第109話 潜む敵
「よし、始めるぞ!」
目的の星系に到着したデュークは、カラダの各所に無数のランプ――航海灯をポコリと浮かび上がらせ、赤と緑と白の光を明滅させたり全力で回転させ始めました。艦体の各所に点在するストロボもカッ! カッ! と強力な発光しています。
「いくわよ――――!」
そう言ったナワリンは放熱板を大きく展開して余剰エネルギーを投入し、プレートを赤熱化させて紅く輝かせます。赤外線がジャカスカと飛び散り始めたのを確かめた彼女は「Let's Dance!」などといって、カラダの中にあるフライホイールをぶん回してフリフリ踊り始めました。
「私は歌っちゃうぞ~~!」
ペトラの背中に乗ったフェーズドアレイレーダーが全開となり、誘導電波を放つイルミネータがギュンギュンと回転し強力な電波が投じられると”宇宙~~宇宙~~宇宙の~~果てまでぇ~~♪”などと電波の声が歌となって全方位に発信されるのです。
「これだけ派手派手にしていれば、隠れてるニンゲンどもを刺激できるわ」
「うん、なにか動きがあるかもしれないね」
「ヤブをつついて、蛇を出す~~!」
目的の星系に到着した彼らは「我、ここにあり」とその存在を誇示し、星系内に潜伏しているであろうニンゲン達を刺激するという行動を命じられていたのです。
その命令を下したパオン准将は、デューク達が派手に目立っている光景を巡回戦隊旗艦パゴダ・パゴダの艦橋で眺めながら笑みを浮かべていました。傍らにいる副官キ・マージメ中佐はなんとも複雑な表情を浮かべています。
「ものすごく目立っておるゾウ!」
「満艦飾というか、まるでパレードですわね……位置は完全露呈しています。いつ奇襲を受けてもおかしくありません」
「だからこそデューク君達龍骨の民に囮を任せたのだゾウ。彼らならば奇襲を受けても何ほどのこともあるまい」
龍骨の民は、ぶ厚い天然の装甲板を持ち、カラダの内部は強靭な肋殻や隔壁で構成し、隙間には衝撃吸収材となる液体水素が充填されている堅牢無比な生き物であり、実の所共生知性体連合の中でも最も硬いフネの一つなのです。
「そうはいっても、経験の浅いフネを囮にするのは危険かと……すぐ支援できる態勢はとってはいますが。」
中佐が心配そうな顔でそう尋ねると、准将は長い鼻を向けながら「何事も経験だゾウ。龍骨の民の少年達にとって、最も必要なのは経験なのだ」と指摘しました。
「それはそれとして中佐、索敵になにか反応は?」
「ありません。電磁波・重力子・タキオン粒子など全ての帯域で星系内をフルセンシングしてますが、現在のところなにも発見できていません」
「ふむ……それでは星系内部へ進むとしよう。どんな動きも逃してはいかんゾウ」
そのようにして巡回戦隊が星系内部へ入って来る様を遠方からひっそりと観測している軍艦がいました。
そのフネは共生宇宙軍の正規艦艇とは全く違ったシルエットを持っており、熱と電磁波を妨害し光を吸収する黒いマットな表面装甲を持った相当なステルス能力を有しているようです。
「共生知性体連合の艦艇が星系内に侵入しました」
極めて機能的な構成を持った艦橋で配置についている硬質戦闘宇宙服を身に着けた軍人たち――ヒト族と呼ばれるヒューマノイドの若者達でした。その彼らはスクリーンに映る辺境巡回戦隊の様子を見つめながら「あれが共生宇宙軍……」「父祖たちの敵」というような言葉を漏らしています。
艦橋の中心ではすらりと背筋の伸びた女性がクルー達と同じようにスクリーン上の共生宇宙軍の動きを注視しながら「直接見るのは久しぶりだな」という言葉を口にしました。軍帽を目深に被ったその女軍人の名はマリー・ラーズハイム准将――大戦からの生き残りであり、若い頃から一等地抜けた指揮官として知られています。
「ずいぶんと派手な
脇に控えていた熊の様な大男――参謀ヴィクトル・アルトゥールヴィチ・ゴーゴリ大佐が苦々しげな口調で「我が物顔というやつだ」と言いました。
「数は3隻、かなり重武装の艦です」
「先頭の戦艦は1キロを超えているから我らの基準でも超大型戦艦か。このような辺境には過ぎたる代物――脇にいる艦も相当な重武装艦だな。ふむ、あれらからはずいぶんと特徴的な電波が入っている」
超大型戦艦から放たれる電波の
「さて、どうしますか? どう考えてもあの3隻だけとは思えません。少なくとも100隻、ここらの戦隊は最大で300隻態勢ですから200隻ほど隠れているかもしれません。一応、別の星系に撤退することを進言します。まだこちらの隠蔽は十分で、距離もありますし」
「だが、設営した前進基地はいずれ見つかる。あそこには、使役種族しかおらんから爆破すればそれで事足りるが……それは癪だな。ここは、一つ誘いに乗ってみるのも一興か。手持ちの艦艇は100隻とは言え、全ての艦艇がグッピーⅣ計画に基づいた改装艦で新型弾道弾を有している」
グッピーⅣ計画とは
「それに新型兵装のテストにもなります。また新兵どもの訓練にもちょうどよろしいでしょう。第3世代クローン達は小競り合い程度しか実戦経験がありませんので」
「次の世代の育成も重要な任務だからな」
そう言ったラーズハイム准将はそれまで深く被っていた軍帽をやおら脱ぎ去ります。同時に帽子の下からは長い髪を結いあげた艶やかな金髪と、糸杉のような美しい双眸――見たところ30前後の妙齢の女性の顔が現れますが、遺伝子操作を受けた人類というものは年齢と外見が一致しません。
准将は形の良い顎に手を当て、薄紅に濡れる美しい唇がキュウとすぼめながら「我らもいつまで現役を続けられるかわからんしな――」と薄笑いします。実のところ彼女は戦歴50年以上という歴戦の指揮官でした。
「よし、ひとつやってやるとしよう」
巨大な宇宙戦艦を先頭とする共生宇宙軍辺境巡回戦隊を見据えたラーズハイムは「やるならば、徹底的に、な」と口の端を歪ませたのです。
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