたちがブースの中に戻ります。そしてデューク達がまず行ったことは、ブースの隅に身を寄せてガクガクブルブルと震えることでした。


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇ、宇宙怖い、敵怖い!」

「民間人にためらいもなく発砲しやがって。知性の欠片ねぇぞ!」

「同族殺しをする生き物もいるんですね……ガクガク」

「あのニンゲンのマリンコ――とても同じ生き物とは思えないわ。気が狂ってる!」

「キノコに覆われた惑星……全てが胞子が支配する世界――――泣きたいのぉ」


 仮想現実で見た光景は、現実に起こった事実です。デュークたちはそれを体験することで、この世知辛い宇宙に存在する”敵”の姿をいくつも知ったのです。

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